「長かったようであっという間の2週間だった。
 坪田先生をはじめ、君たちには、本当お世話に
 なりました。
 心から、感謝しています。
 今日が、最後ってことで、少し話を聞いてもらいたい。」
「えっ、何。」「いっぱいして。」「聞く、聞く。」
既にウルウルしている坪田先生に比べ、女子高生は興味深々だった。
尾上先生はそこで一度話を切り、サラサラの前髪を両手で上に
かきあげた。
「えつ」「嘘。」「怖い、」「でも、素敵。」
生徒がざわめくほど、先生の印象が豹変した。

「俺、高校の頃、すごくグレていた。
 触るものすべてを傷つけずにはいられない。
 世の中すべてが憎くて、人類なんて巨大隕石が落ちて全滅すれば
いいんだとガチで思っていた。
 俺自身、いつ死んでもいいってな。
 毎日、毎日、満身創痍になりながら、喧嘩に明け暮れ、
 ここら辺の高校のワルやヤンキーに恐れられていたんだぜ。
 ぶっちゃけ、女にも不自由しなかった。
 自分で言うのもなんだけどモテたんだが、どうにもならない
 女がいた。
 その女は、今この世にはいない・・・・・・・・。
 その女のことは詳しくは言えないが、約束させられた。
 『生きて。ちゃんと人生を生きて。
  できれば、私がなりたかった数学の先生になってほしい。
  まあ、これは君には無理かもね。
  でも、私は君の中で生き続ける。いつも一緒だよ。』
  死んでしまう前日、ベッドの上で、やせこけた顔、眼の下には
 クマができ、真っ青な唇でそう笑った。
  その笑顔が、俺には眩しすぎろ程美しくて、それが・・・・、
 最後の会話となってしまった。
  今だに、忘れることなんか、できない。
  俺は、葬式には行くことがどうしてもできなかった。
  あの子の死を認めたくなかった。
  あの子のいない人生が、怖かったんだな。
  前にも増して、喧嘩に没頭してしまった。
  しばらくしてから、やっとあの子のお墓に行くことができた。
  君たちもよく知っている樂央先生が説得してくれたおかげだ。
  俺、墓の前で、恥ずかしい話、号泣した。
  あれだけ泣いたのも、後にも先にも、初めてだ。
  だから・・、だから・・・、俺・・・・・・・・・。
  先生は、君たちには、今を一生懸命、生きてほしい。
  以上。最後まで聞いてくれて、ありがとうございました。」

 そこで尾上先生の話は終わったが、教室は物音一つしなかった。
 暫くしてから、パチパチと拍手が起こり、それは涙を呼び、
 感動の嵐となった。
「先生、ありがとう。」「俺、感動しました。」「私、真面目になる。」
 安藤、本田、丹沢の三人組はもちろん、他の生徒からも声が上がった。
 前髪を下した尾上先生は、そんな生徒たちを優しい瞳で見つめる。
 そんな中、先生と私の視線が一瞬、ぶつかった。
 『別に珍しくもないありふれた話じゃん。』と、私だけは変に
 冷めていたことに、気づいたのかもしれない。
 尾上先生の話を聞いて、真剣で苦しそうな表情を見て、今だに心が
赤い血の涙を流しているんだって思ったよ。
 でもさ、今だにその女のことを忘れていないことが、気に入らない。
 ズルいよ。その女。名前も知らないけどさ。
 私は、あの真っ赤なポルシェの女、百恵よりも、その女が憎かった。

 HRが終わって、尾上先生が他のクラスの生徒も加わり、もみくちゃに
されているのを冷たい視線で見つめた私は、サッサと教室を後にした。