翌朝、太宰府ユース・ホステルを出発した私は、そのまま、久留米から鹿児島方面に向かうか、長崎方面から天草ルートで鹿児島に向かうを悩んだものの、どっちつかずのまま、選んだユース・ホステルは、水郷柳川を見学するのにもっとも適したユース・ホステルと言われていた、太宰府ユースホステルからは、僅かしか離れてない「ルノワルユース・ホステル」でした。このユース・ホステルでは、全国から来ていた大勢のホステラーと出会い、このユース・ホステルの人気度を実感したのでした。

 

翌朝に、ルノワルユース・ホステルを出発する頃には、ルートは決めていました。やはり、一周と位置付けているにも関わらず、長崎方面に寄らないのは変だろう。と言う事で、長崎のユース・ホステルとして選んだのは、浦上天主堂の近くにあった「浦上ヶ丘ユース・ホステル」でした。ホステラーから、長崎の見どころを教えて貰った私は、連泊しようと考えたものの、予約が取れなかった為、貧乏旅に相応しい方法で宿泊する事にします。

 

それは、浦上天主堂の直前の石段近くで野宿すると言うものでしたが、バイクのシートに包まって寝たものの、早朝ミサの信者が、私が無造作に寝ている側を通り過ぎると言うシュールな、シチュエーションで起床した私は、照れ隠しで信者と反対方向を向いて、通り過ぎるのを、ひたすら待ったものでした。夜中は冷えたものの、長崎の夜は優しい寒さでした。その頃の長崎はまだ水害前で、さだまさし氏の妹さんが、経営してる喫茶店がどこかにあるって話題をホステラーから聞いたものの、探す事はしませんでした。笑

 

長崎を出た私が、次に選んだのは天草ユース・ホステルでした。しかし、生憎、宿泊者は私ひとりの上に、ミーティングも無いという寂しい状況だったものの、太宰府ユース・ホステルとルノワルユース・ホステル、おまけに浦上ヶ丘の各ユース・ホステルで、既にユース・ホステルの楽しみを経験していた事もあって、多少はガッカリはしたものの、ひとり黙々と、冬場で天候も悪かった山陰道を走破していた時と比べると、取るに足らない出来事と感じてもいました。

 

天草ユース・ホステルを出発した翌日の事でした。私は、牛深フェリーに乗船して鹿児島方面に進むべく、なだらかの丘陵地帯をバイクで軽快に疾走してました。そこは日本昔話に出てきそうな丘が連なった障害物の無い道路でした。とても走行し易かった事もあり、速度は80km/h弱出てました。すると、突然、何か後方に違和感を感じたのでした。何気なくバックミラーを見たところ白バイが赤色灯を廻しながら追走してくるではありませんか!

 

辺りは隠れるところが皆無の道路でした。一体、どこから沸いて出てきたのか?狐に化かされた感じでしたが、最早、停車するしかありません。減速して停車すると、そこに白バイも到着しました。ドカドカと、近付いて来た白バイ隊員は、開口一番、大きな声で、「なんばしょっとか!ツーリングのヨカところは、安全運転じゃなかと?」と速度超過の私に喝を入れました。続いて、「どっから来たと?京都ナンバーか・・・。まあ、ええ!いきんしゃい」と許してくれたのでした。

 

その道はほぼ直線の走行しやすい道の連続でした。必然的に速度が出やすい場所であり、事故の多い場所だったのかも知れません。途中に唯一あった藁の山の陰にでも、息を殺して待機してたのでしょうか?何処から白バイが出てきたのか、皆目検討が付きませんでしたが、他府県ナンバーだったお陰で、許して貰えた事は、本当にラッキーでした。これが、婦警さんだったら許してはくれなかったと思いました。その後の走行は、変に意識して、用心したものになったことは言うまでもありません。

 

鹿児島の宿として選んだユース・ホステルは、指宿ユース・ホステルでした。とにかく、砂湯温泉に間に合う様に、指宿ユース・ホステルに到着します。その時間帯に到着したホステラーは、私を含めて3人でしたが、私以外のふたりは関東方面から来たという女性の2人組みで、彼女たちも砂湯がお目当ての様子でした。すると、ペアレントから夕食までに砂湯に入って来たら?と言われて、私達は、促されるままに砂湯に行く事にしました。

 

女性ふたり組は、まだユース・ホステル経験に乏しい雰囲気を纏っていて、ユース・ホステルのオープンハートとは、程遠い雰囲気を醸し出していました。ペアレントから一緒に行きなさいと言われたものの、私とは、かなり距離を置いての移動でした。私の方も、敬遠する相手にわざわざ擦り寄る気持ちは毛頭無く、こちらも淡々と移動しました。目的地に到着すると、受付の人から、浴衣に着替えるように言われます。しかも、素っ裸に着用するルールでした。

 

私は速攻で着替えると、砂掛けババアならぬ、砂掛けオバサンの許に誘導されて、熱い砂の上に横たわったところ、左右から熱い砂のシャワーが掛けられました。寒い時期にも関わらず、熱い砂から温かさを貰って、身体の奥底から温まって来る感じで、額から汗が噴き出る様にもなっていました。そんな時、遅れて先程の女性ふたり組みも到着したものの、浴衣の裾が気になるらしく、下から一瞥した私を、汚らわしいものを見る様な上から目線で睨んで来ました。やがて彼女らも砂の中に横たわり左右から砂を掛けて貰っていました。

 

やがて終了の時間が来ます。多分、砂掛けおばさんの目には、一緒に来たグループと考えていたのでしょう。私に立ち上がる様に促したと思ったら、後から入湯した彼女たちも、砂から立ち上がる様に促されたのでした。彼女達は少し不満気でしたが、私と、ほぼ同時に砂から抜け出た彼女達は、ある事に気付いて互いに赤面するのでした。それは、砂の中では気付かなかったのですが、お互いに結構な汗をかいていて、私も彼女達も、汗で浴衣が素肌に密着して、ほとんど素っ裸に近いシルエットを現していました。

 

そうなれば、やはりメリットを享受できるのは男性である私ということになります。瞬間的に、事態を悟った彼女達は、足早にその場を去りました。しかし、私の目には、しっかりと焼き付けてくれました。その後は砂を洗うために内湯に入ったのですが、なんとそれも海水の温泉だったのでした。海水でも砂は洗い落とす事が出来たので、ユース・ホステルに帰ってから再度、お風呂に入る事にして表に出ると、当然ながら、既に彼女達の姿は無く、ひとりでユース・ホステルに帰る事になりました。ユース・ホステルに帰って判明した事は、その日の宿泊者は私と女性ふたり組以外に2人という合計5人という寂しい状況であることでした。

 

それと、一緒?に砂湯に行ったふたり組みは、私を痴漢を見るような目付きで、夕食時も無言で、ミーティングでも、5人しか居ないにも関わらず、距離を置いて座っていたので、その様子を不審に感じたヘルパーさんから理由を聞かれました。そこで、私からの一方的な話でしたが、一部始終を虚飾無しに報告したところ、ヘルパーさんやペアレントさんから大爆笑された次第です。その後、ヘルパーさんの計らいで、彼女達も一定の理解は示してくれましたが、やはり最後まで距離を置いた関係で終わりました。ミーティングでは、ヘルパーさんが頑張ってくれたお陰で、楽しい気持ちのままに、指宿の夜を終える事が出来ました。

 

長崎の浦上ヶ丘ユース・ホステルです。

 

 

浦上ヶ丘天主堂の早朝ミサ

 

 

天草ユース・ホステルです。

 

 

白バイに捕まる前ですね。

 

 

九州の何処かです。笑

 

 

ここは、桜島ですね。