まだ陽が登らぬ伊勢は、とても静かだった。

灰塵のような静寂が漂う街に、二度と太陽の光は街を照らしてくれないんじゃないかと不安になる。

勢田川の水面に映る欠けた月。

黄丹色に見えるのは私が孤独だからだろうか。


私は広島から東京まで徒歩で旅をしている。

ずっと独りなので、時々私がこの世界に生きているのか分からなくなる。

確かに生きているけれど、人の眼では私を認識できない。つまり幽霊なのではないのかと考えてしまってから生きた心地がしなくなった。

なんとか自分の存在を証明したいが、話しかける勇気もない臆病な私は心まで孤独だった。


そんな時に見渡す限りの田んぼが広がる場所で、自転車に乗る女子中学生がすれ違いざまで挨拶をしてくれた。自分が生きていることを確認した。

何よりあまりに孤独すぎると挨拶されるだけで嬉しくなるらしい。


広島の尾道に蛮珈琲という喫茶店がある。

理想の歳の重ね方をしたマスターが放つオーラは空間に歪みを生み出していた。

旅をしていること伝えると、珈琲豆を頂いた。

珈琲豆が食べられることを初めて知った。

食べて美味しいのだから、そりゃ美味しいよなと思った。

旅で辛い時に、この豆をひとつ食べると、まるで仙豆のように体力が回復する。


高校の友人に、今どこいるのか伝える事が日課になっている。

友人に、「1番近いコンビニどこ?」と聞かれ、ローソンと返信すると、LINEギフトをくれた。

朝ごはん、いつも節約するために抜いていたが、その日だけはお腹いっぱい食べた。

レシートはスマホケースの裏に入れ、辛くなったらそのレシートを見て、また一歩前に進む。


人情を肌で触れ、温かみを心で感じる。

孤独な月も、今夜も変わらずに昇るように、

私は重い足を一歩へと進める。