第6章 1/2 269~289 | BED

第6章 1/2 269~289

☆269

 それでおれたち、バスに乗った。夕方ですごい、寒かった。
 そのバスに乗って10分もすれば駅に着く。10分くらいなら歩けばいいのにって、思うでしょ。でも、疲れてだめだった。
 駅前で降りて。
 そのときにはサルの野郎が消えていた。イヌと二人で降りて。
 高校生とか若い人がたくさんで、にぎやかで。
 腹がへってたから、何か食べたかった。
 でもファミレスとか、おれ入ったことないし。イヌもいやだって。
 コンビニで買うにも値段とか、わからないし。
 どうしようって。
 イヌと歩いてそのまま知らない国道の道に出て。
 クラクション鳴らされたりして、河、橋渡って。
 そのままふたりでかけてった。

☆270

 「私」は三人を呼びだした。三人とは、サル・由宇、イヌ・ハチ、モモ・タロウの三人である。「私」からの知らせに三人は戸惑ったはずだ。初対面のうえ、急な呼び出し方を「私」はあえてした。
 その頃は夏で暑い日が続いていた。待ち合わせの場所は街道をそれた細い道の先にある。そこは茶屋で年寄りの夫婦が営んでいる。汚い場所だ。
 まわりは田園。店の裏は水田。店の前には小道を挟んで松林の丘がある。遠くからだとその松林の丘が目印となった。
 老夫婦に訊けば、客は日に二人あるか、ないかだと言った。街道を外れた旅人が一休みでもするのか。畑をやりながらの店らしい。客商売を好きと言っていた。
 「私」は一度、この店を訪れたことがある。以前、道に迷い、ここで道を尋ねた。あのとき店には若い女の子がいた。今はいない。士はここにまで来ている―
 暗くほこり臭い店の中にはそれ以上いる気がしなかった。外で「私」は待っていた。緑の稲、松の林が夏風にゆれて音を立てる。
 遠く騎馬の影がこちらへ向かってくるのが見えた。三人である。馬は一列になり細いこの道を近付いてきた。
 静かな田園の中を、だんだんとヒズメの音が響いてくる。松林からそれを見ていた「私」、茶屋の夫婦も道端へ出て見つめていた。
 三騎は店の前で止まった。馬がいななく。先頭を走っていた男は即座に馬を降り店に入った。老夫婦はその勢いに驚くようにして店の外に立ったままでいる。
 馬から降りたその男はサルだった。背が高く痩せている。帽子のようなものを何かかぶっている。首に細い数珠を掛けている。左手首に幾重もの数珠を巻いている。左腰に刀が二本、背に一本を差していた。
 サルは店から出てくると道にいる騎乗のふたりに目線を送った。その大きな眼。
 二頭目を走っていたのがモモだった。モモは馬に前を向かせたまま後進させながら、松林で見ている「私」の横へとゆっくり下がってきた。

☆271

 男たちは午後の波間にゆれている。これより浜から離れるのは危ない沖にいた。午後になり波は高くうねりはじめている。沖へ連れていかれる。灰色の雲が頭上を覆っている。
 波の上下の揺れとともにいる彼ら二十人。海間から突きでたその頭の影。潮にあらがう自分たちの激しい息づかい。ともにいる者の名を確認し合い叫ぶ。
 男たちが揺られながら見る海岸。オロチたちが右手側の浜を走りぬけていくのが見えた。正面では朝廷の騎兵が次々に包囲の疾走をするのが見えた。砂丘にいくつも燃やしていた自分たちの炎のうち、いくつかが消えていく。
 太陽と鉄が朝廷軍に捕獲された二十日の北海沿岸。太陽と鉄の二十人は海へ逃れた。

 二十人は浜へたどり着いた。自分たちが駐屯していた場所よりも西の海岸。もうすぐ夜になる。火は焚かず。おのおのそれぞれ周辺に散らばって眠った。
 海に体力をとられて。冬なら皆沖へ流されて死んでいた。
 夜、二十人は起きた。自分たちの駐屯していた元の浜へ戻っていく。海岸沿いを隠れて。波の音だけ。

☆272

 二十人の太陽と鉄。昼間に朝廷に囲われた浜にいる。砂丘の騒ぎの傷跡は潮風に消されようとしていた。砂に固まった血の跡が吹かれている。
 二十人は浜をあさった。太陽と鉄の何人かが死体となって砂に吹かれていた。残されたままの武具、笛、太鼓。シュテンの棍棒も残されていた。虎一頭、熊三頭が死んでいた。虎と熊のそれぞれ一頭は連れ去られたらしい。
 沖合から見えるほど大きな自分たちの焚き火は、すべて消えていた。その残り木を集めて小さな火をいくつか焚く。男たちは無造作にそのまわりに集まった。周辺を見張っていた者も夜の砂丘に追手は潜んでおらずと火に寄ってくる。
 浜辺にうちあげられたワカメや藻を大量に集めた。生のままだったり、あぶったり焼いたりして食べた。火を見つめながら。足を抱える者、裸で横になる者、しゃがむが尻はつかぬ者、立ったままの者。昼間の喧騒と今の静寂。

 火を囲み、この先の話になった。
―オロチは噂に聞いただけのことはある。イバラキの剣はすさまじい。この目で見た
―イバラキはおれたちをカワナニとヒロシマの市で待つと言っていたが
―カワナニの市に入るのは難しい。十日、二十日は役者が賭場で采を振る。なおさら出入りは厳しくされる。おれたちに入れるわけがない
―イバラキはツジ・カワナニのことはよく知らないのだろう。奴は南土の人間だ。この砂丘周辺でもっとも近くにあるのがカワナニ南門と聞いて言っただけのことなのだろう
―ヒロシマの市には入れるだろう。あの市は大きいから
 朝が近い。まだ闇のなか二十人は死体になった同士たちをそれぞれに埋めた。各士を山盛りの砂の墓とした。浜風はこの砂の山墓も平らにしてしまう。それでもそうした。

 夜の終わる前、二十人が闇の砂丘を進んでいく。虎一頭、熊三頭はそれぞれに棒背負った。消えきれぬ焚き火に小便をかけてまわっていた男が用を足して集団へ走っていく。

☆273

 一行は山越えの道にかかっていた。一行とはとらわれた太陽と鉄の四十人。それを運ぶ朝廷兵の二十騎。小雨が降る明るい空。太陽と鉄のそれぞれは後ろ手に縛られつながれて一列に歩いていく。
 山が左手にあり右手は深くきりだっていた。その下には大きな河が流れている。水の音。河の向かい側にも新緑の山々が続いている。山奥。
 朝廷は五百を超える兵で自分たちを囲ってきた。―このおれたちを
その兵に連れられて歩いてきた。三日―
 朝廷の兵はじょじょに少なくなった。分岐した隊に虎と熊も連れられていった。
 このまま南に進んだ先には港がある。そこで船に乗せられて島に流される。金だか銀だかの鉱山に入れられて二度と戻れない。
 あと一日半か丸二日歩けば海岸線に出て港に着く―
このあたりの山々の地形には見覚えがあった。
 山道をさらに高く昇っていく。たちこめてくる霧。
 その先頭をシュテンが歩いていた。あぶらぎった全身から湯気があがっている。後ろから続いていくほかの連中はそれを見ていた。自分たちがこのまま終わるとは到底思えない。
 太陽と鉄はこの頃までには綱をすべて解いていたがとらわれの身を装っていた。カイとジンマがそれを指揮していた。
―護衛の兵は二十。素手で襲ってもいいが
シュテンがそれを許さなかった。ただひたすらに歩いていく。
―おれたちは悪くない。悪いのはこの時代
シュテンはずっとつぶやいていた。

☆274

 連行する朝廷兵たちは山奥の雨に疲れていた。太陽と鉄たちを罵倒し鞭打つことも忘れ。はやくこの役目を終えたい。馬に揺られ。
―港に着いたら酒飲んですぐさま女抱きにいく
―そのあと焼き鳥が食べたい
―一緒にいこう金貸してやる
 カイとジンマは対岸に気配を感じていた。音を消して数頭の馬が自分たちと並行して対岸を下っている。誰だ―
 間抜けた朝廷兵の間を盗んで対岸の馬影の存在は四十人に伝えられた。
 馬上の兵士たちは女性器について熱く語りあっている。対称に歩く太陽と鉄は対岸に緊迫している。
 一行は吊り橋を渡る場所へきた。先頭を朝廷兵が十騎。馬を降りて渡っていく。そのあとに太陽と鉄の四十人。朝廷兵の残り十騎は橋を渡っていく様を後列の山岸から見ている。
 先頭を行く十騎が橋を渡り対岸へ届いたころ。雨と薄霧を超えて叫び声が上がりはじめた。十人が何者かに次々に斬り倒されていく。斬りつけているのは五人、六人か。
 対岸に並行して移動していた者たちだとわかった。そのうちひとりは頭から足先までが深紅。ベニイである。連中はオロチ。橋の先頭のシュテンは固まって湯気を出していた。
 斬り終えたベニイが橋のたもとに寄ってくる。四十人全員は吊り橋の上。朝廷の後列の十人は対岸で呆然と見ていた。弓も撃たず。
 「おまえたちを助けろとイバラキに言われてここまできた」
降りの強くなってきた雨。ベニイとシュテンはにらみあっていた。橋の上の連中も前方のやりとりを見ようと背伸びもぐりあいしている。カイとジンマがベニイの元へくる。
 「よぉ。また会ったな」 
カイは激しくうなずいた。
「向こうの残りの連中も斬ってもいいんだぜ。どうする。よぉ」
カイはシュテンの顔色をうかがった。ジンマは肩をすくめて両手で口をおさえ笑っている。

☆275

 連行される太陽と鉄の四十人が橋の上で「押すな押すな」とやっている。皆、シュテンと対峙するベニイの様子を見たがった。
 朝廷兵は連行する者たちの綱がすでに外されているのをここで知った。が黙って様子を見ていた。「この連中とは関わりたくない。次に斬られるのは自分かも」と思ったために。
 シュテンがベニイに告げる。
―イバラキには謝っといてくれ。キサラギに奴の居場所を垂れ込んだのはおれだ。悪かった
―おれたちは話し合いができるような玉じゃねぇ。まず出直さねぇといけねぇんだ
―おまえらに助けてもらう筋合いはねぇ。ただ―
「今度またあえたら。おれはもっと正直な男になれると思う」
ベニイはシュテンの言葉をイバラキに伝えると言った。
 そのあとシュテンは橋から河へ飛び込んだ。雨の濁流が盛り上がるその中にシュテンは飲まれていった。
 残り四十人が奇声を上げる。吊り橋を揺らして橋は落ちんばかりに大きく反り返った。太陽と鉄が次々と飛び込んで行く。最後にカイとジンマたち、小人五人が飛び込んで行った。
 目の前で繰り広げられる気ちがい沙汰に朝廷兵は何もしないで見ていた。雨の降りは強まる。向かい側にいたオロチは消えていた。
 残り十騎は橋を渡り死体の収容を続ける中で口論となった。
―キサラギへ戻っても罰せられるだけだ
―戻らないでこのままどこかへ逃げるか
―それでは無法者と同じだ。士とかわらない
―おまえはひとり者だからそんなことが言える。おれにはキサラギに家族がいる
 十騎は二手に分裂した。一方はキサラギへ戻ることとした者たち。もう一方はキサラギへ戻らないこととした者たちである。
 キサラギへ戻らないとした者たちは下流へと向かった。身分を捨てた。家族も。
 キサラギへ戻るとした者たちは死体処理を終えて上流へと戻っていった。

☆276

モモは港にいる。
正午前。
晴れた日。
出航を待つ。
モモの荷物は出店をだすための小さな仕切り板。
その中に団子を焼くためのいくつかのもの。
それらすべては縦長の木建てにして背負う。
大きくもなく小さくもない荷。
モモはこの時、旅暮らしの商売人をしていた。
団子を売る。
地元の若い女の子連中が息も激しく寄ってきた。
船で出て行ってしまうモモに声をかけずにはいられなかったらしい。
モモは昨日までこの港の近くで店を立てていた。
この四、五日で結構、稼ぎはあった。
女子は言う。
―あんた昨日、桜宿の横に店立てておったろ、団子売っておったろ、私ら食べたよ
―あの、おいしい団子もっと食べたいし、船に乗らんでもう一日おればよかろうよ
―行ってしまうんなら次はいつ来るんだろうの、それまであんたへは手紙は書けるんかな
ちょっとした騒ぎである。
サルがそれを見ていた。
遠くから。
サルも早朝よりこの港で船を待っていた。
船がなかなか出ないので腹が立ちそうになっていた。
港周辺を再度見てまわっていた。
時間が早いので飲み屋も含め店は全部閉まったっきり。
結局、岸壁にひっくり返って日干し居眠りしてつまらなくしていた。
そこにモモが来たのである。
女たちは騒いでいる。
サルはそれを見ていた。
それにしても晴れていい天気だ。
カモメは空に。
波は高くない。
酔いざめの風に吹かれていた。

☆277

―ふ~ね~が~で~る~ぞ~~~
さっきからはじまっていた船頭たちの呼び声
港に乗船の客がいっせいに集まりだす
その船は大きくはない
中くらいのものにすこし幅をもたせたつくり
女子供をふくめて船客には家族が多い
訊けば士に村や町を追われた人々だった
住み慣れた土地を置いて逃げて行く
船上から泣いている者もいた
モモも乗船した
岸壁にいる追っかけの女たちに軽く手をふっている
サルもその船に乗りモモの横顔を見ていた
―ずいぶんと奇麗な顔をした男だな
と思った
―女が放っておくめぇな
乗船名簿を記す際にモモはタロウと名乗った
サルは何人かの後ろからそれを聞き逃さなかった
―タロウ、団子売り
カミノセキの市へ行く途中宿場で女将から聞いた名だ
船が出ていく

☆278

モモとサルが乗った船は中型船
かなり多めの客が乗せられていた
出港も遅らせ自分たちの商売を進める小賢い船頭たちの掛け声が響く

船がかなり進んでいた正午前
船酔いで体調を悪くする客が多くなる
女子供たちのほかにも男たちが横になるために船内へ下りて行った

夏の陽に照らされ沖の潮にも吹かれる船上の場所に客はまばら
強烈な日射しと海風

モモもサルも船上にいた
サルは左舷縁に座っているモモの様子を右舷縁から見ていた
サルが気になっていたのがモモの持っていた釣り竿のような包み
長い包みは横に倒した縦長のモモの荷に添えるようにして置かれている
包みとモモの手首はなにかヒモのようなもので結ばれていた
― ありゃ刀じゃねぇのか

モモは船べりに寄りかかり左側と前方の海を見たままでサルのいる方を見なかった
ただ右舷縁から自分の様子を見る男の存在には気付いている
モモはそれよりもさっき左舷水平線上に現れた小さな黒点を遠く見つめていた

しばらくして船頭たちの動きがあわただしくなった
左舷から二隻の船が近づいて来ているらしい
サルは右舷から座ったまま伸びをしてその船影を確認した
モモは左舷縁にもたれたままでその船影を見つめている

サルは自分の前を歩き過ぎようとする船頭のひとりに訊いた
― 何だいあの船
― 賊にめっかった

☆279

― 賊?
「なにあれ海賊船?」
「そうぞあんさん奴ら二隻で囲う気だ」
中型船に多めの旅人を乗せたこの船足は遅い
海賊船は迫っていた
船内にいた家族連中も船上へ出てきて様子を見ている
泣く者、茫然とするモノ、海を罵る者
モモは立ち上がった
釣り竿の袋だけを持ち年若い船頭に訊いた
「どうするんだい」
船頭はモモに振り向いてまた海を見て言った
「このままじゃ捕まるな」
「殺されるのか」
「取引してまとまらなけりゃ誰かが死ぬかもな」
「取引って何」
「荷を渡すかどうかよ」
「荷って人も含めてか」
「おうよ」
「おれ刀使うから。船長に会わせてくれ」
船頭はほかの船頭にそれを伝えた
モモが船頭たちと船内へと入って行く
サルがひっそりついて行った

☆280

船内を進むうち船頭の一人がモモに訊いた
―おにいさんずいぶんと若いのに斬り師稼業かい
―違うおれは団子売り刀を使えるだけなんとかしたいだけ
船尾に船長の部屋があった
船頭が扉を開けたがその煙にのけぞった
狭い室内をモモも見たが裸の女が二人倒れている
船長らしき豚男が裸で座っていたが薬に朦朧としていた
船頭が後ずさりしながら言った
―吸わないほうがいい
―キノコかすげぇな
―誰だおめぇ
後ろからのぞきこんでいたサルである
モモとはそのときはじめて目があった
船上でモモは船頭頭と話をつけた
賊の二隻は一隻は小型船
もう一隻は準大型船
小型船に斬りに乗り移るというのである
二隻に挟ませて小型船に船腹をつけて廻れ
小型船に火を放ち戻る
二隻を相手にすることはない
船頭たちはお互いを見まわした
「その話乗った」
振り向いた先にいたのはサルである
「捕まれば誰か死ぬそれよりもやるだけやったろうぜ」
船内から出てきた男たち女子供たちも聞いている
「おれも刀使うから」
サルが言い放ち賊の船は近づいた

☆281

モモはサルを見た
サルは自分の刀の包みを軽く上げてモモに見せた
船頭たちは集まり何やら話している
海賊船は近づく
船頭頭はモモに寄り言った
―賊の船に襲われるのはおれたちもはじめてじゃない
 ただあの船ははじめて見る
 おれたちとしては連中と取引して
 奴らの顔を見ておきたい
 今回荷を渡しても次でなんとかできるようになるから
モモは黙っていた
―お兄さんは見たところだいぶ若い
 無理をして刀を振り回さなくていい
海賊の小型船は左舷に並行して走るまでに近づいた
その後ろに準大型船が走る
「小さいので襲って大きいので収容するんだな」
声に向けばサルがいた
「おれ海で賊に襲われるのはじめてなんだ
 だから連中のやり方覚えるにはいい機会だよ」
黙って海上を見ているモモにサルは訊く
「これから何か起きるんだろか」
「話しかけないでくれ
 今頭に血がのぼってんだ」
賊の小型船はさらに迫る
「船頭の連中は女子供を引き渡す気だ
 おれはそれが許せん」
モモはブチ切れる寸前にいた
「フンドシ船頭どもが舐め腐りやがって畜生」
正午の海の沖の風と光
「あの二隻とも沈めてやる」

☆282

モモは家族連中に言った
―おれが斬りに出るから
 船底の部屋から絶対に出ないように
 まず小型船の連中をこっちにあげる
 それで斬る
 捕まれば生き別れ
 おれが戦うから
 信じて欲しい
モモの言葉を聞いて男女子供皆船底に潜った
船上には船頭たち十人
あとはモモとサルだけが残った
サルはモモのことばを聞いていた
―よく言うぜどれだけの腕なんだよ見たいもんだ
サルもまた自分の剣には相当の自信を持っていた
―あの団子屋さんタロウが斬られたらどうするよおれフッハッ
思わず笑ってしまった
―やってやるおれも最後までいくぜ
サルの視線をモモは気付き見た
サルが包みから抜いた刀をモモに掲げて見せる
モモも釣り竿のような長い包みから取り出したが刀であった
そこには何やら紋章がかたどられている
その刀はイヌの持つものと同じだった
イヌとはツジ・カワナニの南門賭場で采を振る二枚目
その男の胸元にも同じ紋章が刺青されていた
桃をかたどった印
賊の小型船は完全に横寄せてしていた
寄ってきたサルにモモは言った
「邪魔すんじゃねえよ」
サルは自分に対し暴言を吐く者が久しぶりで新鮮だった
掛けた綱から賊はこちらへとのぼりはじめている
サルもモモのあとを追い船内に隠れた

☆283

モモは船内への入り口の柱影から船上をうかがった
小型船からの海賊がこちらへとあがりはじめている
船頭たちは無抵抗で海賊たちの様子を船首側から見ていた
「よ~ん、ご~お、んん~~~こりゃまだくるな」
モモの背後から敵を数えるサルである
モモはサルをむずがるようにして船内奥へ移動した
背負っていた木建ての荷を解いて何やら素早くはじめた
炭のようなものを枡のようなものに詰めている
片手に乗るほどの枡をいくつか次々に仕込んでいった
サルは船外への入り口で船上とモモを見比べている
―おし賊連中はあがりきったみてえだ十五人いる
 それにしても団子屋さ~んは何してんだよおい行くぞおいおい
モモはその各枡に油のようなものを流し込み最後に蓋をした
それをいくつかの袋に分けて腰に結わい付けた
モモは木建ての荷を置いたままサルのいる所へ手を拭い戻った
サルはその気配に船上を見据えたまま「十五人だぜ」と言った
しばらくしても返事がない
サルが振り返ればモモは何か手づかみで食べている
「何食べてんだ」
「団子だよ戦う前の腹ごしらえさ」
団子はサルの大好物である
―あれがあの宿で不細工な女将に聞いた噂の団子なのか
「欲しいな」
モモはその残りをサルに手渡した

☆284

 渡された包みの中には笹にくるまれた団子がいくつか並んでいる。そのひとつを手にとって鼻先に近づけてみれば醤油の香り、それが軽くあぶられてこげが香ばしい。口に入れた、うまい!団子は冷えて固くもなっているのに、うまい!
 団子の中には焼き味噌のようなものが入っていたがそれがまた、うまい!その香ばしさが鼻にぬけて味わいは喉をとおっていく。
 サルは残りの団子を次々と食べ尽くしてひとり口に出して言った。
「うまい…」
 見ればモモが賊一人を斬っていた、二人、三人、次々と斬り襲っている。サルも出ながら背後から見たモモの剣はとにかく速かった。
 驚くほどの高速剣。誰かにも似て―
―イバラキ―

 叫び声と賊たちは剣を抜いたが次々と斬られ何人か海に飛び込んだ。落ちた水音、後方へと過ぎゆく。残りの賊たちは抜いたままの刀で船尾へと廻っていく。
 船首にたどり着いたモモは返り血を浴びている。驚き見る船頭たちに―よろしくと告げ賊の垂らした綱をたぐり寄せ船から飛び降りた。サルが船べりへ急ぎ見下ろせば真下の賊小型船へモモが着地、再び刀を抜いていく。
 サルは斬られうごめく賊を見つつ奥の船頭たちに―船腹を付けといてくれと叫びモモに続いた。
「斬り師だああ」
 賊は叫んだ。船内から何人かの賊が刀を抜いて出てくるが斬りにこない。モモは相手側へ走り斬り入った。賊たちは船上を逃げる。サルの前へ走り出た賊が斬られた、一人、二人。一人海へ飛び込む。落ちた水音、後方へと過ぎゆく。
 船はきしむ音をたてながら激しく上下に揺れた。進み行く上からは船頭たちが見ている。

☆285

 モモは船内へと降り入って見えなくなる。サルは船上の中間にいた。船首付近にいる賊二人をにらみつけている。サルが刀を上げ一歩踏み出してみせると賊二人はたじろいだ。刀は抜いたままたじろいでいた。サルをうかがっていた。斬りにこない。
ドン―ドオン―ドドン―
 鈍い音が船体内から連続して響いた。サルが船内へ入るといくつかの場所から火が立ちはじめている。ゆらめく炎が照らし出す暗く雑多な船内。煙、火薬らしき匂いがうずまく。
 どうやら船内に賊はひとりもいないらしい。目をひそめ見れば船先の奥の暗闇にモモらしきがいた。船壁に何か仕込んでいる。火をともす。壁に点けてモモが隠れた。
再びの爆音―
 船首近くの左舷が吹き飛んだ。白煙と塵。壁と床に点いた炎片。吹き飛んだ穴から外光が射す。
 船頭たちも船上から様子を見ていた。賊小型船の船首左舷部分が吹き飛んで白煙が後方へと流れゆく。船頭たちは事態を指差して右に左にと大声を上げていた。
 船底の部屋に集まり身を潜めている家族たちも―女子供、年寄りも皆その爆音を聞いた。こわばる不安げな顔顔をロウソクの灯りは照らしている。
 モモが炎の立ちはじめた間を抜けてサルの見るこちらへ戻ってきた。先に仕込んでいた枡らしき物もまだ手に持っている。ゆらめゆく炎を背にモモは言う。
「火が回ればこの船は沈む」
モモは振り返り枡を遠めの炎へと投げ入れた。
―左利きか
枡は炎の中へと転がっていきしばらくして爆発した。

☆286

 そのような武器と暴れ方をサルははじめて知った。圧倒されそうになりしばし燃える船内を見つめている。暗闇に燃え立つ炎と船先から射す陽の光。その視線の横をモモが通り過ぎた。端正な顔立ち、横顔。団子売りには見えない。モモは階上へ上がっていく。サルも続く。
 モモが右腰に下げる刀。その鞘に刻印された紋章と柄のつくり―どこかで見たような―サルは思い出そうとしていた。
―あの刀どこかで見たな

 船上に上がればこの船は白煙を吐き進む。右舷についていた船頭たちの船は離れつつある。左舷後方から準大型船が近づいていた。船上からこちらを見る賊の影影。
「なんだよ、あいつら離れる気なのか。なんだおいどうするよおお」
 サルの言葉は聞かずモモは船尾へ向かう。船尾には立ち舵を取り続けている男がいた。舵取りの男はモモが乗船してからの一部始終を見ていた。男の魂は消えていた。それでも仕事癖か舵は離さずに持ちこたえていた。
その男がこちらに歩いてくる―
 モモは船尾へ揺らめき寄り舵取る男と見合った。舵取り男は片手離さず舵をきり回しながら体はモモと遠くに置いている。男は怖れと困惑で額にしわを寄せ眉は八の字に。さらにおちょぼ口をしていた。
「なんつう顔してんの。どけ交代だ」
舵取りは無言で左右に首を振る。
「どけ。どけろ。どけったらどけ。どお~けえ~ろつ」

☆287

 舵はモモが取った。舵取り男はもういない。どてっ腹に一発喰らわして海に突き落としてやった。落ちた水音、後方へと過ぎゆく。
 船首の辺りで刀を抜いたままたじろいていた賊二人ももういない。サルが迫って二人とも海へ飛び下りさせた。落ちた水音、後方へと過ぎゆく。
 小型船は乗っ取られた。次第に燃え広がりつつもある。すごい煙になってきた。さらに沖の風が焚きつけてくる。燃える白煙も後方へと過ぎゆく。
 限界までに膨らんだ小型船と準大型船の帆と帆。満帆。炎天下沖の併走。
 準大型船が左舷後方に近づく。船上の海賊たちは小型船の二人に何やら盛んに身振り手振りで罵声を浴びせている。
 サルが舵を取るモモのところへやってきて訊いた。
「どおする」
「この船をあっちにぶつけるから」
「沈んじゃうわよ」
 モモはここぞと舵を左舷へおもいきり回した。連続回転。音を立て回り続ける舵。併せて左舷へと急転していく。立つ白波。船底が見えんばかりにさらに横倒れしていく。
 二人とも声を上げた~あ~あ~あ~~わあ~~~わああああ~~~
 急傾斜してゆく甲板。転げるサル。
サル「うわわわ落ちるうう」
モモ「つかまれええ」
 左舷へと大旋回していく小型船。準大型船に近づいていく。準大型船は衝突を回避すべくさらに左舷へ切り返した。旋回の二隻。小型船が準大型船の真横へと吸い込まれていくように見える。
 避ける準大型船。その右舷から煙を吐く小型船がさらに迫る。
 船上の賊たちは突っ込んできた小型船を凝視して止まっていた。目と口は開けたまま。
―ぶつかる

☆288

 ドンピシャリ―小型船は準大型船にほぼ垂直に突っ込んだ。衝突の鈍い音と激震。モモとサルは甲板のでっぱりにそれぞれしがみついていた。
 小型船の船首は完全に破壊された。大きく穴が開く。そこから船内に燃え立っていた炎が噴き出してくる。船上に火の粉が舞い散り、後方へと過ぎゆく。
 衝突は準大型船の右舷も破損させた。賊たちが船縁から破損個所を見下ろしている。
 小型船から流れ出る白煙と炎ゆらめく沖の波間に夏の空―。
 準大型船右舷に絡むように付いたまま小型船が走っていく。モモが舵を回していた。小型船左舷を準大型船右舷に喰らい付かせて並走する。上から賊たちが罵声を浴びせていた。見上げるモモ。
 船首の後方、甲板前部にも炎が上がり吹く。新たな煙と火の粉が船尾の舵取り場へ流れてくる。サルがそのモモのところへやってきて訊いた。
「沈むけどどおする」
「舵代わってくれ」
「どおするの」
「向こうに乗り移るから」
「こっち沈みますからねえ」
「向こうも沈めてやる」
「えええ沈めちゃうのおお」
 モモは煙と火の粉をくぐって前方へと進んでいった。舵取り場へ絶え間なく流れてくる煙と火の粉に涙目のサルは目を細める。しゃがんで舵を左舷にきり続けた。
 白煙と火の粉の向うにモモが帆柱を登っていくのが見える。

☆289

 帆柱を抱きしめるように足も絡めてモモが登る。準小型船の賊たちもそれを見てわめいていた。帆柱のてっぺんで帆げたをまたいで座る。準大型船を見下ろす高さ。賊たちはあいかわらず帆先のモモを罵倒している。弓矢を用意しているらしい。
 モモは腰の袋から残りの枡を取り出し火をつける。またいだままの姿勢で向いの甲板へ投げた。枡は向かいにうまく落ちた。転がる。誰も逃げない。賊の何人かは何かと寄って見て―枡爆発―!
 そばの何人かが甲板にうずくまるようにして動かない。動かないそこから血がにじみはじめる。ほかの賊たちがモモを見やった。
 モモはまた投げた。弓を引こうとする賊のそばに落ち転がる。弓引きは逃げ―枡爆発―!
弓引きは前のめりに倒れ動かない。
 賊の一人が弓引きの弓を奪ってこちらへ構えた。撃ってきた。当たらず。再度撃ってきた。かすらず。連射しはじめる。危っないや―。
 モモは立ち上がり左右の重心をとりながら帆げたを渡る渡る、渡り渡る渉る、渡り飛んだ。あっと届かない。伸ばした片足が船縁の柵にぶつかる。逆さまになりそのまま船と船の間に吸い込まれた。落ちた水音、後方へと過ぎゆく。
「あららあ落ちたかおいい」
振り向くサル、モモの頭が後方へとゆらめき流れ遠ざかる。
 ここで小型船にはサル一人となった。
 左舷上方から賊たちの冷やかしの笑い声が聞こえる。舵を取るサルと言い合った。
「こらてめえ!人の船に何てことすんだ畜生が!馬鹿野郎!アホ畜生!」
「おい賊!賊野郎!賊!こっち来いよ賊!来てみろ!賊おらあ!来いよこら!」
「船返せ馬鹿!返せよ馬鹿たれ!馬鹿畜生!船返せアホ!」
「こっち来い!斬ってやっから来いよ!賊!来いよおら賊!斬ってやっから来い!」