「比嘉さん、お待たせしました。手術の用意ができました。」

私が駒沢さんとともに勢いよく病室の仕切りのカーテンを開けると、

そこには全身ブランド、歩くアクセサリーとばかりの美女がかいがいしく

坊主の体をタオルでふき、パジャマを着せ替えているではないか。

『この野郎。何が出家だ。こんな女を連れ込みやがって。

このエロ坊主が。』

私は、坊主の若い肉体、引き締まった若い筋肉にうっとりしている

駒沢さんを尻目に、心の中で毒を吐いた。

「初めまして。比嘉がお世話になっております。

今日は、宜しくお願いします。」

その美女が私たちに頭を下げてくれた。

その姿勢がまた舞台女優のように美しいのが癪に障ったが、

婦長である駒沢さんが、時代劇に出てくる奉行所の同心のように、

返すのが、面白かった。こんな駒沢さんを、初めて見た。

「これは、ご丁寧に恐れ入る。どうか、ご安心めされ。

手術は30分から40分ほどで終わります。

その後、手術室から別室にベッドを移動し、全身麻酔から

目覚めるまでお待ちいただきたい。

眼が覚めても、唾液が出たり、咳が出たりするので、介抱を

お願いしたい。では、後ほど。いざ、参ろう。」

「はい。」

私は、笑いをこらえるのが苦しかったが、素直に返事をして、

駒沢さんとともに坊主が寝ているベッドを病室から廊下に出し、

手術室まで長い廊下を引っ張り、直通のエレベーターに乗り込んだ。

駒沢さんの鼻息が荒いのは、私の気のせいではないであろう。

坊主はと見ると、合掌し、聞いたことのあるお経、恐らく般若心経を

静かに唱えている。

『ビビりやがって。坊主のくせに怖いのか。』

私は、心の中で馬鹿にした。

確かに、声帯ポリープ除去手術は、比較的簡単な部類に入るが、

危険性がまったくないわけではない。

手術の数時間前から絶食し、口の中をキレイに保ち、

オーダメイドのマウスピースをするのもそのせいである。

取り除いたポリープが悪性かどうかも検査しなければならないから、

大変だ。

『ふん。もっと、脅えるがいい。』

私は冷たい視線で見下していると、一瞬、坊主と眼があった。

『ヤバッ!』

そう思った瞬間、ありがたいことに、エレベーターがとまり、手術室の

入り口が見えた。

「さあ、着きましたよ。神のご加護をお祈り申す。」

駒沢さんもやはり女だったのか、美坊主に完全に舞い上がっている。

坊主に神のご加護をって、絶対におかしい。

髪ならわかるけど。

それぞれの思いは違うけれど、駒沢さんと私は、手術室で

スタンバイしているスタッフに坊主とベッドを引き渡した。