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今回の話者：太郎ちゃんのパパさん

幼稚園に通う息子が近くの公園からこの石を拾って帰って来ましてね。「パパ！ハトさん！」って見せてくれました。

私はその石を見た時、激しい動悸に襲われました。こう胸を押さえて呻いたんですけど、そんな事息子は気付くはずありません。

息子は無反応の私を無視して石を掲げ「ポッポ、ポッポ」と叫びながら部屋の中を走り回っていました。

その姿を見て私は冷や汗が止まりませんでした。その日は殺されるかと思い夜も眠れませんでした。布団の中でずっとガタガタ震えていたんです。

冷静に考えれば、笑ってしまいますよね。息子が、それもまだ幼稚園の幼い子供が父親を殺そうなんて、そんなことするはずがないんです。

だから違うんです！そうじゃないんです。息子が悪いわけではありません。

私は息子を愛していますし、息子も私によく懐いています。

この鳩の石のせいです。

私はこの石を見た時、こう昔の事を・・・そうです。私の子供時代を思い出してしまったんです。

この石はあなたに預けても良いですか？私はこの石を持っているのが怖い。心がザワザワするんです。

捨てることも出来ません。また私のところへ戻って来るような気がして。

小さい頃私は内気な子供で友達がいませんでした。友達と外で駆けずり回るより、家の中で一人で漫画を読んでる方が性に合っていたのです。

空想癖もありました。

ある時父親と二人で近くの河原まで出掛けました。父は釣りをしていたと思います。私は釣りに興味がなかったので河原で石を拾って遊んでいました。

石の形は一つずつ違いますので、その形が何に見えるかを空想して楽しんでいました。

うちで猫を飼っていたせいかもしれませんが、私は動物が好きでした。だから石を見て思い浮かべるのも自然と動物が多かったですね。ウサギや犬、クジラなんかを思い浮かべては動物園のように区分けして遊んでいました。

その中に鳩の形に見える三角形の石がありました。鳩以外にもピストルやソフトクリームなどにも見えて私は気に入りました。

石遊びに飽きるとお気に入りの鳩の石をピストルに見立てて「早く帰らないと撃つぞ！」と父親を脅したり、お腹が空けば「これはソフトクリームだ」と言って食べる真似をしたりして時間を潰しました。

ようやく父親が「帰るぞ」と言った時には私はお腹が空き過ぎて動く気力もなかった事を覚えています。

私はその時お気に入りになっていた鳩の石をポケットに入れて帰りました。

その日の夜の事です。私は自分の部屋で持ち帰った鳩の石を眺めていました。何もすることがなかったので机の上に置いて言葉通りただ見ていただけです。

そこに当時飼っていた猫が入って来ました。

すみません。お茶を頂いても良いでしょうか。口の中がカラカラになってしまって。

ありがとうございます。

それで、ええ、猫が部屋に入って来たんです。その時私の頭の中で鳩を狩る猫のイメージが浮かんだんです。

この鳩の石で猫をじゃらして遊んでみようと思い立ちました。

石は重いですからね、紐で縛って動かす訳にはいきません。自然と手で動かす事になりました。

細かく素早く動くわけでは有りませんから、猫も詰まらないのでしょう。なかなか私の動きに乗ってきてはくれませんでした。終いにはプイとそっぽを向いて寝てしまいました。

私は猫に無視された事に腹を立てました。父親に付き合わされて河原へ行ったりして疲れていたから虫の居所も悪かったのだと思います。

猫の鼻先に鳩の石を持っていき無理にじゃれさせようとしたんです。それがいけなかった。

猫の方も腹に据えかねたのでしょう。怒って私の手に噛み付きました。

「痛い！」と叫んだ気がします。

頭の中が急激な怒りで真っ白になりました。

そして私は

私はですね、手、手に石を、こう、持っている事を忘れてしまったんです。

ただ、猫を、叱って、た、叩くだけのつもりだったんです。

わ、私は「痛いな！」と大きな声で叫んで、ね、猫を、あの、その、石を持ってる

石を持っている方の手で猫の頭を思い切り引っ叩いてしまったんです。

猫は「ギャッ！」というような短い悲鳴をあげました。

私の手には卵が潰れるような鈍く陥没した感触が残りました。

私の怒鳴り声か猫の悲鳴に驚いたのか祖母が足音も慌ただしく私の部屋にやって来ました。

部屋の状況を見ると祖母は一瞬怯みましたが、すぐに茫然としている私の元へ来てどうしたのかと優しく尋ね抱きしめてくれました。

私は体の力が抜けてしまい祖母に支えられました。それと同時に持っていた鳩の石がゴトリと音をたてて床に落ちたんです。そうしたら、それが合図であったかのように私は大きな声をあげて泣き始めました。

床には頭から血を流した猫が横たわっていました。カーペットが血で汚れていました。ピクリと足が動いたような気がしたのですが、祖母は死んでいると言いました。

私は泣きながらしどろもどろに祖母に状況を説明しました。「大丈夫、大丈夫」と言って祖母は私を抱き続けていました。

その後どうなったのか私はよく覚えていません。後日、家の庭の片隅に猫と鳩の石を祖母と一緒に埋葬したことはなんとなく覚えています。

祖母に謝りなさいと言われ、手を合わせて謝罪しました。

猫に関して両親から何かを聞かれた記憶は一切ありません。たぶん大人たちが話し合ってそう決めたのでしょう。

そのおかげで私は両親に気まずい思いをせず、普段通りの生活に戻ることが出来ました。

ただその一件で私の内面はすっかり変わってしまったと思います。

私はあの時のうちの猫に大変申し訳ない事をしたと後悔しています。罪悪感で苦しみました。

本当に苦しみました。

だけど、

だけど私は猫を、猫を、叩いた時の感触を何度も何度も思い出しました。

すみません。こんなに汗だくになってしまって。やはりこういう事を話すのは勇気がいるものでして。

ええ。正直に話します。思い出すのは罪悪感からではありません。私は楽しいと感じたんです。あの一瞬を思い出すとえも言われぬ快感が体の底から這い上がって来たんです。

もう一度やりたいと思いました。

私は今まで知らなかった残酷な自分の一面に酷く怯えました。

いけない事だと充分に理解していたつもりです。自分にも言い聞かせたつもりです。それでも記憶はふと蘇ってきました。その度に私に快楽をもたらしました。

私は叫び出したくなるほどに怖かった。自分が殺人鬼になったらと考えると体が震えました。

私は記憶が蘇り衝動が体を駆け巡った時は、絵を描きました。うちの猫を殴った瞬間の絵を描いたんです。そして、誰にも見つからないようにすぐに捨てました。

私は何度も何度も絵を描いては破り捨てることを繰り返しました。そうするとその記憶がだんだんと心の奥底へと沈んで面に浮かんでくることがなくなりました。

時間が経ち大人になっていくうちにすっかり忘れることが出来たんです。

そうです。ついこの前までその記憶は忘れていました。

記憶は蘇りましたが、生き物を壊したいとは思いません。そういう衝動はもう起きません。

私が心配なのは、この性質が息子に遺伝していたらどうしようという事です。

鳩の石が息子の手に渡ったのも偶然とは思えないんです。もちろん、あの時の石とは別物ですけど。

もし息子が急に衝動に駆られて私の頭を石で殴りつけたらと思うと心配で仕方がないんです。

私はどうなったって構わない。ただ息子には犯罪とは無縁な幸せな人生を歩んで欲しいんです。

この鳩の石を隠せば全てが解決するとは思っていません。それでもやはり息子の手からは遠ざけておきたいんです。見なくてもいい自分の一面を見せたくはないんです。

だからこの鳩の石を預かっていて下さい。私の目にも息子の目にも触れないように。

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