中国から日本に帰化した彼女と付き合って、いくつか強く考えさせられることがあった。
彼女は4歳のときに両親とともに日本に渡り、その後、日本国籍を取得した。日本名を持ち、日本の大学を卒業し、日本社会の中で社会人として生活してきた。書類上、制度上は「日本人」として長く生きてきたと言える。
しかし、実際に近くで生活を共にして感じたのは、国籍や名前とは別に、本人や家族の意識は一貫して「中国人」であるということだった。
家族内で使われる言語はすべて中国語。家族が集まるときの食事は中華料理が中心で、日本的な家庭文化はほとんど介在しない。本人の自己認識も「日本人になった」というより、「外国人として日本で暮らしている中国人」という感覚に近いように見えた。
結婚相手についても、基本的には同じ中国系の相手を前提として考える価値観が強く、日本人との結婚はあくまで例外的なものとして扱われている印象を受けた。生活の拠点は日本にあっても、精神的な帰属先は中国にある、という感覚だ。
特に印象的だったのは、家族観や人間関係の考え方の違いだった。
日本的な「家族の情」「無条件の結びつき」とは異なり、非常に合理的で個人主義的な側面が強い。家族の絆も、感情より利便性や実利を優先して使われる場面が多く、日本で育った人間には理解しづらいと感じる価値観が存在していた。
もちろん、これは良い・悪いの問題ではない。
ただ、国籍や言語、生活環境だけでは測れない「文化的アイデンティティ」は、想像以上に深く、人の判断や行動の根底に影響を与えるものだと実感した。
日本に帰化しているから日本人、日本で生まれ育ったから同じ価値観、という単純な話ではない。
付き合うという行為は、その人個人だけでなく、背後にある文化、家族、歴史と向き合うことでもあるのだと、改めて感じさせられた。