今、社会を騒がせている、いわゆる「偽ベートーベン」の事件。とてもびっくりさせられましたし、考えさせられました。

ゴーストライターの作曲だったのに18年間も誰も気づかなかったというのも驚きですし、アマチュアで耳に障害のある方が作る曲と、本格的に音楽を勉強して理論にも演奏にも長けた百戦錬磨の方が作る曲を、音楽の専門家ですら見分けられなかったということも驚きでした。

そして、私が何より考えさせられたのは、作曲者に関する大げさなストーリーをくっつけたことで、多くの人が涙を流すほどに感動したということです。

先入観というものが、いかに感情を左右するかということです。

さて、チアリーディングに話をもどします。

私がチアを観せてもらうとき、まずは、ランキングで強さを確認し、そして、そのチームについての自分の思い出をたぐりよせ、前回の大会が歓喜の中で終わったのか悔しさいっぱいで終わってしまったのかとか、いろいろなことを最大限思い出して、そして観戦させてもらっています。

つまり、先入観満載で拝見しているわけです。

そうした中で今回の事件があり、ふと思ったのです。

今度の高校選手権。そのような先入観を可能なかぎり振り払って、純粋に演技だけを楽しませてもらおうかと。

チーム名もできるだけ意識しないで、透明な心で演技を拝見してみようかと。

そうした中で得られる感動は、今とは違ったものになるのか否か。

そう思ったものの、そのような観戦は絶対に無理とすぐに気づきます。

なぜなら、チアリーディングの場合、先輩の代から何年にもわたって、選手の方々は全く同じユニフォームを着用されて演技します。

これを観て、過去のことを思い出さずに観戦できるはずがありません。

ちなみに、芸術性をも競うような採点種目の中で、衣装が固定であるものは珍しいと思います。つまり、これはチアリーディング特有の状況だと思うのです。

例えば、ダンス競技などでは、演目にあわせて衣装を変えていきます。

私がチアと似ていると思っているフィギュアスケートも、しょっちゅう衣装を変えますよね。シンクロナイズド・スイミングなどもそうです。水着は固定ではありません。

これらに対し、チアでは何年も同じユニフォームを着用します。選手が入れ替わってもユニフォームは同じです。観客は、必然的に、素晴らしかった先輩選手たちのことをイメージし、そのイメージと重ねながら今の選手たちを見ることになります。

全く新しく生まれ変わったような表現ができないという欠点はありますが、先輩選手たちが作ってくれた歴史を背負い、そして、過去の先輩選手たちに後押しされて演技するというのは、大変素晴らしいことだと思います。

青マットの上には16人の選手だけでなく、過去から累々と続く選手の方々がいらっしゃいます。

これらの選手の方々に思いをはせるということは、そう、良い意味での先入観ですよね。

そう考えるに至り、やはり今度の高校選手権も、過去から未来に続く時間軸を意識してチアリーディング競技を楽しませてもらおうと、そう決めました。

さて、最後にちょっとした思考実験を。

もし、個性の違う2つのチームが衣装を交換して演技したら、観客の目にはどのように映るのでしょうか?

例えば、箕面自由と梅花高校。

あるいは、千葉明徳と目白研心。

箕面自由のユニフォームを着た梅花高校の選手の演技は、ベアーズっぽくみえるのか、それともあくまでもレイダースっぽいのか。

目白研心のユニフォームを着た千葉明徳の選手の演技は、POLARISっぽく映るのか、それともやはりHOPPERSらしさが強く出るのか。

どうなんでしょうね。一度は観てみたいものです。