空気


空気の研究と言う本を鈴木さんと言う方が書かれています。

京都大学の経営管理大学院の収支卒業されて、

その後コンサルティングに携わり独立をされたとビジネス戦略コンサルタントと肩書ですね。


直接面識は無いんですが、

ユニークな本を書かれてるなぁと

手に取ったのがこの本でした。


その本によると、



あの時あぁせざる得なかった。


と言う空気

それが日本を突入させていく。


空気


について書かれているんですね


正当性の根拠が空気になる場合がある

、日本社会の空気の存在感



空気そのものは、社会の世論の反応だったりするのでしょうが

しかし、こうした空気を読む

ときに、空気が合理性を吹き飛ばし

非合理な判断に導く

事情的判断というものが優先されることが生まれてくる


さて

空気と言うものは何からできてるんでしょうか?


こうした空気の扱いが、時に非常に上手な方がいますね、

1つのスキルでもあるのかもしれません。

空気を作るために、ボスのような人が、空気につながる情報を流す、

それが全体のコミュニティーが読み込み、

方向性を作り出していく。


それが使われ方によっては、誰を阻害するのか、誰が弾かれるのか、何を選択するのか、を、そうしたゴシップの中に、もしくは情報の中に、場合によっては仕草の中に含めた情報によって発信している。





時にそれが集団になる時、

いじめの構造を持つことがある。

多数派と少数派

集団と個人


報道やニュースでも、それが時にエスカレーションしたときに、事件と言う形で表面化している、

なぜそうしたことが起こるのか、

それが日本のコミニケーションの中の1部として取り入れられている、スキルのようなものでもある、

しかしエスカレーションしすぎすぎた時

使い方が過激になったときに、

著しく誰かの人権や尊厳を阻害することがある。


時に集団阻害

時にいじめ。

いじめられるのが嫌だ。

阻害されるのは辛い。

社会の理解がない。


そうしたものも、社会の空気によって、育英にも行く方にも多数派と少数派

多数派と少数派。

多数派と少数派


今どちらの側にいるのか、どこにいるのか、よる違いによって、

状況が変わってくるのかもしれません。


だから、この空気を読む作業

というものが重んじられる、


 そのためにこうした空気情報利用する、利用されているなぁって思う事は、こうした空気情報により動くことがあるコミュニティーでは、どんな空気情報を出すか、という事は重要であるのかもしれません。




こう考えることができるかもしれません

、空気を見てみる。

空気の観察ですね。



こうした社会では、空気が読みにくい方

抽象度が高いこうした情報をキャッチしにくい方は、生きづらさが生じるかもしれません


空気


空気を読む人がいて

空気を作る人がいて

全体がそう空気の道ができる、空気のエリアができる、

その空気の道を歩いていくことをよしとする風潮も生まれる、


それをよしとする方もいれば、

行きづらいと感じる方もいる。


そうした空気に沿って生きるのも人生かもしれません、

どうでしょうか


空気を知って、

特段空気に抗うでもなく

選択的に、行くルート、自分で決める、

空気は空気であるものだと、

それを自分の人生でどういう風に取り入れ、どういう風に関わっていくか、




1つ考えておく事は、

それがやっぱりネガティブなこととして使われていく場合ですよね、

まぁそれを利用するって言うこともできなくないかもしれません、

それが時に国家レベルで考えたときに、

弾圧のようなものを作り出したりと言うことも歴史の中では見られることがある、


そうせざるえない空気があった



時に、空気は、現実の本当の姿を隠してしまう、見えにくくしてしまうことがあると、本の中に書いてあるんですね、

空気から自由になるときに、他の可能性や選択なんかも検討できる余地が生まれてくる、可能性が広がる場合もあるわけですね、


だから、集団やコミュニティーの思考の方向性を決めていく。そういうデザインをしていく情報にも空気ということがあり得る場合がある。


ちょっとその空気に従うと言う事と反対側にある事は何だろうと、反対側と言わなくても、空気うまく付き合っていくために、有効な事はなんだろうと、思ったときに、


考える。

考えてみる。

あえてみる



空気を丸呑みして、前提として、違う可能性を考えにくなる空気、に対して


ちょっとワンクッション、

合理性や現実で何かなぁと

ファットが何かなぁと


そんなことで、もしかしたら空気によって隠れてしまった現実が姿を表すかもしれませんね。


それが何のためなのか、


時に事実から距離ができていくと、現実離れしていくわけですよね



今の日本の社会はどうでしょうか、

日本の社会の中だけだったらいいかもしれません。

賃金も上がっていない。

世界と日本はつながっていますから、世界の状況と乖離していくと、その影響によって日本の実質的な賃金は下がっていきますね。

どういう風に考えようが思うが、世界はつながっています


日本の中の空気情報だけでやれると言う状況でもなくなってきてしまっているんですね。

なので、大きくは海岸も含めたこの地球の空気と言うものを取り入れていく。


空気に含まれた価値観なんかもそうかもしれませんし、長く挙げられてこなかった賃金がなぜそうなってきたのか、

こうしたことを考えたり、こうしたことについて話したり、意見をすること自体、日本では語りにくい空気が発生しやすい、

労働組合の活動も日本では弱体化していきました、

大事なことですが、語ることにタブーが生まれやすい空気、故に、全体が同じ方向向いて、合っていても、誤っていても、そうした空気に沿ったルート突き進んでしまうような風潮さえ生まれる。


空気的判断の基準に沿った道、


それが一体何なのか、そんなことを考えたときに、ふと思い出されるのが女王蜂と蜂の関係ですね。まぁこれはありでもいいんですけども。

本能的に、そうした行動を取ることができる生き物、昆虫についてあまり詳しくないんですけど、でも、そうした全体の方向性に沿って動くことができると言う能力が生き物にはありますよね

しかし、人には意思があり、自分で行動選択することができますね。

これからは、そこにも価値が出てくるんじゃないかなぁと、個人的には思うことがありまして、

俯瞰してみたときのオリジナリティー

考え全体的に空気情報の中で同じ方向に向かっていくときに解決しがたいこと、に対して改善策を言葉にし、そして改善策に至っていく、


問題や課題、複雑なことを改善していく力ですね。

これは同調していく中では、なかなか見出しにくいところの力や能力でもあるのかもしれません、

と批判的にも見る力、単に批判だけだと生産性がなくなってくることにもなりかねませんので、代わりの案、アイディアなどもですね。出していく、そんなクリエイティビティ

クリエイティブというものが生まれてくる前提として空気の理解、

そうした空気情報が大事でもある日本社会の中で、次、ネクストですね。

そこで止まってしまうと、もしかしたら日本は世界の空気から置いていかれてしまう、

少し前に言われていた。ガラパゴス化が進展してしまうのかもしれません。