浅田次郎の「霞町物語」をご紹介します。

浅田次郎の自伝的小説で、過去に❝麻布霞町❞という名で存在した町(現在の西麻布界隈)が舞台となる小品集です。

この作品に10代の頃に出会いたかったです!

西麻布に霧のイメージはありませんでしたが、確かに霧に包まれた夜に巡り会えたことがありました。

 

深い青色のネオンサインが霞に溶けて幻のような夜でした。

人生の中で❝忘れられない風景❞を挙げるとしたら、1番目か2番目に思い浮かぶ景色です。


主人公は麻布十番で写真館を営む家の一人息子・伊能君。

伊能が幼少期の頃の家族との出来事が中心のお話もあれば、麻布界隈で遊びまわっていた青春時代の、友人や好きな女性との交流に家族の姿が見え隠れするようなお話もあります。

特に、幼少期を描いた「青い火花」や「雛の花」は泣き笑いしてしまうような切ない美しさを持つ作品でした。

昔気質で江戸っ子気質の祖父と元深川芸者だった華やかで気風のいい粋な祖母、祖父の弟子だった婿養子の父、育ちの良さそうなおおらかな母、実は祖父とは血がつながってない戦死した伯父、そして祖母の元カレ。

どの人もみんな魅力的に描かれます。

伊能君(浅田次郎)は私よりも大分先輩の年齢ではありますが、何とも郷愁を誘うような作品で、麻布に住んでいる時に見かけていた都会の谷間みたいな空間に現れる古い商店や定食屋さんが賑わっていた情景が重なりました。

麻布十番ではなく麻布三の橋でしたが、❝先生❞と呼びたくなるような凄腕の写真師がいる写真館もありました。

伊能少年の祖父のエピソードを追っていると、凄腕写真師に再会できたような気持になりました。
 

世の中の色という色はみんなまやかしなのだそうだ。(中略)世界は「かたち」と「光」と「影」とでできている



と伊能少年が思い出す祖父の言葉が胸に刺さります。