「生き様は,死に様」という言葉もあるが,本当にその通りである。

小生は,法類の寺から葬儀をよく頼まれるのだが,
亡くなった人をたくさん見ていると,明らかに,その人の生き様が死に顔に出る。
安らかな顔で,寝ているように見える死者もいれば,

苦しそうな顔をした死者もいる。

愛する家族に囲まれながら惜しまれつつ見送られる死者もいれば,
そうでない死者もいる。


少し前に,遺骨が高速道路のサービスエリアのゴミ箱に捨てられていたというニュースもあったが,
そのようなことをする遺族も遺族だが,死者も,そのようにされるような生き方をしてきたのだろう。


それと,人が亡くなると,死者から放たれる独特の波動があって,
その波動に引き寄せられて,ちょうど死体にカラスが群がるように,付近にいる浮遊霊が寄ってくるのだが,
安らかな顔の死者に比べて,苦しい顔の死者の周りにはたくさん浮遊霊が寄ってくる。同じような低い魂の浮遊霊が寄ってくるのだろう。

幸せな人生を送ってきた人は,最後も穏やかに死ねる。そして来世も幸せな世界に生まれ変われるが,
不幸な人生を送ってきた人は,最後も苦を伴いながら死んでいくことが多い。来世も同じような世界に生まれ変わることになる。
死に顔を見れば,だいたい分かるものである。

来世を変えるには,魂磨きによって,魂の波長を変えるしか方法はない。

もちろんだが,今世での,先の未来を変えるにも,魂の波長を変えなければ不可能である。変えないと,同じ人生を繰り返すだけである。いくら神様仏様と神社仏閣で祈っても,そんなことくらいでは何も変わらない。