第一章 2稿 4/4 076~088 | BED

第一章 2稿 4/4 076~088

☆076

キジはその出港にいる。

ツジでの乱僧たちがいる、そこには男色の僧も数多くいた。

キジを見て遠くからも頭を下げて挨拶したりしていた。

彼らは遂にこの日を迎えたと感激してひとりでに勃起していた。

キジにはどうでもいいことだった、僧侶たちのことはもう。

そしてあの乞食も連れられて来ている。

お守りにはぴったりだと誰もが感じて喋りまくっていた。

潮のにおい。

三人の馬士は皆途中で辞めてよそへ行っていた。

それほどに危険な渡航でもある。

そしてキジは笑い半分その持ち馬を連れて大陸へと試みた。

馬がそのようにしてこの海を渡ることははじめてである。

航海は一ヶ月を過ぎて終わったが多くの渡航人が死んだ。

途中ギンザは船に綱でつながれ海に引かれ漂うことを覚えた。

食べられるよりはそれがいいとキジが海へと放ったのである。

鼻の息を止める、口だけで息をすることをギンザは激しく知った。

誰もが駄目だと憂いていた秋雨の海、

雨に降られ続けたことが幸いし人の頭には血が上らなかった。

それで生き残れた。

そしてその船団の内、二隻のみが大陸へと漂い着いた。

乞食は生き残りキジとギンザも遂にその巨大な地へと降り着いた。

あれほど苦労して連れた乞食も、その頃にはどうでもよかった。

顔なじみの僧、兵もここではまだいくらかはいた。

それもここでは意味はない。

そしてキジはその大陸を支配する巨帝の城門へと入って行った。

疲れたキジは今の自分にまったく華がないことに思いが及ばなかった。

彼に託されたのが帝国進軍のための斥候としての役目であった。

最前線を行く秘密裏の部隊の一員、そこでキジは進攻を開始したが

その行進のあまりの激しさに砕けそうになった。

ギンザはすでに走れない馬になっていた。

だから途中その大陸の野に放し自由へと返してやった、泣けてくる。

それで選んだのがシャンという名のさらなる名馬であった。

キジはこのシャンと大陸の内へと進攻した

☆077

キジの部隊、そこに属する兵士たちは皆国外からの人たちだった。

身体が大きく太く、その連れた馬も見たことのない巨馬で荒い。

矢で散々に射られても一頭のまま人に襲いかかっていく馬だった。

そして人の言葉を理解する。

完全な戦闘馬であった。

最初キジとギンザはこの中では細く小さく見えた。

肌の色も自国の言葉もその持つ武具も各人がまったく違う。

そうした中でこの傭兵部隊は独自の言葉を操っていた。

自国語を越えて独自に造り上げた隠語を使って生活していた。

さらに話さず手振りで会話ができる手話集団でもあった。

そのために離れて戦っていても意思疎通ができる。

この最強の外人部隊においてキジは朦朧としていた

☆078

帝都からの指令は本隊の西への進攻のための進路確認だった。

半月ごとにその進捗を報告するために部隊のうちの何人か、

それが部隊を離れ東の帝都へと戻って行く。

その報告の任務に就いた者はもう一度この部隊へ戻ると

西へ進行する部隊の者たちへ言い残して戻って行った。

しかしその誰もが二度とその最前線の部隊へとは戻らなかった。

それほどまでに過酷な部隊だったのである。

東への路、その途中で帝都を外れて逃げる者、

帝都に到達し報告はしたが再度部隊へと帰ることを拒む者、

そしてそれらの者は逆賊として捕らえられ幽閉された。

誰よりも強靭な戦士だったのに。

罪人として扱われたとしてもその方がいい、

あの部隊に戻るよりはこの帝都でつながれていた方がいい、

そのように思わせるほどに過酷な進攻を続ける部隊だった。

一度その戦列を離れた者は二度とそこには戻って来ない。

キジがそのアゴを出したとしてもそれは普通だったのである

☆079

その傭兵たちの部隊は飛ぶように走っていく。

空を越え、いくつもの山脈を越え、平原と砂漠、

西へと。

遂に行き着いたのがイスラム圏だった。

その戦士たちと戦ってキジは違和感を覚えた。

傭兵は誰よりも死を恐れる。

だから死なない。

しかし彼らは違った。

死を恐れない。

それで斬って倒れた者がしばらくすると起き上がる。

そして再度立ち向かってきたりする。

それは部隊の多くの者が感じていた。

まったく違う人種。

この時、部隊は完全に地の果てに到達していた。

文化が違う

☆080

ここで部隊は二つに決裂した。

ひとつはそのまま西へ前進するという者たち、

そしてもうひとつはこれ以上の前進をやめるという者たち。

前進するという者たちは少なかったがそのまま進んで行き壊滅した。

前進をやめた者たち、これらもその内でふたつの主張に分裂した。

一方は南の回路を選んで東へ戻るという者たち、

もう一方は北の回路を選んで戻るべきという者たちである。

南の回路を選んだ者が多かったが彼らはすべて捕縛され殺された。

すでにその頃、帝都は彼らを巨帝に背いた反逆者集団として扱い、

新しい傭兵団を編成し次々と西へ投入し続けていたのである。

その新手に命じられた任務のひとつが反逆者の捕縛殺傷であった。

北の回路を進んだ者たちは東へ向かいながらそこでさらに分裂した。

このままの北緯で東へ向かうという者たち、

さらに北上の回路へと移動すべきだとする者たちのふたつに。

これ以上の北上は危険だった。

そこは彼らには未知の極寒の土地だったからである。

しかしだからこそ追手は来ないと北路を選ぶ者たちは主張した。

そして四、五人の者を残して部隊の生き残りは北上の路を選んだ。

西への進路は未知なる文化圏を前にその歩みを後退させるものだった。

東への退路は未知なる北極圏にその歩みをさらに前進させるものとなった。

昼のない平原、雪と氷の土地へと踏み入り追手を逃れて東へと進む。

キジとシャンもそこにいた

☆081

その北の地で嘆かれたのが食料の確保である。

そこには様々な生き物が確かにいた。

しかし部隊の一人以外、それを捕らえることができなかった。

今やこの部隊の馬の足は鈍って信用できないものへと変わっている。

ならばと、自らが馬を降り走り寄っては斬りに行ったが逃げられる。

しまいには遠くから近づいてきた巨大な白い熊に

馬もろともに襲われてその鼻に斬りつけたりしてしのいでいた。

平原でも砂漠でも経験したことのない空間と生き物たちの世界。

この氷雪の上では彼らはまったくの腰抜けでしかなかった。

ここでキジがその弓を使って遠方の獣たちすべてを射って出た。

それが部隊のすべての者を守り皆に食料をもたらした。

部隊崩壊の終局、ここでその先頭と中枢をキジとシャンが担うことになった。

キジが仕込んだ弾薬の弓、それが見たこともない巨大な魚、

その北鯨の腹を連続で爆破したときにこの部隊の残党は大歓声を上げた。

俺たちは死なない、そして絶対に生きて帰ると抱き合った。

その白い息と光。

そんなものはキジにはどうでもよかった。

何をいまさらと。

虫けらが

☆082

部隊はその北路での途中、遂に南東へと下る路を選択した。

部隊のほとんどの者は帝国のさらに南から来ていた者だった。

帝都に近づき過ぎる前に南へと抜ける路を進む、

それが彼らの選択だった。

しかしキジはそこよりさらに東から来ていた。

それは自分ひとりでもある。

共に南下するか、さらにこのまま東へとこの北路を進むか。

ここでキジは部隊と決別した。

シャンと共に北の路をさらに東へと進んだ。

たったひとり。

しかしキジには勝算があった。

星座が変わり始めている。

それはキサラギで仰ぎ見た形へと近づいてきていた。

自分が明らかに祖国へと寄って来ている。

このまま東へと、あとは海を越える、それだけが問題と考えた。

この時すでにキジは半分自分の命をあきらめていた。

しかしだからこそこの最期に試そうとも考えていた。

キサラギよりさらにはるか東に森林と湖に伏された東の国があり

そこに東奴(あずまど)と呼ばれる森人たちが生活しているといわれた。

そしてそこからさらに北へ、森と沼の地を越えさらに海を渡り、

そこに最北の民が神を奉って生活する楽園があるという伝承である。

キジは自分が祖国から見てその最北の場所にいると考えていた。

このままの北緯で海へ出れば必ず何かの手がかりがある、

あとはそこから考えれば良い、キジはそう思っていた。

大陸の最果てを横断し死にそうになりここまで来た。

行ける所まで進んで何が悪いかと神仏の前に開き直ったのである。

キジの目指した最北の楽園、それはエゾと伝え呼ばれていた

☆083

冬は終わろうとしている。

その最も過酷な環境のときに部隊は北路を進んでいた。

追手の部隊は標的がそのような路を選ぶとは考えていなかった。

それでキジたちは捕まらずにいた。

南下の路を選んだ者たちがその後どうなったかはわからない。

しかしさらに厳しい追跡が彼らを待ち受けていたのは確かであり

それは極寒を進む厳しさ以上に激しいものであっただろう。

東へと進み続けたキジはシャンを止める。

誰もいないのはそこでも同じ。

薄霧に姿を現したそれは南北に続く海峡だった。

キジは自分が祖国における最北の場所に立っていると確信していた。

星座はキサラギのそれとほぼ近い。

大陸の果てに戻って来た、そうすると目前の対岸、あれがエゾか。

キジは海岸線を下り最も対岸と近いと思われる場所を見つけた。

そこには荒組みされた小屋があった。

そこからの対岸はかなり近く泳げば半日で渡れる距離でもある

☆084

水は冷たい。

冬に救われてここまで来たが今度はその冬が行く手をふさいだ。

春夏になれば水は温む。

しかしそれまで待っていれば追手に追いつかれるだろう。

小屋が組まれていることはここに人の出入りがあることを意味した。

この小屋が対岸の者による物なのか、大陸の者による物なのか、

もし大陸の者が自分の姿を見たらその者はすぐそれを通告するだろう。

対岸の者なら舟で渡ってくるはず、しかしそれがいつかは知れない。

小屋の中には積まれた木板と粗綱、それ以外は何もなく風はしのげた。

火を焚いた形跡がないことから冬場は使用されない物であるらしい。

寒さが弱まればこの場所へは人が近づいて来るということでもある。

キジはシャンを小屋へ入れた。

外の霧は次第に濃くなり対岸は見えなくなって小屋周辺をも包んだ。

キジはシャンの手綱と鞍を解いた。

そして火をおこし一晩そこで眠った。

これだけの霧、しかも小屋の中であれば光は外へ漏れず安全だった。

寒くともキジとシャンにとっては久々の安息となった。

翌朝は快晴であった。

積まれ置かれていた木板は細長く背丈ほどで一枚一枚はかなり厚い。

キジはそれら数枚を重ね結わき、それを四つ、五つ作り

鞍の内と側面にそれぞれ頑丈に縛り付けた。

それは海に浮かんだ。

キジは食料のほとんどをシャンの口へ入れてやり言った。

「おまえなら誰にでもかわいがってもらえる」

そして厳冬の海に自分を浸した。

キジはその大陸の岸辺でシャンを野生馬へと返した。

自分は鞍の舟につかまり泳ぎ対岸を目指したのである

☆085

身を切る冷たさは予想以上だった。

雪原を越えて疲れた身体からその水温はさらに体力を奪った。

鞍の舟が頼りだった。

もしそれなしで泳ぎ出たならすでに力尽きていただろう。

そうするうちにも陽はのぼり続けていく。

そして自分の進みの悪さに冷えきりながらもイラついた。

対岸はまだ遠い、このままでは流されてしまう。

午後になれば潮の流れは変わる。

波が高くなる前に何とか対岸近くへと近づきたい。

そうして厳冬の潮水に足を動かしたがうまくいかない。

息が上がり波に揺られる、海水の冷たさに全身が麻痺してきた。

そのうちに後方から、ぶるるぶるると何か生き物の気配がした。

さすがのキジも海の生き物たちには抗し難く感じていた。

見たこともない大きさ速さの水中生物と刀弓で戦うことは難しい。

背後に近づくその生き物の気配にキジは焦った。

鞍に腰掛けて弓を構えたかったがその両腕にうまく力が入らない。

鞍につけた刀のうち短いものを抜いてその柄を口にくわえて進んだ。

顔を潜らせて眼下を見たがその水中に巨きな魚影は見えなかった。

ならば海上からかと振り向きたいが体が冷えきってそこまで動かない。

潮に見上げた空は昨夜の霧が嘘のように晴れ渡った青空だった。

その美しさと冷気とが恨めしい。

背後の生き物が自分に着々と近づいて来ているのだけはわかった。

そのぶるるぶるるという音が相手の呼吸音だとやっとわかったとき

その生き物はすでにキジのぴたり背後へと乗りつけていた。

動かす足先に相手が触れたキジはこれが最期かと振り向き

刀で斬りかかったがそこにいたのは何とシャンだった。

シャンがキジの後を追って泳いでいたのである

☆086

そうしてキジは今、雪山の頂にいる。

東の国、その森には巨大な山があると以前噂に聞いていた。

そしてその山をキジは見つけた。

夏でもその山頂から山腹には雪がある。

その夏の雪を握って口に当てた。

大陸のあの激しい雪原が思い出される。

キジは生き残った。

あの南北に続く海峡を渡った、追って来たシャンの力を借りて。

対岸は南北に長い島であった。

その南にはさらに大きな地が存在していた。

島と大地には上部、中部、南部と三つの部族が別れて暮らしていた。

部族間に対立はなくその三つの部族は武器を持たない民であった。

言葉も装いもすべてがキサラギや大陸のものとは違う。

そしてキジはここが伝説の地エゾであることを悟った。

キジは客人として各部族に丁重に扱われその導きで南下した。

彼らとの平和な日常の中でキジは癒されていく。

キジは大陸からとキサラギからの侵略に備えるようにと

三人の族長たちに伝えたが彼らは戦うこと自体を拒否した。

大地の最南端は海でありキジとシャンは彼らの巨船で送られた。

海を渡り船から降りたキジは確信した、

遂に自分がキサラギにつながる地へ辿り着いたということを。

別れ際、もう二度と会うことのないことを予感して

彼らはキジのために泣くのだった。

キジはシャンと南下を続けた。

そこは延々と続く巨大な森の沼地である。

海岸線を進んだ。

星座は完全にキサラギと一致している。

果てしなく森は続いたがある日森の先に雪を頂く山が見えた。

そしてその山を遠く見る場所に人々が暮らしていた。

言葉は通じず装いも違うが彼らが東奴と呼ばれる森の民であり

そこがキサラギで言う東の国であることをキジは理解した。

森に突き出たその巨大な山を彼らはフジと呼び崇拝している

☆087

東奴はフジに近づくことを恐れていた。

フジに近づき、ましてや登ることは彼らにとっての禁忌である。

フジは確かに巨きな山であるとキジは感じた。

キサラギにつながる地にこのような山があったのか、とも。

しかしそれ以上の山々をキジは大陸で経験していた。

その山々はヒマラヤと呼ばれていた。

その山脈の内奥を西へと渡った、あの外人部隊の一員として。

キジはフジへと登った、シャンと共に。

森の中では空が見えない、方角を見失うと命取りになると感じた。

しかし不慣れな森、そしてフジの急な勾配をシャンは恐れない。

それはキジも同じだった。

この国から海を越えて大陸へと渡ったはじめての馬がギンザであれば

エゾからこの地まで、さらにフジを登頂した最初の馬はシャンである。

雲のない晴れた日、半日で山頂へ到達した。

山頂の雪と風、眼下の北と東には森が続き南には海が広がっている。

西にも森は続いているが北と東のそれとは違う気持ちがした。

夜、その西の遥か遠くにかすかに灯りのゆらめきを見た。

キサラギ。

幻か、その光よ。

そのフジの山頂にキジはシャンといる。

その頂で昇りゆく朝陽を見つめてキジは思った。

大陸の死を怖れない戦士たちは自分にとっての地の果てだった。

あの戦士たちから見れば大海に果つるこの国が地の果てか、と。

そしてキジはフジの裾野にしばらくその身を置いた。

深淵の森に弓を引き狩りそして何度となくフジ山頂へと登った。

その冷気の中、この地の最も高き場所で無となる禅を組む。

禅はキジが大陸で教えられたもののうちのひとつであり、

まだ勃興したばかりであったひとつの新しい方法であった。

フジ山頂で禅を組む。

ある時はエゾに向かい、ある時は海へ向かい。

鞍も手綱も解かれたシャンはキジを追いかけていつも傍にいたが

キジが禅を組んでいるときにはそれを察するのか常に離れており

足を取られて火口に落ちそうになったりしていた。

大海へと堕ちて行くその黄金の壮麗。

あの日、大陸へと出港した日から幾月もが過ぎ去った。

まさかこのような定めになるとは…

あの日、思いもしなかった。

闇が山頂を覆いその天空の風が強さを増す。

西にともる幻のゆらめき。

キサラギよ。

キジにはどこかで誰かが鐘を鳴らしたように聴こえた。

その音は清く澄んでいる

☆088

鐘の鳴る

鐘の鳴る

海に山にその丘に

鐘の鳴る

鐘の鳴る

あなたの暮らすその場所に

あなたの眠るその場所に

鐘の鳴る

鐘の鳴る



鐘の鳴る

鐘の鳴る



鐘の鳴る 第一章 終

400字詰め原稿用紙537枚