まだ新米の、デビューして間もない僕は、次の作品作りに頭を悩ませていた。

「前回を上回る面白さでね!」

 笑顔の担当者の何気ない一言が、僕を追い詰めていた。


「モーニングを一つ!」

 場所柄、競馬新聞を眺めているおじさんが目に付く。結局、ほとんど寝付けないままに朝を迎えて、僕はこの店に足を運んでいた。

「お疲れね」

「ああ、リンちゃん!」

「ハイ、コーヒー」

 テーブルに置かれたコーヒーカップに僕が視線を落とす。そして見上げて、リンの横顔を盗み見た。

「ハ~イ!」

 カウンターの向こうにはマスターがいて、フライパンを振っているのが見えた。リンは彼の方へと歩き出して、

「ゆっくりしてね!」

 もう一度、いつもの笑顔で囁いてくれた。


 リンに恋人がいるのか。それともいないのか。僕は気になっているのに聞くことができなかった。店で会える店員と時々モーニングを食べに来る客。今の僕たちの関係は、その一言で尽きた。

 リンの顔立ちに惚れたのだろうか。均整のとれたスタイルなのか。本当のことは良くわからなかった。

 でも僕は確かにこの店に来たいと思っていたし、この席からリンの姿をぼんやりと眺めているだけでもなんだか不思議と幸せになれるのだった。

「お待ちどうさま」

 再び、リンがトーストとサラダを運んできた。

 僕は腕組みをしてぼんやりとしながら、作品の構想を練っていた。

「今日は、G1レースだもんね」

「あ、ああ、そうだね……」

 僕は、苦笑いを浮かべていた。

 リンにとって、僕という存在は一人の客に過ぎなかった。実際、リンは他の客にも何か話しかけているようにみえたし、つまりその……リンにとって、僕はそんな存在に過ぎなかったということだ。


 だから僕がリンを映画に誘うまで三月も必要だった。すっかり季節も冬から春へと移ろいでいた。

「映画って久しぶり」

「そう、良かった」

 その日は暖かな一日で、僕はエプロンをしていないリンに少し緊張していた。

「大人二枚!」

 映画館のチケット売り場で僕が言う。リンは両手を後に組んで、心なしか左右に体を揺すっていた。

 桜色のシャツが良く似合っていて、僕は笑顔でチケットの一枚を差し出した。

「この映画でよかったかな?」

「何でもいいの。ホラーは苦手だけど」

 まだ会場入りまでには少しだけ時間がある。

 目の前のソファーに座ろうかと僕が提案した。

「ねぇ、大城くんは、どんな仕事をしているの?」

「……」

 微笑むしかなかった。

 僕という人間の何も知らないリンの為に、僕は駆け足で自分のことを話し始めた。

 リンは時々笑ってくれた。そして、悲しそうな表情にもなった。そんなリンを見ているだけで、自然と言葉があふれ出してきた。

 僕という人間を語り終えようとした頃、会場入りを告げる案内が聞こえてきた。

「そんな風に見えないね」

「え?」

「もっとのんびり生きてきた人だと思った」

「のんびり?」

 僕がもう一度問い直すと、リンはいつもみたいに微笑んで、僕の腕を引張った。

「早く席とりしないと」

「大丈夫だよ!」

 つないだ手がとても優しかった。

 リンの半生をまだ何も知らなかったから、僕は素直にそう思った。リンと出会った理由。僕たちはめぐり合うべきして出会い、そしてこれからしばらくの時間を一緒に寄り添い生きていくこととなった。

3月末をもちまして、ピグならびにライフでの活動を無期限で休止することにしました。

なお、ブログの方は細々とではありますが継続することにしました。


ピグならびにライフで出会えた皆さん。これからもお元気で。

本当に長い間、ありがとうございました。


                                           わんこ