ご質問について(12月10日市民公開講座) | 哲学対話 おんころカフェ

哲学対話 おんころカフェ

がんや難病の患者さん、そのご家族が対象です。哲学者が行う「対話」が病と共に生きる方々のサポートとなることを目的に開催しています。(プライバシー保護の観点からそれ以外のかたのご参加はご遠慮いただいています)

みなさま

 

お正月いかがお過ごしでしたか。

今年は、気温も高く、お天気にも恵まれた穏やかなお正月でしたね。

さて、12月10日(土)阪大病院主催の市民公開講座で頂いたご質問について、

改めてお答えさせて頂きました。(中岡成文)

当日ご参加になれなかった方も是非ご覧いただけましたら幸いです。

 

・おんころカフェは阪大の患者、家族又は医療者でなくても参加できますか?

→これまでのところ、大阪大学医学部附属病院・オンコロジーセンターの一室をお借りしていますが、おんころカフェ自体は大阪大学とは直接関係ありません。阪大以外の方でも自由にご参加いただけます。どうぞお気軽に様子を見においでください。ただ、がんや難病の当事者(患者、家族、遺族)の方に参加を限らせていただいていますので、その点はご了解ください。

・がん患者の遺族が、がん患者になった時グリーフケアの考えも含みますか?(含んだ形で対応してほしいと思います。当事者は死を具体的に感じてしまうので)

→ グリーフケアの意味から申しますと、身近な方をがんで亡くされた方がおんころカフェの「対話」にご参加いただき、対話のなかで、 自分の気持ちを整理して癒し、 亡くなった家族への思いを深めていただくことができると思います。また、ご参加下さる患者さんの中には、グリーフケアを必要とされている方も珍しくないと思います。その方々との対話やお話を聞くことによって自然な形で「ケア」 が生じることを期待しています。

・おんころカフェで話すことは、話す当事者にとって常に有意義なことだと思われますか?逆に暗い気持ちになることもあるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

→おんころカフェでは、他の参加者に耳を傾けてすごしていただくだけでもけっこうです。もし、対話の流れのなかで、自然に発言しようという気持ちになっていただけるのであれば、それは当事者にとっていい結果につながると思っています。暗い話題になるとは限りません。笑いがもれることもあります。闘病や死のことを語り、時に涙する方もおられますが、それはそれで気持ちの整理や浄化(カタルシス)につながっていくのではないでしょうか。

中岡先生はおんころカフェに携わることでどのような心境の変化がありましたか?差支えない程度でお話しいただけるとありがたいです。

→私自身が遺族なのですが(父を胃がんで亡くした)、おんころカフェのみなさまとの対話をとおして、私自身も父と対話を新たにすることができたような気がしています。また、さまざまながんの当事者の方とお話ししていると、闘病や死と直面することの厳しさを教えられる一方、病気をきっかけとして、家族・周囲の人への思いやりを深め、前向きな生き方をされる方が多いことにも気づきます。死を意識する時期になっても、いやその時期にこそ、人は変われる…その姿を対話のなかで見ることで、対話の進行役も、生きること、死ぬことについて学び、成長できるのです。対話の進行役や主催者の側が「ケア」される、といってもいいですね。

・患者の精神面(不安など)の支援についてどう対処していくのが良いか対応手順についてご教示願いたい。


→お答えがちょっとむずかしいのは、おんころカフェを通して患者さんをいろいろな面から支援できればうれしいとは思っているのですが、それを手順化したり、マニュアル化したりはできていないことです。始めてまだ歴史が浅いという理由もありますが、私たち(少なくとも哲学出身の私)としては、患者さんの気持ちの動きや環境とのかかわりを型にはめて考えたくないという理由が大きいです。1回1回の対話を経験しながら、一人ひとりの患者さんや家族の方との出会いに集中していきたい…それを「一期一会」という覚悟に結びつけるというのでは、お答えにならないでしょうか。

 

他にも、さまざまなご質問があると思いますので、お気づきになられたときに、いつでも

おんころカフェのメールアドレスにお寄せいただければ幸いです。

 

それでは、今年も皆様にとって穏やかで実り多い一年になりますように心から願いつつ、多くの方に愛されるカフェになるよう、スタッフ一同努力して参ります。

また、おんころカフェでお目にかかりましょう。