吉村昭の短編小説「青い星」が心に刺さったのでご紹介します。
「遠い幻影」に収録されています。

定年退職した主人公は、かねてより望んでいた自分の足跡を辿る気ままな旅に出ます。

その先で懐かしい再会もあり、戦死した兄の知られざる過去に触れることに・・・。

戦死した兄の婚約者が兄の子供を産んでいることを知った主人公は、その婚約者と娘(主人公の姪)の営むトンカツ屋を探し出し訪ねるも、名乗り出ることなくトンカツを食して物語は終わります。

吉村らしい簡潔で淡々とした筆致が冴え冴えとして気持ちの良い作品です。

「孤独のグルメ」の松重豊さんのナレーションを聴いているかのような心地好さでした。

大きな出来事が起こりそうで起こらないままに終わるという吉村作品によくある展開でしたが、どの場面でも心の動きがそれはそれは繊細に描かれており、何気ない日常でも芸術へと昇華してしまう吉村の本領が発揮された作品です。

メインの出来事とは大きく関係しなさそうな思い出を辿る旅に至る序盤の描写も、亡兄の婚約者や姪との感動の再会ドラマが生まれなかったことによって、より一層印象的に清々しく甦りました。

定年間近になってから胸にきざしていたことだが、かれは、過ぎ去った日々の事柄をあたかも旧跡を見てまわるようにたどってみたいという願望をいだくようになった。