住宅情報誌に書かれている「閑静」は、「何もない田舎」と同義語だ。料理番組における「珍味」が、「まずい」と同義語のように。それだけは理解してもらいたい。
つまり、何が言いたいかというと、俺が住んでいるボロアパートは閑静な住宅街にある。何の注釈もないと、まずまずの生活をしていると思われるだろう。それが嫌で、あえて説明をさせてもらった。
いらぬ誤解を与えない。それが“俺らしさ”でもある。完璧主義者で、几帳面で、小心者の自分に万歳だ。
そのボロアパートの目の前に、洒落たパン屋がある。そのパン屋にはじめて入ったときの話だ。
いつも、小腹が空いたときは五分ほど歩いて、コンビニまで行く。
だけど、その日は雨だった。面倒くさくて、目の前のパン屋に行ったというわけだ。
で、目当てのカレーパンを探す。二百五十円。高い、これは高すぎるだろう。
セレブな住民がいるならまだしも、どう考えても、このあたりの住民は中流以下。誰が買うんだ。
というわけで、カレーパンをひとつだけ買うことにした。さすがに何も買わないのは、かっこわるすぎる。
店長らしき初老の男性がレジにいる。今はやわらかい笑顔を浮かべているが、素の顔は少し怖い。コックっぽい服装をしているから、ひとりでパンをつくり、レジを打っているんだろう。
俺はバカでかいトレイにカレーパンをポツンと乗せ、レジの前に立った。
「二百五十円ですね。ありがとうございます」
「これっ、ちょっと特別なカレー粉を使っていたりするんですか」
「企業秘密です。ふふふ」
「あっ、変な意味じゃないですよ。パン作りが趣味なもので……」
「ちょっと高いですもんねぇ」
相手のペースのまま、会話は終了。お釣りを受け取り、店を出ようとする、
「ちょっと待ってください。これも食べてください。もちろん、タダです」
男性がビニール袋に入れたメロンパンを差し出してきた。
「いいんですか、本当に」
「もちろん。メロンパンは作りませんか?」
「まあ、そんなことも……」
というか、パンを作ったことなんか、あるはずもない。
店を出て、「さて、どうしようか」とひとりごとを言ってみた。あえて、口にした。
なぜなら、俺はメロンパンが食べられない。かなり嫌いで、食べるとノドがかゆくなる。
とはいえ、好意でくれたものを、家のゴミ箱にポイッと捨てられるほど、非道ではないし、それは俺のポリシーに反する。というわけで、コンビニの裏手にいるネコに食べさせることにした。仕方なく、五分歩く。
雨が降っていても、ネコはいつも通り、段ボールの束の近くにいた。
そっと近くに寄る。ネコは気配を感じて、ビクッと顔を上げた。
俺はメロンパンを大きくふたつにちぎり、ネコに向かって、ひとつひとつ丁寧に投げた。
ネコはメロンパンを大急ぎで食べはじめた。
一分もかからなかっただろう。ひとつ目を食べ終えたネコは、ふたつ目のメロンパンをくわえると、ゆっくりと歩き出した。そして、コンビニの横にある橋まで行くと、欄干の間からメロンパンを落とした。そして、またゆっくりと歩き出し、すぐ近くに停めてあるクルマの下に潜った。
俺は橋まで歩き、橋の下をのぞき込んだ。そこには、大きな左足のないネコがいた。
五秒後、俺は橋から飛び降りるだろう。これも“俺らしさ”である。
つまり、何が言いたいかというと、俺が住んでいるボロアパートは閑静な住宅街にある。何の注釈もないと、まずまずの生活をしていると思われるだろう。それが嫌で、あえて説明をさせてもらった。
いらぬ誤解を与えない。それが“俺らしさ”でもある。完璧主義者で、几帳面で、小心者の自分に万歳だ。
そのボロアパートの目の前に、洒落たパン屋がある。そのパン屋にはじめて入ったときの話だ。
いつも、小腹が空いたときは五分ほど歩いて、コンビニまで行く。
だけど、その日は雨だった。面倒くさくて、目の前のパン屋に行ったというわけだ。
で、目当てのカレーパンを探す。二百五十円。高い、これは高すぎるだろう。
セレブな住民がいるならまだしも、どう考えても、このあたりの住民は中流以下。誰が買うんだ。
というわけで、カレーパンをひとつだけ買うことにした。さすがに何も買わないのは、かっこわるすぎる。
店長らしき初老の男性がレジにいる。今はやわらかい笑顔を浮かべているが、素の顔は少し怖い。コックっぽい服装をしているから、ひとりでパンをつくり、レジを打っているんだろう。
俺はバカでかいトレイにカレーパンをポツンと乗せ、レジの前に立った。
「二百五十円ですね。ありがとうございます」
「これっ、ちょっと特別なカレー粉を使っていたりするんですか」
「企業秘密です。ふふふ」
「あっ、変な意味じゃないですよ。パン作りが趣味なもので……」
「ちょっと高いですもんねぇ」
相手のペースのまま、会話は終了。お釣りを受け取り、店を出ようとする、
「ちょっと待ってください。これも食べてください。もちろん、タダです」
男性がビニール袋に入れたメロンパンを差し出してきた。
「いいんですか、本当に」
「もちろん。メロンパンは作りませんか?」
「まあ、そんなことも……」
というか、パンを作ったことなんか、あるはずもない。
店を出て、「さて、どうしようか」とひとりごとを言ってみた。あえて、口にした。
なぜなら、俺はメロンパンが食べられない。かなり嫌いで、食べるとノドがかゆくなる。
とはいえ、好意でくれたものを、家のゴミ箱にポイッと捨てられるほど、非道ではないし、それは俺のポリシーに反する。というわけで、コンビニの裏手にいるネコに食べさせることにした。仕方なく、五分歩く。
雨が降っていても、ネコはいつも通り、段ボールの束の近くにいた。
そっと近くに寄る。ネコは気配を感じて、ビクッと顔を上げた。
俺はメロンパンを大きくふたつにちぎり、ネコに向かって、ひとつひとつ丁寧に投げた。
ネコはメロンパンを大急ぎで食べはじめた。
一分もかからなかっただろう。ひとつ目を食べ終えたネコは、ふたつ目のメロンパンをくわえると、ゆっくりと歩き出した。そして、コンビニの横にある橋まで行くと、欄干の間からメロンパンを落とした。そして、またゆっくりと歩き出し、すぐ近くに停めてあるクルマの下に潜った。
俺は橋まで歩き、橋の下をのぞき込んだ。そこには、大きな左足のないネコがいた。
五秒後、俺は橋から飛び降りるだろう。これも“俺らしさ”である。