父は1月2日に満95歳の誕生日を迎えた
地元(私の実家近く)の病院に入院している。
弟と妹が近くに住んでいるが、
年末年始は面会できなかった。
コロナも依然として存在するし、インフルエンザも流行している。
病院が感染症対策を強化するのには理由がある。
今日、妹が面会に行った。
LINEのビデオ通話で、父と話をすることができた。
父は妻みおを気に入っており、限られた時間であったが、
元気であることが確認できて良かった。
父が入院したのは、2年前の年末である。
つまり、2021年12月のことであった。
その際、年を越すのは難しいかもしれない、と言われていた。
身体のバランスが崩れていて、2週間持たないかも、という診断だった。
病院からは、最後まで看取られていただきます、との言があった。
ところが、管理された食事を取り、暖かい部屋で寝起きをしていたら、
持ち直した。それから、もう2年以上が経過する。
退院するべき、という意見もあろうが、
心臓、肺および腎臓の機能が弱っているため、
小さなことが命取りになる。
また、入院前は自力で歩いていたが、今は室内だけの移動しかできない。
自宅に戻れば、1週間で命が尽きるかもしれない。
能登半島地震の発災から数日が過ぎた。
避難所の環境は、関係者の血のにじむような努力にもかかわらず、
かなり厳しいようである。
父が避難所に行けば、即、災害関連死となるであろう。
被災された皆さんがこの災いを無事に乗り切れることを祈るばかりである。
昨日と変わって、今日はぐずついた天気
今日の由布岳は、いつもの湯の坪街道からだが
見えません