だから、嫌な事を言われたからと言って、他の誰かに言っては行けないのだ。
考え方は、人それぞれ。
誰かの行動にイラついている自分は、その嫌な人と何ら変わらない。
人は無意識に、自分の行動や考え方を誰かに認めて貰いたいと反応してしまう。
どうしても外に、自分の価値を求めてしまう。
嫌な人にも、出来事にも意味がある。
人生は、その度気づきながら、自分を磨いていく事に意義がある。
どんな自分も、今の自分を無条件に愛し始めた時から、嫌いな人も出来事も
いつの間にか少なくなって行くのだ。
今年の年末年始は、穏やかな季節の中、淡々と時間が過ぎていく。
こんなにも紅白を見ながら涙を流し、箱根駅伝を見ながら心が躍り、初詣に太陽が応援してくれる、そんな時は久しぶりだ。
昨年、未曽有の大災害を迎えてしまったあの時、私は心から念じ、何かを成し、行動する年にするはずだった。
だけど?
自分の心がどんな状態でも、起こる事は起こり、叶えられる夢は叶うのだ。
どんな出来事も、一見不幸に見える先に、実は劇的な喜びがある。
ピンチの先には、いえ、隣には、いつでもチャンスがしっかりと寄り添っているのだ。
全ての出来事に意味があるように、どの感動にも、意味がある。
どうせ、生きるなら、いつでも感じて生きていこう。
ちょっと傍らを見れば、道端には美しい花が咲いている。
少し上を向いたなら、透き通る青空が笑っている。
遠くには、雪を抱く、完全にそびえたつ富士があり、どんな自然災害にもあきらめずに、何度でも何度でも立ち上がる、日本がある。
どうせ生きるなら、日本を愛そう。
この国に今生きている奇跡を、かみしめよう。
幾度となく、様々な出来事にあっても、そこにある大切なものに思いをはせよう。
そう、どんな出来事にも、感動がある。
昨年暮れ大ヒットした、「家政婦のミタ」ではないが、
どんな家族にも温もりがあり、
全ての人に、幸せがある。
さあ、今年を思い切り笑おう。
歌おう。
そして、喜ぼう。