鐘の鳴る 254~268 | BED

鐘の鳴る 254~268

.









 ハチは裏間から握りに入った司の気を読んでいる。司は通した、本台に上げた、ヤチを。単騎できた。
 /これまでは相手は連賭け、番いで上がってきた。今回は一対一。七枚目の気が司に伝わってくる。熱い。三人組のひとりが七枚目と戦うことを聞きつけて他の壇にいた見世が次々と九ノ壇に入って来る。
 裏間のハチはのぞき窓から戦況を見ていた。聞いていたのは過去三回、-張り振りしたのは若いふたりのみ。年長で長髪の男は采を振らなかった。/戦ったのはふたりの若い男。十、九、八枚目の三人、このふたりに倒された。
 たいした筋だ。ハチは眼下の身元不明の年若い男に感じていた。自分と同じくらいの年か。/燃えてくる。
 /☆254
 親である側は両手の平に采を渡される。采を盛る(もる)という。ひとつずつ、両手に、司から。盛られた采をその両手に自由に遊ばせる七枚目。★255
 司の掛け声にあわせて見世は手を打った。/司の煽り。さらに手拍子を加えさせる。除々に激しくなっていく。七枚目の本台と脇台の周辺は騒ぎ。
 七枚目は見せの状態のまま動かない。集中していた。受ける子のヤチもそれは同じ。掛け声と手拍子の波を越えて今、ここにいる。真剣。
 掛け声が止まる。/七枚目。練り蓋落とし。 ☆254

 /
 ▲234 ▲254
 男たちの歓声。賭場からの離れにいるカワナニ。-にも聞こえてくる。伝子が走って告げに来た。/座敷に広げられた各壇の見取り図。金額を表す駒と石玉がその都度動かされる。
 カワナニと三次、ほか側近の何人かが見つめた。/賭け金は上がっていく。賭場に薬をまわすように指示された。立ちこめはじめる煙。さらに興奮していく。/

 ハチは裏間から身元不明の若い男の練り張り振りを見ていた。確かに上手い。/ハチは局が進むうちに相手の張り振りが本土のものではないと確信していった。
 対する七枚目と同等、もしくはそれ以上の力量の持ち主。腹も据わっている。/死ぬ気で張り振りしている。/
 司も若い男を伺っている。場を煽りながらも、その若い男を生かして帰してやりたい、そう思うほどだった。汗が噴く。 ☆255

 /九ノ壇は燃え上がった。/見世が入りきれない。/
 /
 薬の煙が各壇内を流れていく。それは渦を巻いた。酒も入る。カワナニの賭場では一級の酒が飲める。それは嘘じゃない。カワナニは上級酒のみ賭場へと入れた。先にまわされた薬と同じように盆に乗った酒瓶と杯が次々とまわされていく。金は次々に張られて飛んでいく。
 三人のうち年長の長髪の男は五ノ壇、四ノ壇とまわり見るだけで握りにはこない。あとひとりの若い男も七ノ壇の新八枚目の台を見るだけで握りにはこなかった。伝子たちは裏間で九ノ壇を見るハチにその状況を伝え続けていた。三人のうちのひとりが今、七枚目と叩き合いの真っ只中にいる。
 ハチはだいたいを見てとった。/奴の腕は悪くない。ただ自分の方が上。負ける気はまったくしない。
 例の三人組のひとりだと見世がどいた。長髪の男が九ノ壇へ入った。裏間からその男を見続けていた役者連中がハチの側へと戻ってくる。/
 ハチは残りの役者全員を指さし、壇の方を手でつついて見せ九ノ壇へ降りろと命じた。残りの役者は九ノ壇へ次々に姿を現した。見世がどきながら歓声を上げる。歓声はカワナニたちにも届いた。/皆その音を聞いている。
 役者はそれぞれが独自に特徴ある着衣をまとっていた。色、形。/役者の集合、普段はない話だ。
 見世からは掛け声がかかった。六枚目、いよっ五枚目と次々に。各台の張り振りは一時中断した。/さらに大きな盛り上がりの大歓声をカワナニは聞いた。
 ハチである。ハチは素っ裸で、フンドシ一丁で九ノ壇へと降り入った。 ☆256

 二枚目と叫ぶ掛け声。普段持ち金の都合で一ノ壇へ入れない見世も二枚目を張る男だというハチの姿をはじめて見た。
 フンドシ姿のそれは背が高く痩せてあごひげを細く伸ばしている。左胸に刺青をしていた。それは桃をかたどった紋章。
 ハチが見世で溢れる涯を進んで行く。進んで行くハチをよけて見世は次々と引いた。肩を叩いて声をかけるような人相でない。ハチには人を引かせる威厳があった。
 二枚目、二枚目と興奮する壇に掛け声は上がる。三人組のもうひとりの若い男、春亜が九ノ壇に分け入った。
 ハチは七枚目の背後、台、その真後ろに立った。七枚目の頭越しに、対面で張り振る身元不明の若い男を見てくれる。瞬間、目と目が合う。
 フンドシ男が七枚目の後ろに立ったのを見て、春亜がその台へと急ぎ寄る。張り振る若い男、ヤチの背後に立った。そこからハチをにらみ返す。
―いい玉だ。
 双方、対面に立つ相手に同じく感じた。
 カワナニの役者たちもフンドシ男の両側へと寄ってきた。相手、年長の長髪の男も台対面にゆっくりと寄って立つ。台を通し、にらみ合う。
―いい筋だ。
 玉と筋。男同士の戦い。
 この間も七枚目とヤチは戦い続けている。双方、壇内の熱気と自分の勝負運への興奮で、ゆであがりそうになってさらに打ち続けていた。
 台の両側に揃った勝負師たちの面面を感じ、仕切る司も興奮する。熱気は毎度のことだが、今回は趣が違う戦い。/
 よぉ~ぱんぱん よぉ~ぱんぱん ぱぱぱん ぱぱぱん
 渦巻く煙、酒のまわった見世。ふたりはいい勝負をしている。脇台の見世も皆大喜びをしていた。掛け金を投げ使いはじめてくる。
▲258  ☆257

 ハチは対面の年長、長髪の男とにらみ合っていた。面長。こぎれいな服装。眼光は鋭い。ハチは三人の親玉がこの男だと踏んでいた。
 それぞれの壇で打っていた八、九枚目が騒ぎに入って来る。フンドシ男の目線の先にいるふたりを見てにらんでいた。
 七枚目とヤチの戦いは五分。七枚目は破られなかった。司はそれ以上、台上のふたりには采を振らせなかった。ゆであがった七枚目とヤチの下りたその台にハチは上がる。
 見世はどよめいて喜んだ。九ノ壇で二枚目の采の振りを見ることができる。☆258
―ハチがフンドシ一丁で九ノ壇で戦う。
伝子の知らせにカワナニ以下、離れの間は緊迫した。★257
 ここで三ノ壇、四ノ壇からの司たちが入り九ノ壇を引き締めようとした。ハチの上がった台も司が替わる。新たなその司は二ノ壇の精鋭。脇台も上位の壇からの司たちが新たに立ち上がった。
 司の新たな握り。長髪の男が握ってくる。ハチは座ったまま相手方をにらんでいる。司はほかの見世には握らせずその男を台へ乗せた。さらに両脇の若い男ふたりも。相手は三人、連賭け。
 ハチの背後には涯にへたり込んでいる七枚目以外、三枚目からの役者全員が立ち並んでいた。ハチは誰にも声をかけない。一人、単騎で受けた。
 よぉーぱん よぉーぱん よぉーぱんぱん よぉーぱんぱん ぱぱぱん ぱぱぱん
 親ではじめたハチは子成りする。相手に振らせた。
 先に七枚目と戦っていたヤチは、戦いの熱風に吹かれ続けた後にある。新たにはじまった戦いの台座にあったが放心していた。/
 もう一人の若い男、春亜が振った。盛り見せ練り蓋落とし。戦いのはじまり。
 張り振りは進む。ハチは裏間から先のもう一人の若い男、ヤチの戦いっぷりを見ていた。今、相手の振る采。最初の若い男と似た形を持っていると見た。
 三対一。向かって左、長髪の男はハチの様子を見つめている。局が変わる。ハチが親に。
 ここ一番、ハチは見せた。盛る。見せ。練る。采に蓋を落とす。―それは美しい。
 囲み見る見世はため息をついた。賭場名門カワナニの二枚目の振り。その采の振りは対する連賭けの三人も、これまでに見たことがない手業。
 司もほかの役者たちも自慢したくなるほど美しい。それがハチの振り―。 ☆258

 ―燃えるぜ魂。
 連賭けの相手は勝負途中、若い男の単騎に変わって張って出た。それでもハチは相手を撃破する。その若いひとりを今度は逆に破産させてやった。
 フンドシ一丁。穴尻と玉筋から出た本気汁が台を濡らす。相手を追い詰めてブッ倒してやった。
 大歓声が離れにも届く。広げられた見取り図の上で大量に移動された玉石と木札。カワナニは見つめていた。
 各壇にまわされた薬と酒は質も量も相当で吐く者が続出。それでもさらに行け行けと司たちは煽り続けた。/
 ハチの対面に座る三人のうち、年長の長髪の男がついに真ん中へ座った。ハチと激しくにらみ合う。/
 /その男とハチとの単騎どうしでの戦いとなった。
 男は座ったまま上着を脱いだ。痩せてサラシを巻いている。両腕の肩から肘にかけて敷き詰めたように細かな呪文のような刺青がある。
 にらみ合う。歓声と共に。大汗かいて上等。にらみ合う。
 ハチは子成りする。相手の長髪の男に振らせるため。一瞬静まった。
 その男の見せ練り蓋落とし。
 見世のどよめき。あまりのその上手さに。
 戦いは延々と続いていった。どよめきは続く。
 あとはハチも腕の見せ所だった。いいように振らせ賭けて戦いを続ける。
 一方でハチが考えていたのは別のことだった。
こいつらは間違いなく南土から流れてきた連中だ―。
 南から来た、普通じゃあない―。
 ―南土から来てる士、この三人はオロチなのか。
 年長の長髪の男は最後までひとり戦い続けていた。本土の人間たちに取り囲まれるのを当然として。そこにハチは南土から乗り込んできた男の執念を感じる。
 ハチは、その男も破産に追い込んでやった。勝負が終わる頃には見世の誰も声を上げなかった。長髪のその男は両腕を台に突っ伏して本気汁を流していた。 ☆259

 離れの間に伝子が伝えた。ハチが二人目を倒したことを。カワナニは笑っていた。
 九ノ壇は燃えている。先に七枚目と戦い五分で終えた若いのがまだ台上にいる。ハチは次にその男、ヤチと戦う腹だった。三人ともブチ倒す。絶対的な自信があった。殺す。
 しかし司はここで勝負を止める。それ以上の采を振らせないように脇司からも圧がかかった。
 三人は帰っていった。生きてツジ・カワナニの市を出た。身元不明のまま。
 結果、七枚目と五分の戦いをした若い男の持ち金が三人の取り分となった。微々たる。この一夜でカワナニの財は増えた。見世がいつもよりも金を使ってくれたおかげで。
 役者が倒されるかもと言われていたのは昨日。すべて回復、それ以上になって返ってきた。だから打つのはやめられない。☆260
 今夜の勝負はしまい。賭場にいた客が次々と出て行く。周辺の店店へ、さらに南門大長屋から出てツジ内部へ。散っていく。★262
 /例の三人組がまた押し入ったが二枚目が引き受けて撃破した☆260-という話で声高くしていた。それにしても眠い。★262
 市全体へ事の結末は伝えられていった。そのまま朝へと向かう。

 ハチがいつも座っていた階上の場所。南門に続く屋根屋根の見える。辺りはまだ薄暗い。
 南門を出て歩いて行く三人の姿が見えた。/ツジの外壁沿いの道を外れて南門からまっすぐ、ゆるやかな草原の坂を横切って行く。カワナニの何人かがその遠ざかるのを確認していた。
 /その草原をフンドシ男が駆け上がって行った。去ろうとする三人を追う。手には刀を持っていた。
 三人は追手に気が付き逃げた。三方へ散る。フンドシの男はそのうちのひとりを追った。七枚目と戦い五分で終えた男、ヤチを追った。追うのはハチである。自分と勝負せずに賭場を出た男を斬り殺そうとした。
 一度斬りつける。男はそれでも走って逃げた。
 南門を見張る連中もその様子を見ている。
 明るくなっていく。地平の影が確認されるように。
 灯りが点る。それは地平に次々と広がり見えた。ハチはその様に追うのをやめる。いつもの地平に五十の松明の光。逃げる男、ヤチはその方へ走って行った。 ☆260

 明けていく地平。松明の灯り。それが騎馬の集団だと影でわかる。
 ハチは思い返していた。昨日の夕方。暮れる地平に松明がひとつ消えた。奴らこの周辺にすでにいた、潜伏して夜明かししていた、賭場の大騒ぎに乗じて。/
 地平に並びうごめく五十の影。/それぞれが持つ松明のゆらめき。逃げた三人がその中へ吸収されていくのが見えた。
 松明のゆらぎの中から一本の火矢があがる。ハチもそれを見上げていたが、それが自分を目指して落ちてくるので草坂にもんどりうって逃げ飛んだ。
 火炎と鈍い音とともに火矢はハチのすぐ近くに飛来した。振り返れば地面に突き刺ささった矢。ハチはすぐに寄って矢を見、抜いた。
 矢は長く、さらに重い。ハチはそのような作りの矢をはじめて見た。この遠距離を飛ばすとすればこのような長く重い矢しか届かないのだろうが、これほどの矢を飛ばす弓を引く力を持つ者があの松明の光の中にいる。
 松明の灯りから火矢がさらに連射されるのが見えた。どうやら松明の光の中にいる屈強な弓を引く者はひとりじゃないらしい。明けていく空を渡っていく火矢の数々。その美しきこと。そう見ていたうちにハチのまわりに次々と火矢が届きはじめようとした。
 ハチは南門へと逃げ走った。その草の坂を転げるようにして。
 地平の騎馬団はゆるやかな坂を下りゆっくりと南門へと来はじめていた。その松明の列。
 それらの不穏に敵襲を知らせる高笛が南門に鳴り響いた。鞘に収めた刀を握るフンドシのハチが閉じられようとする南門に走り帰ってくる。南門前でハチは振り向いた。その胸の刺青と同じ紋章が鞘にもあった。/
 ハチが南門へ入ると同時に南門は閉じられた。東西北へ閉門を命じるホラ貝の音がツジ内に響く。騎馬団はツジ南門の前面でふた手に別れた。一方は西門へ、一方は東門へ向かっている。騎馬群が通過していく。その轟き。 ☆261

 ▲260
 /

 /
 騎馬たちがツジの外塀を外周して行く。松明の灯りがツジ外縁を囲んでいく。高台の道からそれが見えた。
 高台からはツジを取り囲んでいた松明が南門へと移動して集まり行くのが見えた。松明は再び南門の前面に集結した。/空が明るくなっていく。
 南門が開いた。数人が出て来る。先頭を歩く小柄な老体はカワナニ。ほかに若頭、三次、ふたりの側近を連れて出た。/
 騎馬団から二騎、カワナニたちの前に進み出て来る。ひとりはやせておりひとりは赤かった。門から進み出た五人を馬上で迎えた。
 「俺がこの市の元締めのカワナニじゃ。おまえさんたちは士だな?どこのどいつだ。/聞かしてくれや」
 馬上のふたりは答えない。
「三人とも無事に帰したろうが」
馬上の赤い男が後方の騎馬団に手を上げた。そこから出て来た三騎は例の三人だった。カワナニの前に並んだ。南門周辺の屋根にもカワナニの数十人が立ち見する影。朝日が射しはじめる。☆262
 まちがいない、この三人ですと三次がカワナニに言ったとき、向かって右端に立つ男、それはハチが走って追った男、ヤチであったが、その胸に矢が突き刺さった。鈍い音。
 カワナニたちが振り返り探せば南門屋根の上に弓を持ち立つハチがいた。射られた男は倒れたが死ななかった。騎馬団の男たちはざわめいている。★263
 馬で進み出て来たふたりのうち、やせた男が馬から降りてカワナニの前に片膝を折った。
「私はイバラキと申します。お許しください」

 朝―。
/カワナニはイバラキに斬り殺された。 ☆262

 /

▲262

 /

 騎馬団が南門を離れていく。/空に白い月。巨大な鳥が旋回する。カワナニは自身のすべてを終わらせた。/
 /
 カワナニはいつもの場所に戻った。離れの間に眠っている。 ☆263

 ハチはよく夢を見た。いつもの。幼い時の頃。
 ハチは遠い山の奥で生まれ育った。炭焼きの集落が集まる川沿いの村。
 ある時から新しい家族が近くに移り住んで来た。おじいさんとおばあさんと。男の子がひとり。
 男の子は自分より年が下で。モモっていう。
 毎日歳上の連中と遊んでいるのが嫌だった。使われるだけで。
 それでモモの家に行ってみた。おじいさんとおばあさんは優しく迎え入れてくれた。ご飯をごちそうになって。うまいものがあることを知った。
 それから毎日モモの家に遊びに行くようになった。楽しかった。
 モモにこのあたりの山や川の地形を教えてやった。
 モモのおばあさんが団子を焼いて食わせてくれる。
 こんなにうまいものがあるのかって思った。

 今日は朝から出て帰りは夕方になる上流の場所に行くからって。食うものを持って出かけた。
 自分は半生の芋を三本持ってった。裸のまんま。モモはしっかりとした弁当を持ってきた。モモのおばあさんがこしらえてくれた。
 昼飯に食べようって。芋かじっていたら涙が出てきた。モモの弁当が立派だったから。モモが「これ食え」って弁当をくれた。
 「毎日、こんなうまいもん食ってるのか」って、訊いた。モモはそうだと言う。かわりに自分の芋を食って「まずい」と言った。
 モモはたき火して焼き芋を作ろうとした。火をおこしてふたりとも眠っていた。その間に火が広がった。山火事になった。
 その場所は伐り出しの場所だった。大人たちがやって来て俺たちを連れて殴る蹴るした。とくにモモがひどくやられて気を失った。
 俺は思ったね。この大人たちをいつか全員皆殺しにしてやると。 ☆264

 / ☆265

 /

 サルがヒロシマの市で聞いた。
 捕獲された太陽と鉄。連行される途中、全員皆、河へ飛び込んだ。渓谷で。馬もろとも。
 いかれている。皆そう、噂していた。

 夢なのか―。夢のようだ、すべて。何もなかったように流れていく。

 /

 太陽と鉄は生き残って大蛇と合併した。
 そこで新たに鬼と名乗った。/

 / ☆266

 「ハチのことをはじめて見たのは二年くらい前じゃの。海沿いに何とかいう町があっての。まぁ繁盛しとるらしかったが、そこに小さな賭場が開いとった。ハチはそこで采の張り振りしとったそうだ」
 「三次の一番上の兄貴がまだ生きとった頃だ。ツジへ連れて来たんだよ三次のすぐ上の兄貴と一緒になって、ハチを。大金で買い取ってきたって、連れてきたよ」
 「確かにハチの野郎は、おれが今まで見た勝負師の中でも十の指に入る腕はしてる。左に曲げる、右にも曲げてくる。相手が途中で泡吹きたくなるような巧さだ。速さもあるがとにかく美しいと思ったな。ハチが戦う台をはじめて見たときに、そう思ったよ」
 「それは間違いじゃなかった」
 「あんな手技と勝負勘どこで覚えたんだかは知らねぇが、おれは迎え入れたわけだ」
 「最初っからハチは誰ともしゃべらね。口きかん男での」
 「ありゃあ口がきけねぇんじゃあねぇ。口きかねぇでいるだけだ。てめえ勝手な野郎だ。しかも奴ぁ耳がいい、おそろしく耳がいい。それと足な。とにかく足が速い」
 「おれがいちばん驚いたのは、野郎が刀を持ち歩いていたってことだな。ハチが、あの若さで、このツジで無敵の勝負師でいられるのは刀のせいもあるはずだよ」
 「刀使う役者なんざ、聞いたことねぇがな。ハチがそれですよ」
 「野郎が左胸に入れてる刺青の紋章はの、野郎の持つ刀の鞘にも刻印されてるらしい」
 「ハチってゆう男の子はな。何かを待ってる、だからしゃべらずにいるんだ、息を殺して。誰か人を待ってるのかもしれねぇな。おれの読みだがよ。好きな人をよ」
 カワナニが酔い語っていた。 ☆267

あなたの瞳に起こされた

今はまだ

まるで夢のよう

とても

あなたのまつ毛の感触が

今もまだ

指先に残されて癒えぬままに

時だけ過ぎて

まるで夢のよう

とても

あなたの瞳に犯された

今はまだ

まるで夢のよう

とても ☆268

鐘の鳴る 第五章 終

254~268 400字詰め原稿用紙45枚



















.