さらに,この超常現象の経験がきっかけとなって,これを科学的に研究するための団体が創設されるようになりました。超常現象の研究は,超心理学,あるいは心霊研究と呼ばれています。
長い間,こうした研究は科学の主流から鼻であしらわれてきましたが,1882年にはロンドンに心霊研究協会が設立されました。「一般に認められている仮説では説明のつかないような,人間が現実に有している,もしくは有するとされる能力を偏見や先入観を持たず,科学的な精神をもって調査すること」が同協会の目的として明示されました。
近年,高名な科学者たちが超常現象の研究に従事するようになって,心霊研究に対するイメージは向上しています。興味深いことに,エディンバラ大学は1985年5月18日,米国の心理学者ロバート・モリス博士が超心理学の教授として任官したことを発表しました。サンデー・テレグラフ紙はこの博士を未知の世界の教授と呼んでいます。超心理学にかくも重要な地位が与えられたことは批判を招きましたが,ニュー・サイエンティスト誌は次のことに言及しています。
「超心理学は英国の大学で扱われる新しい科目だというわけではない。この分野における英国の指導的な団体で,数年前に設立百周年を祝った心霊研究協会(SPR)は,常時,高等教育と密接な関係を保ってきた。SPRの初代会長はケンブリッジ大学の道徳哲学の教授,ヘンリー・シジウィクであった。それ以降の50人の会長のうち28人ほどが大学教授であり,二人はノーベル賞を受賞している。現在,英国にある44の大学のうち,8校が超心理学の研究に携わっている」。
もちろん超心理学は,科学研究に携わる主要な諸団体から,自然科学と同等の資格を持つ科学としてまだ正式には認められていません。むしろ多くの人は,超常現象などは存在しないと主張しています。
今から500年前には,魔術を行なったかどで告発された人々は異端審問の対象になりました。異端審問官による魔女狩りを公に支持するものとなったのは,1484年に発表された教皇の声明文です。その後に「マレウス・マレフィカリウム」(魔女のハンマー)と題する本が出版され,その中で,魔術は異端よりも悪質であるとされました。そのため,幾千人もの人々が死に処されました。
今日,現代科学では説明のつかない出来事に対する態度は以前とは大きく異なってきています。この態度の変化は,1848年,米国ニューヨーク州に住むマーガレット・フォックスとケイト・フォックスという二人の少女が,粗末な小屋をノックする不思議な物音を聞いた時にまでさかのぼります。これは接触を図ろうとする霊界からの働きかけかもしれない,と考えた二人は,意味の分かる交信ができるように,一つの信号を願い求めました。交信の手段が確立され,それから音信が伝えられました。
この経験に関するニュースは遠くまで広まり,それと共に超常現象への関心が大いに高まりました。その一つの結果として,心霊術は一つの宗教となり,愛していた故人と少しでも接したいと願う大勢の人々を引き付けています。
運動能力を高める薬物が広範に使用されるようになったことには,国家として,個人として,どんな犠牲を払ってでも他に抜きん出ようとする過度の欲望が大きく関係しています。それらの薬物を使用すると,極度の抑うつ状態から暴力を伴う激発的な怒りに至るまで,数多くの精神的な問題が生じ得ます。カルガリー・ヘラルド誌には,「アナボリック・ステロイドが原因と考えられる精神病の兆候は,我々がかつて考えていた以上にはるかに頻繁に見られる」というハリソン・ポープ博士の言葉が引用されました。米国のオリンピックチームに付き添った一人の医師は,「アナボリック・ステロイドを使用しなければ,国際スポーツではもう競えない」と語りました。
「この人たちをもっと大きく,もっと速く,もっと強くするため,我々は生物工学を活用している。これからは一層あくどくなると思う。人々は運動能力を高めるためなら,ほとんど手段を選ばないだろう」と,オリンピックチームの付き添い医師は付け加えています。これは“どんな犠牲を払っても勝とう症候群”,さらに困ったことには,“フランケンシュタイン症候群”と呼ばれています。“金”,つまり勝利とそれに付随する広告界からの是認や報酬を追求する努力がすべて合理化される社会では,「勝つことではなく,参加することに意義がある」というクーベルタンのモットーは全くの筋違いという感じがします。
血液ドーピング,ヒト成長ホルモン,人工授精後の堕胎,尿の交換などは,どれも薬物検査をくぐり抜け,大会中の運動能力を高めるためにオリンピック選手たちが用いた策略の一部です。トロント・スター紙によれば,一部の女子選手は,「人工授精をしてから二,三か月後に胎児を中絶し,ホルモンの識別可能な増強を利用」します。ほかの選手たちは,「薬物の混じった自分の尿をできるだけ排せつした後,だれかほかの人の“清い”つまり薬物で汚れていない尿を管で注入してもらい」ます。「その“清い”尿は競技の前に膀胱にポンプで入れられるので,選手はいつ求められて検査をしても,薬物は発見されない」のです。血液ドーピングとは次のような方法です。選手が赤血球の幾らかを抜き取ると,体は欠けた分を自然に補います。選手はその後,抜き取られた血液を競技の前に元に戻し,筋肉中の酸素を特別に増強するのです。
文化交流を通して学び合い,それによって互いをよりよく理解し合うことについて言えば,競い合う各国の選手団は自分たちだけで固まる傾向があり,各国の報道関係者も,自国と自国のチームに集中します。したがって,“聖火”が国家主義の障壁を打ち壊すため際立って貢献するということはほとんどありません。一人の著述家が観察したとおりです。「カルガリーの冬季オリンピックでも,続くソウルの夏季オリンピックでも……明るみに出るのは,自国の体制の優越性を国際的に認めてもらおうとしのぎを削る国のショーケースにすぎない」。まさしくその通りになりました。あるオリンピックチームの医療の責任者は,選手たちは「兵士である。もし彼らが勝てば,こちらの文化が優秀な文化であることを認めてもらえる」と付け加えました。さらには,最終的なメダルの数が測りざおとなるのです。
オリンピックの聖火とそれによって表わされた,オリンピックの気高い大望は,政治や商業主義により,今では薬物の乱用によって押しつぶされてきました。ソウル・オリンピック大会で薬物に関する大規模な不祥事があり,カナダのスプリンター,ベン・ジョンソンや他の選手がメダルをはく奪されたのですから,きっとこういう質問が生じるはずです。つかの間の栄光を獲得するために,今後さらにどんな犠牲が払われるのだろう。
古代人の伝説の大部分には,火は神からの贈り物として天から下ったという話が含まれています。ギリシャ神話では,プロメテウスがオリンポス山に住む神々から火を盗み,人間に与えました。火はたいへん重要であったため,幾つかの社会では火を燃やし続けて絶やしませんでした。ギリシャの多くの家には,人々の命あるいは霊を象徴する神聖な炉床がありました。ローマでは,炉床の女神ベスタの崇拝のために神殿が献堂されました。
西暦前776年の最初のオリンピック大会の際には,100匹の雄牛の犠牲がゼウスにささげられ,一人の祭司がたいまつを持って競技場の端に立ちました。選手たちは競技場の端にいる祭司の方向に走り,勝利者には,たいまつを取って犠牲の祭壇に火をともす特権が与えられました。聖火はゼウスへのその犠牲を記念して,大会中も象徴的に燃え続けました。
ピエール・ドゥ・クーベルタン男爵が1896年に再び大会を組織した時にも聖火があったという記録は見当たりませんが,1928年のアムステルダム大会と1932年のロサンゼルス大会では,オリンピックの聖火が燃えたと伝えられています。
しかし,聖火ランナーという現代のアイディアはいつから始まったのでしょうか。マクレアンズ誌によれば,ベルリン夏季大会の主催者であったナチ党は,1936年,3,000人の聖火ランナーを用い,12日にわたってギリシャのオリンピアからドイツまで走行させる計画を立てました。第三帝国の指導者たちは大衆から最大限の反響を引き出す名人だったのです。マクレアンズ誌は続けて,「聖火の到着と共に,大会の開会式にはかつてないほどのドラマが吹き込まれた。このアイディアは定着した」と述べています。
ギリシャの著述家クセノフォン・メシネジはこう述べています。「式典に関係した事柄で,オリンピアから,時には2か月もかけてやって来る聖火ほど,深い感銘を与えるものはないように思われる。聖火は,まさに開かれようとしている大会と,何世紀にもわたって聖別されてきた宗教的表現とを結びつける絆である」。
「子どもが,自分は愛され,家族とのつながりが親密で,目的や探究心を持てると感じるなら,脳は発達する」。ハーバード大学医学部のピーター・ゴースキーはそう述べています。「親の役割は,脳の回路を完ぺきにすることではなく,健康で分別と気遣いのある人間を育てることだ」。
子どもが成長し,道徳的に廉直で,思いやり深い人になるのを見るのは,親にとってなんと大きな報いでしょう。そのような結果をかち得るかどうかは,親が手本を示し,良い友となり,十分に意思を通わせ,教える面で率先するかどうかに大きく依存しています。子どもはみな生まれつき道徳的に振る舞う潜在能力を持っていますが,親は子どもの成長に合わせて漸進的に道徳観を教えてゆかなければなりません。
子どもを形作るのはだれか
子どもの人格形成にいちばん影響を及ぼすのはだれかということに関して,研究者たちの意見は一致していません。子どもは主に同じ年ごろの仲間によって形作られると考える人もいます。しかし,子どもの発育の専門家であるT・ベリー・ブレイズルトン博士とスタンリー・グリーンスパン博士は,幼い時から愛着をもって子どもを教え育てる親の役割は決して小さく見られるべきではないと考えています。
後の人生経験や仲間の影響は,幼い時の成長を補足してゆく働きをします。子どもが家庭内で思いやりや理解を示してもらうことは重要です。また,しっかりと自分の気持ちに対処する方法も教えられる必要があります。そうした面で助けを得る子どもは大抵,他の人と働くときにも協力的で,思いやりや感情移入を示すことができます。
幼い子どもを訓練してゆくには多くの努力が必要です。成功するには―とりわけ初めて親になった人は―経験のある人たちに導きを求め,その上で明確な方針に従ってゆくのが賢明です。専門家たちは子どもの発育に関して非常に多くの本を書いています。そうした本に書かれている事柄は,聖書にある信頼できるアドバイスと相通じる場合が少なくありません。神の言葉の健全な原則を当てはめることは,親が子どもを効果的に育ててゆく上で助けになってきました。次の実際的な指針について考えてください。
惜しみなく愛を表わす
子どもは,常に愛情深い関心を払って世話をすれば元気に成長する苗木のようです。水と日光は若木を養い,健全な成長と安定を促します。同様に,言葉や体で表現することによって豊かに愛情を注ぐ親は,子どもの精神および感情の成長と安定を促します。
聖書は簡潔に,『愛は人を築き上げる』と述べています。(コリント第一 8:1)子どもに惜しみなく愛を表わす親は,実のところ創造者エホバ神に倣っています。聖書によると,イエスはバプテスマを受けた際,子に対する是認と愛を表わす父親の声を聞きました。イエスはすでに大人でしたが,大いに元気づけられたに違いありません。―ルカ 3:22。
愛情を示すこと,寝る前に本を読んで聞かせること,一緒にゲームで遊ぶことなどは,子どもの発育の肝要な要素です。J・フレーザー・マスタード博士はこう述べています。『子どもがすることは何でも,成長につながる経験となる。子どもがはいはいを始めたら,親がどのように励まして反応するかは重要である』。親の愛と関心により,子どもが成長して責任能力のある円熟した大人となるためのしっかりとした基礎が据えられます。
友となり意思を通わせる
子どもと一緒に時間を過ごすなら,きずなが生まれます。さらに,意思を通わせる技術が向上します。そのように家庭や他の場所で,いつでもふさわしい時に親密な関係を培うことは,聖書が勧めていることです。―申命記 6:6,7; 11:18‐21。
子どもの発育に関する専門家は,手の込んだおもちゃや何か特別の活動よりも,親が子どもと共に過ごす時間のほうがずっと重要であるということに同意しています。お金のかからない日常の活動を通して,子どもとのそのような時間を作れます。例えば一緒に公園に行って自然を観察するだけでも,親が意義深い質問をして意思の疎通を図るとても良い機会となります。
聖書は,「跳び回るのに時がある」と述べています。(伝道の書 3:1,4)のびのびと遊ぶことは,子どもが知能や感情,また人との接し方の面で成長するのに肝要です。マスタード博士によると,遊びは有意義なだけでなく,ぜひとも必要です。「子どもは主に遊びを通して,様々な活動のための脳内配線を発達させる」と博士は述べています。子どもが型にはまらない遊びに使うおもちゃは,空の段ボール箱のような,しごく単純なものでもよいのです。ありふれた安全な家庭用品が,幼児にとっては高価なハイテクおもちゃと同じように興味をそそります。
大人の指導する活動をあまりに多く行なわせると,子どもの想像力や独創性を抑圧しかねないと専門家は考えています。度を過ごさないようにすることが勧められます。子どもが自分の小さな世界を探検し,自分の機知を試すことができるようにしてください。多くの場合,子どもは自分にとって面白いことを見つけます。とはいえ親の責任として,子どもがけがをしないように,どこで何をして遊んでいるかを知っているべきです。
教える時間を作る
平衡の取れた子どもを育てる上で,教えることは欠かせません。多くの親は,毎日時間を取って子どもに本を読んで聞かせています。それは,ふさわしい振る舞いについて教訓を与え,創造者の言葉に基づく道徳的価値観を教える機会となります。聖書は,忠実な教え手また宣教者であったテモテが,「幼い時から聖なる書物に親しんで(い)た」と述べています。―テモテ第二 3:15。
幼児に本を読んで聞かせることは,シナプスの形成を促進させます。かぎとなるのは,よく気がつく思いやり深い人が読み手になることです。教育学教授のリンダ・シーゲルは,読み聞かせる内容について注意を促し,「子どもが楽しめるレベルのものであるべきです」と述べています。また,定期的に,できるだけ毎日同じ時間に読むようにするとよいでしょう。子どもはその時間を楽しみにするようになります。
教えることには懲らしめも含まれます。愛のこもった懲らしめは小さい子どもの益になります。箴言 13章1節は,「父の懲らしめがあれば子は賢い」と述べています。しかし,懲らしめには多くの事柄が関係していることを覚えておいてください。例えば,言葉で正したり,何かの特権を与えなかったり,他の形で罰を与えたりすることなどです。先に引用したブレイズルトン博士はこう述べています。「[懲らしめとは]子どもに感情や無茶な振る舞いを制御する方法を教えることである。子どもはみな,どこまでが限度かを一生懸命に知ろうとしている。懲らしめは,親が与えるものとして,愛に次いで極めて重要である」。
親として,懲らしめが効果的かどうかはどうすれば分かるでしょうか。まず第一に,子どもはなぜ懲らしめられているのかを理解しているべきです。矯正を与える時には,子どもが親の温かな支えや愛情を感じられるような仕方で行ないましょう。
努力は功を奏する
父親であるフレッドは,娘が幼い時から,毎晩寝る前に本を読み聞かせることを習慣にしていました。時たつうちに,娘が多くの物語を覚えて文章を目で追い,言葉や発音の仕方を認識できるようになったことに気づきました。クリスも熱心に子どもに本を読んで聞かせた親の一人です。様々な内容のものを読むようにしました。子どもたちがごく幼い時には,「わたしの聖書物語の本」などの挿絵を使って,道徳的な教訓や霊的な教訓を与えました。
読むことに加えて他の補足的な活動をバランス良く行なおうと努める親もいます。絵をかくこと,楽器を演奏すること,家族で動物園やキャンプに行くことなどです。そうした機会に,教訓を学ばせ,ふさわしい道徳的価値観や振る舞いを子どもの感受性の強い思いと心に植え付けることができます。
そのような努力を払う価値はあるでしょうか。穏やかな安心できる環境で,上に挙げた実際的な指針を当てはめるように最善を尽くす親は,子どもたちが積極的な態度を培うのを見る可能性がずっと高くなります。幼い時に意思を通わせる技術や知力をはぐくむなら,子どもの徳性や霊性に大いに役立ちます。
幾世紀も前に書かれた聖書は,箴言 22章6節ではっきりこう述べています。「少年をその行くべき道にしたがって育て上げよ。彼は年老いても,それから離れないであろう」。親は確かに子どもの訓練において肝要な役割を果たします。子どもに惜しみなく愛を表わしてください。共に時間を過ごし,進歩を促し,教えましょう。そのようにするなら,子どもにもあなたにも幸福がもたらされるでしょう。―箴言 15:20。
働きに出ている母親たちが日に一,二度しか赤ちゃんに授乳できないとしても,授乳量の不足について心配する必要はない,と「産婦人科および新生児の授乳ジャーナル」誌は伝えている。母乳を出すために食事をひんぱんに取る必要はない。実際,働きに出ている母親は早くから子供を乳離れさせる傾向があるため,母乳量を最小限にとどめることは母子関係に良い影響を及ぼす。しかし,授乳回数が少ないために母乳の成分に変化がみられるかどうか,あるいは授乳回数の少ない赤ちゃんには授乳回数の多い赤ちゃんと同量の抗体ができるかどうかは分からない,と報告は述べている。
ロンドンのサンデー・タイムズ紙によると,「発見された足指義足はミイラに付いていたものであるが,これは2,500年前に所有者と共に埋葬される以前,つまり所有者の生存中から使われていたようだ」。動物性膠と石膏を染み込ませた亜麻布で作られているこの模造の足指は,ニコラウス・リーブス博士の説明によれば,「美しいデザインで,上手に,また丈夫に作られており,明らかに特別あつらえの優れた出来栄えのもの」である。この足指にはつめが付いていて,皮膚に似た色が塗られている。指にはそれを付けるための穴が八つ並べて開けられている。Y字形になったサンダルの皮ひもの線に沿って穴が注意深く開けられているので,指が所定の位置にはめ込まれた時,穴はサンダルのひもで隠れるようになっている。
足が痛む人のための助け
「足が痛くて死にそう!」もちろんこれは誇張です。それでも,米国では幾千人もの足の専門医が営業できるほど,足の痛みの問題は深刻化しています。
整形外科医のマイケル・コグリン博士は,これまで14年間に行なった2,000件余りの足の手術を振り返って,驚くべきことを発見しました。「信じ難いことだが,これらの手術を受けたのは,ほとんどが女性であった」と,同医師は語っています。足の問題が特に女性に多く見られるのはなぜですか。
フィット,ファッション,フット
356人の女性について調査した結果,10人中約9人までが,平均して一まわり以上も幅の狭い靴を履いていることが分かりました。問題の一因は婦人靴の作り方にあります。「靴のメーカーは,かかとが狭く,先端部分が広くなるような靴型をもはや用いていない」と,整形外科医のフランセスカ・トンプソンは説明しています。
ですから,多くの女性は靴を履いてみた場合に,爪先はぴったりフィットするのにかかとがゆるく,かかとがぴったりだと爪先がきついことに気づきます。爪先はきつくてもかかとの合った靴を選ぶ人が少なくありません。これが逆だと,一歩進むごとに足がかかとから抜けてしまうからです。
足の爪先の部分を窮屈な爪先スペースに詰め込むのは,どう見ても好ましいことではありません。しかも,デザイナーたちは靴のかかとを数センチ高くします。ハイヒールは洗練されて見えますが,すべての力が足の親指の付け根の膨らみにかかり,ことによるとすでに窮屈すぎる爪先スペースに,足を無理やり押し込むことになります。足専門医のデービッド・ギャレット博士は,「健康によいハイヒールなど存在しない」と断言しています。ハイヒールは最後には,履く人の足やくるぶし,ふくらはぎ,膝,背中を傷めると言う人もいます。またハイヒールを履くと,脚の筋肉と腱が縮む可能性もあり,そうなると,走る人たちは特に重傷を負いやすくなります。
女性の足は,受ける虐待に十分適応できるわけではありません。事実,足の爪先は何年にもわたって,人が成人に達した後も,ひたすら広がってゆきます。ところが,かかとは違います。「かかとの骨は一つしかなく,84歳になっても14歳の時と同じ幅しかない」とトンプソン博士は述べています。女性がかかとから爪先までぴったりフィットする靴を探し出すのは,そのためにいっそう難しくなります。
上手な買い物のために
女性の靴のフィットとファッションが足に悪いとすれば,女性の足の痛みはどうしたら防げるでしょうか。その答えはまず靴屋から始まります。一部の専門家は次のことを勧めています。
● 靴は足が少し大きくなる,一日の終わりごろに買う。
● 片方だけでなく,左右の靴を履いてみる。
● かかとがよく合い,爪先スペースに十分の長さ,幅,高さがあることを確かめる。
● 足に合わない靴でも,店の柔らかいじゅうたんのせいで一時的にぴったりした感じのすることがあるので,その点も考慮する。
● エナメル革や合成皮革の靴は避ける。そうした材質は柔らかい革やスエード革とは異なり,歩く時に足になじまない。
● ハイヒールを買う場合は,クッションをよくするため,敷き革を入れてみる。ハイヒールを履く時間を少なくし,一日のうち何度か,かかとの低い靴に履き替える。
上記の点に加え,忘れてならないのは,靴は買った時に履き心地がよくなければならないということです。一般に,履いているうちに慣れてくると言われますが,実際はそういうことはありません。「きつい靴でも履いているうちに履き心地がよくなるという売り手の言葉に,決して,決して,丸め込まれてはならない。駄目になるのは,あなたの足だけだ」とコグリン博士は警告しています。
しかし,爪先がきつくてかかとはぴったりの靴か,爪先がぴったりでもかかとはゆるい靴しか選べないときはどうですか。足の専門医のアンヌ・ゴエル博士は,どちらが直し易いかを見極めることを勧めています。「二つの方法がある。第一に,爪先に十分な幅のある靴を買い,かかとがぴったりするように詰め物をする。……第二は,かかとがぴったり合う靴を買い,爪先の部分を広げることである。ただし一般に,この方法でうまくゆくのは革靴だけである」。
多くの女性は一日に約15㌔歩くと言われていますから,自分の履物を調べてみるのは良いことでしょう。アメリカン・ヘルス誌が述べているように,「よく合う靴を履くことを特に心がけて足をもっと大切にするなら,足の問題はほとんど起こさずにすむ」のです。
[脚注]
「靴型」とは,足をかたどった物で,これを使って靴の形を定めます。

よくある足の問題,四つ
  バニオン。バニオンは足の親指の付け根にできる隆起です。遺伝性のものでなければ,原因はきつすぎる靴か,ハイヒールでしょう。温湿布か冷湿布をすれば痛みは一時的に軽減しますが,バニオンを完全に除去するには手術が必要です。
  ハンマー趾。足指が下方に曲がってしまうのは,足の爪先に体重がかかりすぎる靴のせいでしょう。変形した足を治すには,手術が必要かもしれません。
  魚の目。こすれたり圧力が加えられたりして足指にできる円錐形の皮膚の肥厚。きつすぎる靴を履くとできることもあります。家庭療法で一時的に軽減できることもありますが,変形してこすれる足指を治すには,普通,手術が必要です。
  たこ。厚い死んだ皮膚の層で,足が頻繁にこすれないよう守ってくれます。エプソム塩を溶かした湯に浸ければ,軟らかくなります。しかし,感染を引き起こすことがあるので,切り取ろうとしてはなりません。
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普通の人の約15%は落ち着かないしぐさをする癖があると,カナダのグローブ・アンド・メール紙は述べている。研究者によると,そわそわした様子は「髪の毛をひねる,足で音を立てる,ひざなどを揺する,つめの先をいじるなど」の形で表われる。なぜそうした行動を取るのだろうか。トロントの依存症精神衛生センターの精神科医ペギー・リヒターの意見では,そうした定形的動作が一種の安心感を与える。一方,臨床心理学者ポール・ケリーに言わせれば,そわそわした態度は緊張感から来ており,自動的また無意識に生じて,ストレスでいっぱいの状況から人を解放する。専門家によると,「補充療法によってその癖を断ったり,少しずつ除いたりすることは可能である。そわそわした気持ちになっていることに気づいたら,他の事に注意を集中すればよい」と,同紙は述べている。
ヨーロッパではコウモリの売買および食用を禁ずる国際法があるが,英国の商店やレストランでは,コウモリ肉の違法な販売が行なわれている。「たいへん嘆かわしいことに,保護種のコウモリが殺され,密輸入されている。検疫のなされていない肉を食用にすることによる公衆衛生上の危険は言うに及ばない」と,世界自然保護基金のリチャード・バーンウェルは言う。アフリカの一部地域では,フルーツコウモリが長年たいせつな食料源とされてきた。マレーシアとインドネシアでは,フルーツコウモリの中でもきわめて希少な種が,その肉の取り引きゆえに激減している。また,セーシェルでは,コウモリのカレーが高級品とみなされている。しかし,ロンドンのサンデー・タイムズ紙によると,「ヨーロッパで需要のある絶滅危惧動物[はコウモリ]だけではない」。ベルギーの首都ブリュッセルのレストランは,チンパンジーの肉を出している。