フィレンツェ、ポンテ・ヴェッキオ | 渋谷・代官山ピラティス&マスターストレッチスタジオ arancia (アランチャ)

フィレンツェ、ポンテ・ヴェッキオ

中目黒ピラティス&マスターストレッチスタジオ arancia (アランチャ)-手前角の建物にスタジオが入ってます

手前の建物内のスタジオがあります。


毎年スタッフ研修でお世話になっているピノさんのスタジオはフィレンツェの中心地にあります。

フィレンツェは中世の都市国家でした。東京でいえば渋谷ほどの規模でしょうか。

スタジオから徒歩10分圏内にフィレンツェを代表する教会、花の聖母寺ドゥオモや

ルネッサンス期の名画の数々を展示するウフィッツィ美術館などの観光名所が揃ってます。

東京から向かうとフィレンツェはとてもコンパクトな街に感じます。

どこを都市の端とするのか?境界とするのか?

中世の都市は市塀をめぐらせていて、今でも都市の内と外を結んだ門が重々しく残っています。

その門を頼りに最北のサン・ガッロ門から最南のローマ門まで早足に歩いてみましたが40分ほどでした。

ローマ門と呼ばれる門は、市壁をめぐらせた時代をもつ都市ならば何処にでもあります。

なにしろ、すべての道はローマへ通ず、であったから。

中目黒ピラティス&マスターストレッチスタジオ arancia (アランチャ)-サン・フレディアーノ門

フィレンツェ北西に位置する、サン・フレディアーノ門

フィレンツェの南には東西にアルノ川がゆったりと流れています。

街を二分するように流れる北側に中心地が、南側にフィレンツェを治めたメディチ家の私邸があります。

アルノ川にかかる橋のなかで、メディチ家と中心地を結ぶのがポンテ・ヴェッキオ。

橋はちょうど車2台が往来できる幅があり、両端には金銀の貴金属店が軒を連ねています。

そこから名付けたのかポンテ・ヴェッキオというアクセサリーブランドもありますね。

この橋はぼーっと歩いていると橋の上であることを忘れてしまいます。

軒を連ねた貴金属店の上には、橋とは別に北と南を結ぶ回廊(渡り廊下)があります。

メディチ家の人々は私邸からこの回廊を通り、街の中心地、公邸に通ったのでしょう。

中目黒ピラティス&マスターストレッチスタジオ arancia (アランチャ)-ポンテ・ヴェッキオ、両側に店が軒を連ねる

ポンテ・ヴェッキオ。両側には店が軒を連ねる。

現在では貴金属店ですが、橋が造られて200年の間は肉屋が使っていたそうです。

当時店頭で売る肉は、それが何の肉であるか分からないように細かく切って売っていなかったはずで、

スーパーで売られているように細かく部位毎に切り分けてご丁寧に表示などなかったのでは、

切り分けてしまっては日持ちもしなかったのではないか。。。

注文が入れば必要な分だけその場で切り出す。必要があれば鶏の羽を剥いだり、解体して提供していたと思います。

不要なゴミは、背後の川に投げ捨てて平気、

今のようにゴミの処理施設がなかった当時、死体や生ものを捨てるのに川が都合が良かったのかもしれません。

このようなポンテ・ヴェッキオでは外聞が悪いと感じたのか、息女をフランス王に嫁がせるようになった

大公メディチにとっては、渡り廊下の下に展開させる光景が肉屋では、具合が悪かったのかもしれません。

肉屋は移転を強いられ、その後に、貴金属店が移ってきて、そのまま、現在に至っているのでしょう。


橋の中央部だけ空間を残していて、人々が眺望を楽しめるようになっていて、観光客や恋人たちが

川をバックに写真を撮っている。

川の流れが穏やかで、日々の慌ただしさを忘れてしばしのんびりできます。

中世のフィレンツェ人はアルノ川の上流と下流の二ヶ所でせき止め、流れを、ゆったりとおだやかなものに変えたそうです。

洪水の怖れから、渇水期の対策のためであったかもしれませんが、おだやかな川の流れは言葉では表現尽くせないような安らぎを与えてくれます。

両岸の家々や橋が川面に映る景色がまた美しい。


梅浦

中目黒ピラティス&マスターストレッチスタジオ arancia (アランチャ)-夜のポンテ・ヴェッキオ

夜のポンテ・ヴェッキオを向かいの橋から望む