彼を
初めて見た時

貴女には 以前話しましたっけね



いい目をして居るな って

本当に 其れが第一印象で



律の一人息子だから
初めはもっとこう …

言葉悪く言うと
乳臭い甘ちゃん を想像していたのですが



でも
ほら

此処の写真に写っている
このひとが彼の伯父の 春
いい男でね



彼はきっと
此れから

どんどん 春みたいに成るのではないのかな

考えてみたら
律と春は とっても面立ちが似ていて

髪の色も
八重が一番黒いくらいだ



まあ
普通に考えたら

伯父に似る と云うのはよく有る話だ
不自然でも 何でも無い



ロウは
彼を見て

春を 想像したのでは無いのかな



疑惑は
勝手に膨れ上がって

彼女は 弁解の言葉すら持たなくて



日本人は 怒るのが下手だ
僕は 其処が好きだけれど
…貴女みたいに

律も 違うと
大声で主張はしなかった



いや

出来なかったのかな
うん

でも
今見ると 本当に



似ているよね








貴方は

貸金庫に 何枚かの写真と
此の時に 使ったカメラも入れていて

紙焼きの有る分は わたしに見せてくれました



貴方は 春 と呼ぶ
少年の 伯父さんは

わたしの印象では 少年を少し「女性っぽく」したような
線は細くても 妙に色気の有る佇まいで



ニューヨークの 音楽大学からの留学帰り
八重子さんが言う通り 「遊び人」の雰囲気は有るけれど

もっと
グラマラスなイメージを想像していたのだけれど
きっと



当時の貴方よりも
今の 少年よりも
身体は 小さい人だったのかも識れません



貴方曰く
春さん  と云う人は

赤い くちゃくちゃの髪に
ピアスをし

神経質そうに ぼそぼそと小声で話し
昼間から 酒を煽り
人を見下すような 冷めた目で

着る物は何時も甚平か 
酷いときは下着だけの

あの島には不相応な 不遜で怠惰な雰囲気のひとだったけれど



ひとたび
ピアノの前に 座ると



其の音は
澄んで 伸びやかで

呑み込まれそうに成る





確かに



このひとは彼女の兄だ   と

そう
思ったのだと




貴方は
春さんに向かって
お見事ですね  そう言ったら

彼は
懐く少年を 膝の上に導いて
くすくすと笑って



イギリスから来たんだろ
Bravoって あっちの人は言うじゃない
噫でも 何だか君
此の暑いのに スーツなんか着て

音楽とか 聞かなさそうだものねえ ?  と



流暢な英語で 貴方を小馬鹿にしたそうで

貴方は
むっとして



そうですね
僕は音楽は聞きませんが

あなたのシャツの穴が気になって
其方に夢中だったもので

此の家の空気を 震わせるくらいの
見事な演奏を聞き逃して 大変残念ですよ   と



日本語で 言い返したら
春さんは 目をまあるくして




此のシャツ 穴開いてた?
どこどこ  と

やがて
膝の上の小さい少年が
はるにい あなっぽ  と
嬉しそうに 笑ったのだと



へえ 君
日本語上手だね  と

春さんも やがて笑い出して



貴方は
春さんの事が とても好きに成った



樹 か
律は 何も言わなかった?

あいつ
前居た樹の事 だいっきらいだったのにね



噫でも
君の事は きっと好感を持ったから
樹になって欲しい って事なのだろうな

律が
君を樹と云うのなら
此の家の者に 其れを反対する権利は無いのさ



ようこそ
俺と律の家へ

この子が律の息子
そっくりだろ



初めは 人見知りが酷かったけれど
今じゃどうだ
すっかり 此の島にも馴染んで



来週
東京へ 仕事で行くから
君もおいで


君の客人くらいは 泊まれるから大丈夫



君は
その年で もう仕事をしているんだね
凄いなあ

日本なら未だ高校生じゃないか
君は下の妹と 歳が近いんだね
彼女はもう 嫁に行って仕舞ったが



やっぱり
背負う物が有ると



自由にならないのは 何処も同じなのかな …




貴方は
春さんが導く侭

今も有る 東京の家にも行って



春さんは
其処で何時も 少年にピアノを弾かせたそうです



島で弾かせると
頭の古いじーさん連中が
男がピアノなんて とか言うからさ

こう云うのは俺だけで
此の子には あんまりそう云うのを気にさせたく無いからね



アメリカにも
家を買ったんだ
此の子もいずれ 連れて行くよ
男は広い世界を見なくっちゃあ



律の子供だもの
才能が 無い訳が無い

此の子は 俺が聞かせるファンクが大のお気に入りなんだ



此の子は
自由に

せめて



かーちゃんが居ない分を 俺が埋めてやりたいな …




春さんは
貴方が日本を訪れる度

此れからの教育方針を 色々と相談をして
貴方は其れを 家で待つ律子さんに伝え



でも
その度に 律子さんは

とても嬉しそうに 時には涙ぐむ事も有ったのだと



或る時
東京の家で

少年が 何かの拍子に怪我をして
ぐずっているのに 春さんの姿が見えなくて
貴方が探すと

春さんは
今 わたしが使っているあの部屋で



多分
当時 彼は

「グラス」をやっていたのではないのかな  と



春さんは
「煙草」を手に

ぼうっと 天井を見乍ら



ひとり

涙を
零していたのだと



貴方はそんな風に 話しました