小生が,行者現役の時に,師匠によく言われたことがある。
それは,
山に入って修行したり,瞑想したり,マントラを何十万回,何百万回と唱えるよりも,
人から感謝された方が,はるかに尊いし,価値がある。それがなければ高い境地にはいけない。
ということだ。
ようは,菩薩行をしろ,ということである。

修行も大事だが,そればかりではだめなのだ。
 

小生の修行仲間で,真面目だけが取り柄という人がいるのだが,
非常に厳しい修行を今でも続けているが,実はあまり成果が出ていない。お金にも困っているらしい。

修行だけして自己満足に浸っているだけだからである。人との関りを避けているので,人のために何かをして,人から感謝されることもない。

小生も,今も修行はしているが,真剣にというよりは,楽しみながらおこなっている。気が乗らない時はやらない。
それで修行の成果は,上述の真面目な行者より出ているのだ。

小生は,個人投資家でもあるが,霊的な感覚を活かして,投資もうまくいっている。
そして,得たお金で,懇意にしている飲食店に仲間をたまに連れて行っては,飲み食いさせて,私が全員分奢ることもある。
全員に奢っても30万程度だがとても感謝される。ちなみに中華料理だ。


他にも,植木やら,石やらと,欲しいものがあれば,数百万程度なら躊躇なく使う。お店を買い支えてあげているのだ。店主からはとても感謝される。

人助けをしていると,自分が困った時は,すぐに駆け付けてくれる人がたくさん出来てくる。これは本当にありがたい。

何かを買う以外にも,霊的な相談や人生相談に乗ることも,今もたまにしているし,近所のゴミ拾いも定期的にしている。他にもいろいろな人助けをしている。


へんなスピリチュアルに傾倒している人のなかには,やたらと人助け人助けという人がいる。
その人達が考える人助けとは,だいたいが,霊的能力を身につけて,スピリチュアル系の商売でもしたいと思っている。しかし,
本物の霊的能力者というのは,実際には気軽に人を視ないものである。紹介でしか視ない人も多い。
その理由は,心身ともに大きなダメージを受けるからである。たくさんの人を視ればエネルギーは相当消耗するし,他人のカルマの影響を受けて短命になる。

巷の自称霊能者は,はっきり言って,偽物だから,たくさんの人をみられるのだ。みられるとは言っても,ただ人生相談に乗るだけだが。実際には霊能力などないので。小生は,そのような自称霊能者をたくさん知っている。

本当に霊能力のある人は,霊視鑑定を収入源にはしないものである。

その能力をビジネスに活かしたり,投資に活かしたりして,得たお金を,本当に困っているところに寄付したり,社会に役立てたりしている人が多い。これが本当の意味で人を助けるということである。