此処に
一枚の葉書が有って
此の年に
谷崎さんに頂いた 年賀状です
普通の お仕事用の
ビジネスライクな印刷の年賀状ですが
手書きで一言 メッセージが添えられていて
「君の智慧を 大切にしてね」
と
智慧 と云う言葉を
此の漢字で書いたのは
此処から来ています
ひょっとしたら
他の方にも
同じような言葉を 葉書に添えておられたのかも識れないし
普段からよく使う言葉 だったのかも識れません
でも
わたしは 此の言葉を
おじさんからの
唯一の 遺言として
今でも大切に 心に留めています
智慧(知恵) と云う言葉は
辞書に依ると
>知恵:
物事の道理を判断し処理していく心の働き
物事の筋道を立て、計画し、正しく処理していく能力
>智慧:(仏教用語)
相対世界に向かう働きの智と、悟りを導く精神作用の慧
物事をありのままに把握し、真理を見極める認識力
と云う
漢字に依って 二つの意味が有りますが
わたしにとっては
どちらも互いに作用する
欠かせない要素だと
そう思っています
何が 智慧で
何が そうではないのか
其の事を
この中で書くのは
少し趣旨から外れる気がするので
此処では言及を避けますが
何を
此の言葉に谷崎さんが込めたのかを
わたしは 理解しなくてはいけないのだ と
其れが
この人への
わたしの想いの証 だと
ずっと
此れからも
そう思っていきます
始めに
此の事を書いたのは
この後の事が
余りに辛いので
少し時系軸を変えよう そう思って
谷崎さんが亡くなったのは
此の年の 3月の終わりでした
季節外れの
大雪が降って
咲いた桜に 雪が積もった日
わたしが
偶然に見掛けた
新聞記事に成った 其の時
谷崎さんは 未だ辛うじて息が有ったとの事ですが
わたしは
其の事すら 知る由もなく
亡くなったのを聞いたのは 警察に任意で連行された後でした
何故
わたしだったのかは
以前の記事にも書きましたが
最期の日
事件が起こったと思われる時間の直ぐ前に
谷崎さんの携帯を鳴らしたのが わたしだった事
そして
事件に遭う前
谷崎さんがわたしの部屋を 訪れていたのを
見た人が 沢山居た事
谷崎さんと ご家族を
亡き者にした凶器の包丁は
現場の玄関ドア前に 捨ててあって
幾つかの可能性を 考えています と
そう刑事さんは 仰っていました
わたしが
不倫のもつれの末に この人を追いかけた可能性と
第三者の 可能性
もうひとつは
谷崎さんと 奥様の
無理心中である と
何日も経たない内に
わたしの知らなかった話が 次々と出て来て
現場に成った マンションは
自宅では無く 貸家で
谷崎さんの自宅のリフォームは済んでいたけれど
奥様のお母様の 介護の都合が付かず
引っ越しが 遅れていた事
娘さんは ほぼ即死状態
谷崎さんと奥様は 失血死で
谷崎さんの手に 刃物を握ったと思われる
外傷が多数有って
無理心中の場合 「刺し合った」事も考えられる事
谷崎さんは
其の前の年の秋頃に
弁護士を立てて
協議離婚の申し立ての 準備をしていた事
でも
戸口の前では 状況的に心中は不自然で
此の場合は
家族が出て来るのを待ち伏せて
襲撃したのではないか
と
わたしは
谷崎さんの自宅の住所は知っていますが
そのマンションの事は 駅すらも知りません
離婚の事も
此の時
初めて 知りました
あなたの事が
好きだ と
そう言った 覚えは無かった
だけど
あの日
確かに
伝わっていた のではないか
だから
こんな事に
成って仕舞ったのだろうか と
何日も
何日も
一睡も出来ない日が続いて
刑事事件と云うものは
何処かしらから 漏れて
100カ所を超える刺傷の
一家惨殺 と云う痛ましい事件は
一家の主の
女子大生との不倫のもつれ と云う
たちまち
世間の興味をそそる 話題と成って
目に線を入れられても
写真が載ったら 知って居る人には誰だか分るし
古いアパートの前や
駅には
何時も
誰かが 居るように成って
電話は何時も 突然鳴って
呼び鈴も
電気も
ガスメーターも
何もかも
逃げなければ いけない
そう
思いました
わたしは
簡単な荷物と
ノートパソコンだけを持って
谷崎さんの真似をして
服を Y君にチェーンのクリーニング屋さんに預けてもらい
夜逃げのように 部屋を出て
警察の方に
お願いをして 暫くの間
家に帰らない 生活を送りました
わたしには
唯の「愛人」の わたしには
おじさんを
弔う事も 出来ないし
涙を
ひとに見せる事すら 出来ない
また
高校のときと 同じか
と
始めは
少しくさくさした気分で 済んでいたけれど
時間が経つにつれ
飲み物すら 受け付けなくなって
脱水症状を 初めて体験し
でも
病院には今は行けないと
外に出るのに 何日も掛かって
担当の刑事さんには
居場所を 伝えなくてはならないので
お願いだから
人には言わないで下さい
わたしは大丈夫です 死んだりしません と
声だけは
平常を装わないと と
指を噛み切り乍ら 電話した事
時折
携帯の電源を入れると
山のような 知らない番号の不在着信と
留守番電話で
実家の父と母が
帰っておいでって言っている と云う事も
刑事さんから 聞きましたが
いえ
わたしには もう
帰る所は 有りませんから と
その時は
そう言うのが
精一杯 でした
空手の道場の師範には
本当に 心配と迷惑を掛けて
此処にも
無神経な取材の依頼が
どんどん舞い込んで
大学にも
谷崎さんの会社にも
連絡が 行ったけれど
ホテルで
動けなくなった わたしに
食べ物を差し入れて下さったのは
何時か
競馬場で ご一緒した
その後も一緒にお仕事をした ご夫婦でした
警察に
谷崎さんのお母様が 見えていて
何処で
わたしの事を知ったのか
会った瞬間
殴り掛かられて
場がパニックに成り乍らも
その 弱い拳の力に
噫 此れが
慟哭か と
そう
冷静に 感じている自分が居て
関東近県の 観光地の
小さな鉄板焼き屋さんが
谷崎さんの ご実家で
ご両親は
谷崎さんが若い頃に 離婚をされていて
お母様が
女手一つで育てた
自慢の一人息子 だったのだと
谷崎さんは 就職してからずっと
お母様に 仕送りを欠かさなかった事
お店も そろそろ直したいねえ と
ずっと 谷崎さんが言っていた事
あの
谷崎さんは
愛されたひと だったんでしょう?
愛さない人が
愛されるなんて おかしい
あんなに
あんなに
写真を眺めて
奥様の手配も いっぱいやって
確かに 疲れておられたかも識れないけれど
可愛い人だ
美人で優秀な奥さんだって
自分が悪いんだって
離婚なんて
結婚なんて
わたしは頼んだ事は 一度だって無いし
娘さんの事も
僕の顔なんて もう忘れちゃったんじゃないかって
僕が家に帰ると泣くんだって
悲しいね って
あんなに
あのおじさんは
寂しそうに そう言っていたのに
おかしい
おかしい
わたしは そんなのちっとも望んで居ないし
ましてや心中だなんて
奥様や娘さんを
手に掛けるだなんて
そんな馬鹿な事
絶対に
絶対に
絶対に ある訳が無い と
泣き乍ら
刑事さんに
叫んだ事
わたしには
全てが
今迄の
自分も
おじさんの
優しさも
世界の
理の 全ても
もう
信じていたくても
その時迄は
信じられなく 成りかけていました
(く 暗い話で…本当にご免なさい。。。。。)
一枚の葉書が有って
此の年に
谷崎さんに頂いた 年賀状です
普通の お仕事用の
ビジネスライクな印刷の年賀状ですが
手書きで一言 メッセージが添えられていて
「君の智慧を 大切にしてね」
と
智慧 と云う言葉を
此の漢字で書いたのは
此処から来ています
ひょっとしたら
他の方にも
同じような言葉を 葉書に添えておられたのかも識れないし
普段からよく使う言葉 だったのかも識れません
でも
わたしは 此の言葉を
おじさんからの
唯一の 遺言として
今でも大切に 心に留めています
智慧(知恵) と云う言葉は
辞書に依ると
>知恵:
物事の道理を判断し処理していく心の働き
物事の筋道を立て、計画し、正しく処理していく能力
>智慧:(仏教用語)
相対世界に向かう働きの智と、悟りを導く精神作用の慧
物事をありのままに把握し、真理を見極める認識力
と云う
漢字に依って 二つの意味が有りますが
わたしにとっては
どちらも互いに作用する
欠かせない要素だと
そう思っています
何が 智慧で
何が そうではないのか
其の事を
この中で書くのは
少し趣旨から外れる気がするので
此処では言及を避けますが
何を
此の言葉に谷崎さんが込めたのかを
わたしは 理解しなくてはいけないのだ と
其れが
この人への
わたしの想いの証 だと
ずっと
此れからも
そう思っていきます
始めに
此の事を書いたのは
この後の事が
余りに辛いので
少し時系軸を変えよう そう思って
谷崎さんが亡くなったのは
此の年の 3月の終わりでした
季節外れの
大雪が降って
咲いた桜に 雪が積もった日
わたしが
偶然に見掛けた
新聞記事に成った 其の時
谷崎さんは 未だ辛うじて息が有ったとの事ですが
わたしは
其の事すら 知る由もなく
亡くなったのを聞いたのは 警察に任意で連行された後でした
何故
わたしだったのかは
以前の記事にも書きましたが
最期の日
事件が起こったと思われる時間の直ぐ前に
谷崎さんの携帯を鳴らしたのが わたしだった事
そして
事件に遭う前
谷崎さんがわたしの部屋を 訪れていたのを
見た人が 沢山居た事
谷崎さんと ご家族を
亡き者にした凶器の包丁は
現場の玄関ドア前に 捨ててあって
幾つかの可能性を 考えています と
そう刑事さんは 仰っていました
わたしが
不倫のもつれの末に この人を追いかけた可能性と
第三者の 可能性
もうひとつは
谷崎さんと 奥様の
無理心中である と
何日も経たない内に
わたしの知らなかった話が 次々と出て来て
現場に成った マンションは
自宅では無く 貸家で
谷崎さんの自宅のリフォームは済んでいたけれど
奥様のお母様の 介護の都合が付かず
引っ越しが 遅れていた事
娘さんは ほぼ即死状態
谷崎さんと奥様は 失血死で
谷崎さんの手に 刃物を握ったと思われる
外傷が多数有って
無理心中の場合 「刺し合った」事も考えられる事
谷崎さんは
其の前の年の秋頃に
弁護士を立てて
協議離婚の申し立ての 準備をしていた事
でも
戸口の前では 状況的に心中は不自然で
此の場合は
家族が出て来るのを待ち伏せて
襲撃したのではないか
と
わたしは
谷崎さんの自宅の住所は知っていますが
そのマンションの事は 駅すらも知りません
離婚の事も
此の時
初めて 知りました
あなたの事が
好きだ と
そう言った 覚えは無かった
だけど
あの日
確かに
伝わっていた のではないか
だから
こんな事に
成って仕舞ったのだろうか と
何日も
何日も
一睡も出来ない日が続いて
刑事事件と云うものは
何処かしらから 漏れて
100カ所を超える刺傷の
一家惨殺 と云う痛ましい事件は
一家の主の
女子大生との不倫のもつれ と云う
たちまち
世間の興味をそそる 話題と成って
目に線を入れられても
写真が載ったら 知って居る人には誰だか分るし
古いアパートの前や
駅には
何時も
誰かが 居るように成って
電話は何時も 突然鳴って
呼び鈴も
電気も
ガスメーターも
何もかも
逃げなければ いけない
そう
思いました
わたしは
簡単な荷物と
ノートパソコンだけを持って
谷崎さんの真似をして
服を Y君にチェーンのクリーニング屋さんに預けてもらい
夜逃げのように 部屋を出て
警察の方に
お願いをして 暫くの間
家に帰らない 生活を送りました
わたしには
唯の「愛人」の わたしには
おじさんを
弔う事も 出来ないし
涙を
ひとに見せる事すら 出来ない
また
高校のときと 同じか
と
始めは
少しくさくさした気分で 済んでいたけれど
時間が経つにつれ
飲み物すら 受け付けなくなって
脱水症状を 初めて体験し
でも
病院には今は行けないと
外に出るのに 何日も掛かって
担当の刑事さんには
居場所を 伝えなくてはならないので
お願いだから
人には言わないで下さい
わたしは大丈夫です 死んだりしません と
声だけは
平常を装わないと と
指を噛み切り乍ら 電話した事
時折
携帯の電源を入れると
山のような 知らない番号の不在着信と
留守番電話で
実家の父と母が
帰っておいでって言っている と云う事も
刑事さんから 聞きましたが
いえ
わたしには もう
帰る所は 有りませんから と
その時は
そう言うのが
精一杯 でした
空手の道場の師範には
本当に 心配と迷惑を掛けて
此処にも
無神経な取材の依頼が
どんどん舞い込んで
大学にも
谷崎さんの会社にも
連絡が 行ったけれど
ホテルで
動けなくなった わたしに
食べ物を差し入れて下さったのは
何時か
競馬場で ご一緒した
その後も一緒にお仕事をした ご夫婦でした
警察に
谷崎さんのお母様が 見えていて
何処で
わたしの事を知ったのか
会った瞬間
殴り掛かられて
場がパニックに成り乍らも
その 弱い拳の力に
噫 此れが
慟哭か と
そう
冷静に 感じている自分が居て
関東近県の 観光地の
小さな鉄板焼き屋さんが
谷崎さんの ご実家で
ご両親は
谷崎さんが若い頃に 離婚をされていて
お母様が
女手一つで育てた
自慢の一人息子 だったのだと
谷崎さんは 就職してからずっと
お母様に 仕送りを欠かさなかった事
お店も そろそろ直したいねえ と
ずっと 谷崎さんが言っていた事
あの
谷崎さんは
愛されたひと だったんでしょう?
愛さない人が
愛されるなんて おかしい
あんなに
あんなに
写真を眺めて
奥様の手配も いっぱいやって
確かに 疲れておられたかも識れないけれど
可愛い人だ
美人で優秀な奥さんだって
自分が悪いんだって
離婚なんて
結婚なんて
わたしは頼んだ事は 一度だって無いし
娘さんの事も
僕の顔なんて もう忘れちゃったんじゃないかって
僕が家に帰ると泣くんだって
悲しいね って
あんなに
あのおじさんは
寂しそうに そう言っていたのに
おかしい
おかしい
わたしは そんなのちっとも望んで居ないし
ましてや心中だなんて
奥様や娘さんを
手に掛けるだなんて
そんな馬鹿な事
絶対に
絶対に
絶対に ある訳が無い と
泣き乍ら
刑事さんに
叫んだ事
わたしには
全てが
今迄の
自分も
おじさんの
優しさも
世界の
理の 全ても
もう
信じていたくても
その時迄は
信じられなく 成りかけていました
(く 暗い話で…本当にご免なさい。。。。。)