コロナ禍が始まってちょうど2年になる。2年前のちょうど今頃、うちの会社はテレワークを暫定的に始め、そして今ではそれが恒久的な働き方となった。世の中は経験したことのない事態に直面た。緊急事態宣言がでて、街から人がいなくなり、学校も閉まり、人々が分断された。

1日中PCに向かって仕事する生活から3か月で、左肩が動かなくなり、坐骨神経痛に悩まされることになった。通勤時間が重要な運動時間だったことに驚いた。それまでやっていたバレーボールもテニスもマッサージも一機にやれなくなったことの影響も大きい。

そんな中、父が倒れた。コロナ禍の不活発な生活の影響があったのではと思う。カラオケもプールも旅行も、体操教室も、いろんなことができなくなっていた。

コロナを恨んでみたが、、、それでも運に恵まれていることもいくつもあったように思う。

気持ちを上向きにするために、数えてみる。

- 父が倒れた時、母が認知症でありながら、時間はかかったものの救急車を呼べた(隣人に助けを求めて)

- 父は脳の半分を損傷しながらも、命はもちこたえた。父は結構体が丈夫であった。

- コロナのおかげで私がテレワークという勤務形態をとれて、妹と交代で父母の世話をすることが可能になった。

- 父の蓄えのおかげで経済的に困らなかった。

- 母の認知症は、激明るいキャラクターのおかげで介護する側が苦にならない。

- 母が認知症のため、家事をこちらのやりたいようにやらせてもらえる。

- 父が倒れた当時のコロナの状況が、今のオミクロン感染者数より遥かに少ない数字で、ちゃんと救急搬送されて入院治療うけることができて、本当に良かった。倒れたのが今だったらと思うと恐ろしくなる。

- そしてこの1月末、母がデイからオミクロン感染し、私も感染、つらい自宅療養を経験したが、父に感染しなくてよかった。父の施設や訪問診療、訪問看護、介護などかかわる人たちに感染広げなくてよかった。何より母の症状が非常に軽く(私より軽く)すんでよかった。

- 私が実家当番の時にオミクロン感染でよかった。妹の番だったら、仕事への影響も甚大で、とても対応できてなかっただろう。私は療養期間でも体さえ回復したらテレワークしながらデイサービス再開するまで自宅で母をみていられる。

 

悩ましいことも多いけど、悪いことばっかりではない。今できることをやるだけだ。