ベビーカーのテスト(昭和52年)
ベビーカーのテストでは実際にこどもを乗せて歩道の段差を乗り越えたり、上り坂や下り坂、砂利道を通ったりとあらゆる道を押して歩きました。
その距離、一台につき300キロメートル。
(映像が残っている。花森氏、鎮子さんの映像も残っている)
メーカーもしない実験をするからこそ辛口の批評も自信を持って掲載できたのです。
高島
メーカーさんとしても死活問題だし、苦情はもちろんありましたよね。
こぐれ
一雑誌がえらそうに。素人がなにを言うか。営業妨害だというのがいろんな企業から言ってきて。
はじめはだいたい応対が鎮子さんなんですよね。
企業が来たらば、こういうふうに私たちはちゃんとやりました。という。
そういうときに花森さんが必ず言ったことが、「もし、あなたがたかいい商品を作ってくれたらば、必ず新しく改良した商品をもってきなさい、と。それをテストしてよくなったらばかならずそれを掲載しましょう、と。
言ってきたひとはたいていすごすごと帰って行きました。
高島
なにもいえないですね
企業に対する遠慮を避けるため、暮しの手帖は創刊号から一貫して広告を掲載していません。
いまも続く大方針です。
のちに鎮子は雑誌のインタビューでこう述べています。
広告をとらないと
会社が潰れるのでは
と言う人がいるが
むしろ私は広告をとると
潰れてしまうと恐れている
前代未聞の商品テストは暮しの手帖の名物となります。
ベビーカーのテストでは実際にこどもを乗せて歩道の段差を乗り越えたり、上り坂や下り坂、砂利道を通ったりとあらゆる道を押して歩きました。
その距離、一台につき300キロメートル。
(映像が残っている。花森氏、鎮子さんの映像も残っている)
メーカーもしない実験をするからこそ辛口の批評も自信を持って掲載できたのです。
高島
メーカーさんとしても死活問題だし、苦情はもちろんありましたよね。
こぐれ
一雑誌がえらそうに。素人がなにを言うか。営業妨害だというのがいろんな企業から言ってきて。
はじめはだいたい応対が鎮子さんなんですよね。
企業が来たらば、こういうふうに私たちはちゃんとやりました。という。
そういうときに花森さんが必ず言ったことが、「もし、あなたがたかいい商品を作ってくれたらば、必ず新しく改良した商品をもってきなさい、と。それをテストしてよくなったらばかならずそれを掲載しましょう、と。
言ってきたひとはたいていすごすごと帰って行きました。
高島
なにもいえないですね
企業に対する遠慮を避けるため、暮しの手帖は創刊号から一貫して広告を掲載していません。
いまも続く大方針です。
のちに鎮子は雑誌のインタビューでこう述べています。
広告をとらないと
会社が潰れるのでは
と言う人がいるが
むしろ私は広告をとると
潰れてしまうと恐れている
前代未聞の商品テストは暮しの手帖の名物となります。