懐石料理は安土桃山時代に茶人の千利休によって完成された「茶の湯」において、濃茶(こいちゃ)をすすめる前に出す簡単な料理のことです。「懐石とは、寒い時期に軽石などを火で熱して懐に入れ、体を温めることで空腹をしのぐという意味。茶事に組み込まれていた食事であることから『茶懐石』とも呼ばれます」(麻生さん)。古くは茶の湯の主催者が自ら作ってもてなすものでしたが、茶懐石を専門とする仕出し屋が登場し、やがて一般の料理屋でも提供されるようになりました。現在では茶会の席で、空腹のまま刺激の強い茶を飲むことを避けるために食べる、茶を味わう上で差しつかえない程度の軽食を指します。流派によって違いはありますが、現代の懐石料理はご飯、吸い物、向付(むこうづけ)の後、煮物、焼き物、預け鉢、吸い物、八寸(はっすん)、湯桶、香の物、菓子の順に、ひと皿(ひと鉢)ずつ出されます。一方、会席料理は多数が集まる宴席で提供される料理のこと。現在では酒宴の席における上等なもてなし料理を指します。「会席は本来、歌や俳諧の席のことで、そこでは俳人のための料理が出されていました。江戸時代以降、会席が料理茶屋で行われるようになり、懐石の作法にアレンジを加えた料理が提供され始めたのです」。会席料理はお酒を楽しむための料理であり、前菜、吸い物、刺し身、焼き物、煮物、蒸し物、酢の物などを含む一汁三菜を基本に、お通し、揚げ物、蒸し物、和え物、酢の物などの肴(さかな)が加わり、最後にご飯とみそ汁、香の物、水菓子が出されます。 このように、成り立ちも目的も違う懐石料理と会席料理ですが、両者のルーツは共通しています。それが「本膳料理」と呼ばれるものです。麻生さんによると、本膳料理とは日本で最も格式の高いもてなし料理。本膳(一の膳)、二の膳、三の膳など複数の膳からなり、それぞれに決められた数の料理を配して構成される複雑なもので、「食事を取る」行為に儀式的な意味合いを持たせた形式です。室町時代に武家の礼法が確立され、食事の礼儀作法などが厳しく決められました。この時にできた形式が本膳料理の発祥とされ、江戸時代に発展していきます。しかし明治以降、生活様式の洋風化に伴って本膳料理は主流ではなくなり、現在では冠婚葬祭などに用いる儀式的な料理に面影を残す程度です。