暫く
間が開いて仕舞って

正直 何から書いていいのか 
分らない程に
色々な想いが有ります




谷崎さんとの事を書いた時に
「言葉のノート」なるものをこっそり書いて居る と書きましたが

此のノート
本当に取り留めも無く書いているし
日付も無いし
唯 書いてある「順番」が 唯一の手掛かりで

でも
不思議なもので



誰が言った とも書いては居ないのですが
後で見返すと
不思議と 分るものなのです



此のノートは
わたしの



確かに吸って取り入れた

「空気」の 記憶



そんな感じ なのかも識れません




先月
すみちゃんの法要の後

一緒に過ごした 少年の実家のある広島と
偶然用事が重なって 初めて訪れた岡山

帰りの飛行機
羽田でのお買い物

そして
此の小さな多摩川の家

駅前と
河迄の
とっても狭い場所で



貴方と云う人は
ひたすらに

でも 穏やかに



自分 を 

考えています




何から書いたらいいのかな
書こうと思えば 此のノートを順に辿ればいいのだけれど

別に
必要も無い位
わたしたちにとっては 何も無い日常



そう
本当は 此れが普通なのだ

此れこそが 本当に欲しかったものなのだ
だけど



此の日々には 「終わり」が有る




終わりが見えている事は
普通とは ふつー言わないんだと思う

此れは
日常 って云うイベントなんだね  と

今日
お仕事の途中に 思いつきで言ってみたら
貴方は



厭ですか  と




厭も何も
終わりは貴方が決めるのですよ  と

そう言ってみたら

うーん
それを言われたら立つ瀬が無いな



でも

僕は「愉しんでいますよ」   と




そう 言いました





夜半過ぎ迄

貴方は台所で 
何やら作業をするように成った
多分

「此の後」の事の準備を 少しずつ始めたのだろう



煙草が吸えるように
何時も換気扇を回し

ワインか ウィスキーの入ったグラスを傍らに置いて



時折 此の部屋に来て 
わたしの頭を撫でてくれて

その度に
この部屋の窓の外を ぼうっと眺めて居る



わたしには
未だ

見た事の無い 貴方と云う人がいっぱいあって



今も


こうやって
眺めて居るだけなのです



また
改めて書きますが

貴方に昨日 少年のお母様からの手紙を読んであげました



その時に
少し話した事

もし今も
彼女が生きていたなら



きっと
あの頃よりもっと

愛したと思う
どんな形に成るのかは 今と成っては解らないけれど  と



でも
貴女もそうでしょう ?

何も
思う事が無いのなら

あのひとのお母様のお世話迄 此処迄する事は無い筈  と



わたしは

少年のお母様が
考えていた通りのひとだったような気がしたのが
不思議とほっとして



そして
改めて 思ったのでした

わたしには きっと




貴方と云う人を 受け入れる事が出来る





台所から
微かに 声がします
電話中なのだな

そろそろ
お風呂に入りたいな
わたしには未だ 明日の準備も有るし

もう少ししたら
声を掛けようと思います



今日は一旦

此の言葉のノートに 栞を挟んで




また
少しずつ書いていこうと思います




今後とも 宜しくお願いいたします