ヒトミを連れて外で夕飯を済ませてホテルに帰って来ると、急にコウヘイが苦しそうな咳を断続的に繰り返した。
 心配そうなヒトミも身体を丸めて咳こむコウヘイの背中を優しく摩った。
「大丈夫? まだ苦しい?」
 涙目で咳込むコウヘイを見て、ヒトミも心細くなってしまった。
 コウヘイは思うのだった。
 この苦しみを神崎サキや阿久津ミナも味わったのだろうかと。
「ゴメン。まだ僕は、死ぬわけにはいかないんだ」
 コウヘイは強く心の中で念じ続けた。
 心配顔したヒトミが見えた。コウヘイは彼女の手を握り、発作的な咳が収まるのを待った。

 この数日間、キャンピングカーのベッドで眠った。
 思っていた以上に快適だったから、ホテルのベッドと違いはないように思っていた。
 コウヘイは、隣で眠るヒトミの寝息に気が付いた。
「ヒトミも疲れているんだな」
 妻が背中を押してくれなかったら、コウヘイは浅岡を訪ねることはなかった。
 目を閉じたコウヘイは、夕方には浅岡の牧場に着くだろうと考えていた。

「おはよう」
「ああ、よく寝たよ」
「フフフ」
 着替えも済ませたヒトミが、笑いながら自分の頭を触って寝ぼけ顔したコウヘイを見た。
「寝癖がついているか?」
 コウヘイも後頭部の辺りを触った。指に髪が触れた。コウヘイはヒトミに微笑むと、「シャワーを浴びて来る」と伝えた。
「着替え、用意するね」
 微笑んだままのヒトミが答えた。
 シャワーは、キャンピングカーにも備えてある。しかしながら、やはりそれはどこか簡易的で、汗をさっと流すに過ぎなかった。
 コウヘイは、熱めにしたシャワーに打たれた。頭から浴びた湯が肩に当たり、身体を伝い撥ねて床へと落ちた。
 コウヘイは、排水に集まり流れて行く湯を見つめた。
 まるでそれは遡ることが出来ない過去を思わせた。
「ヒトミは、浴びないのか?」
「もう浴びたの。着替えたら、朝食にしましょう」
 ヒトミの提案にコウヘイは快諾して、肩に掛けたバスタオルをもう一度頭から被り、両手を使って髪を拭いた。