第7週触らぬ神に祟りなし
※ドラマ内でとくに表記がある以外の月日は私が勝手に決めたものです。
【第38回】11月11日放送
1920年(大正9年)
【11月08日(月)】
マッサンとエリー、二人で家主宅訪問。家賃を待ってくれるよう頼む
【11月09日(火)】
一回目の英語教室 大地主で家主の野々村家にて
【11月16日(火)】
二回目の英語教室 マッサンとエリーの家にて
【11月23日(火)】
三回目の英語教室(英語教室を始めてから二週間がすぎました。映像なし)
【11月24日(水)】
うたごえ教室 エリーはお手伝いで参加 鴨居商店の黒沢が訪ねてくる
今日の放送分
※
★長女、おねえちゃんのつらさ
エリーは一番上のおねえちゃんだったから「我慢しなさい」
幸子
「幸子もいつもおかあさんに『おねえさんなんやから我慢しなさい、しっかりしなさい』」
エリー「幸子の気持ち、すごくわかるよ」
「おねえさんはいつもしっかりしなさいいわれて大変だね」
「だけど幸子はナツのこと、好きでしょ」
幸子「うん」
★幸子、エリーに自分の気持ちを話す。
新しいおかあさんになった由紀子さんのことは「きらいじゃない」
(「おかあさん」と呼びかけることができないのは)
「幸子のおかあさんは「おかあさん」だけやから」
「由紀子さんのこと好き。だけどおかあさんとは違う」
「おかあさん、どっかで見てるもん」
「幸子が由紀子さんのことを『お母さん』て読んだら「おかあさん」かわいそうやろ」
エリー黙って肩をだき、頭や体をさする。
エリー「幸子、おかあさんに会いたい?」
幸子「うん」
エリー
「エリーのお父さんも、病気でしんじゃったんだよ」
「たくさん泣いたよ。毎日毎日」
「だけどね。おねえさんなんだからしっかりしなさいって」
幸子
「幸子もおかあさんが死んだ時お父さんに同じこと言われた」
★エリーが幸子に一人の人間として生きていいと話す
エリー
「だけど、幸子」
幸子の前に座り顔を見上げるようにして
「いつもしっかりしてなくてもいい」幸子「なんで?」
「悲しい時には泣いていい」「怒りたいときに怒っていい」
「おねえさんも妹も同じ人間」幸子「ほんま?」
エリー
「(エリーと幸子は)同じおねえさん」
(顔を見合わせてうなづく)
「じゃあ、今度困ったり泣きたくなったらエリーに、言って」
幸子
「うん。ほな、エリーも幸子になんでもゆうて」
エリー
「ほんと?ありがとう」
★千加子さん(マッサンの姉)もうすぐベビー生まれる
★エリーの少女時代の回想(全編英語、字幕入り)
「おねえさんなんだからがまんしなさい」と言われへこんでいるエリー
お父さん
「往診に行くんだけど一緒に行かないか?」
「ママはエリーのことが大好きなんだ」
「まだヘレンが小さいから」
「わかっているだろ?」
エリー
「わかってる」
お父さん
「(よし、それでいい)さあ一緒にドライブ行こう」
エリー
「帰りにビスケット買ってくれる?」
お父さん
「もちろん。ただし、お母さんとヘレンには内緒だぞ」
★エリーの回想。父が病に伏している。ベッドのそばに若いエリー
お父さん
「エリー、いろいろありがとう」
「感謝しているよ」
「パパが病気になってから本当によく世話をしてくれた」
「だけどその必要もなくなる」
「パパが天国に行ったら」
「どこでも好きなところへ行って」
「やりたいことをやりなさい」
「失敗してもいい」
「間違ったらやり直せばいい」
「お前の人生はお前のものだ」
「いいかエリー」
「人生は冒険旅行だ」
「悔いなくいきるんだよ」
★エリー「マッサン。ウイスキー。早く作ろうね」←そこ大事!
天国のお父さんに向かって「わたし、冒険してるよ」
※
今日の回のために今まで「マッサン」を観てきたのかと思えるほど
私にとっては大事な回でした。
まずエリーが幸子の気持ちを聞く場面。
ここでお説教めいたことを言ったりせず、
共感を示しながら聞くことはとても難しいです。
ここで受け止めてもらえたから本音である
「おかあさんどこかで見てるもん」
「由紀子さんのことを「お母さんて」よんだら「おかあさん」かわいそうやろ」を
ひきだすことができたのだと思います。
なぜ「おかあさん」と呼べないのか。
理由を言おうとすると泣きたくなっちゃうし
お姉さんだからしっかりしなければいけない、
自分の気持ちを声に出さず飲み込んできたから
そうするのが習い性になってしまってるから
お母さんがなくなって悲しいと言えないで来たのです。
エリーに
「いつもしっかりしていなくていい」と言われ「なんで?」と問う幸子。
「お姉さんも妹も同じ人間」と言われ「ほんま?」と問う幸子。
この「なんで?」と「ほんま?」が今日一番悲しかったです。
幸子にとっては疑問にも思わないくらい普通のことになっているのです。
おねえさんだからしっかりしなくてはいけない。
おかあさんが亡くなって悲しいのに泣いてはいけない。
新しいおかあさんをおかあさんと呼ばなくてはいけない。
強制するお父さんが嫌いな時あるのに怒ってはいけない。
これを続けて行くと自分で自分の感情がわからなくなります。
幸子が無表情で無反応になっていたように
自分の感情さえも誰かにコントロールされてるような感覚になります。
「あなたはあなたの思うままいきていいんだよ」と言ってくれるエリーに出会った。
これは幸子にとってほんとうに大きな出来事だったと思います。
※
エリーの少女時代とエリーのお父さんの話。
エリーも小さなころから「おねえさんだから我慢しなさい」と言われて育ちました。
ごく最近でこそ少なくなってきたけれど、
きょうだいがいるひとは生まれた順番によって
いろいろ複雑な思いがあることと思います。
下には下の、まんなかにはまんなかのつらさがあると思います。
だから一番上だけが格別つらいといいたいわけではありません。
また親がそうやって子どもを育てるのもわかるところもあります。
「年齢が上なのに同じレベルでケンカしないで」というわけです。
ただ、たいていの場合、親はエリーのお父さんのようなフォローがないことが
悪い影響を及ぼしているのだろうと思います。
エリーのお父さんのようになぐさめてくれたり
連れ出して、特別扱いしてかわいがってくれたり
愛しているんだよと伝わるように態度で示してくれる。
ここが足りないとこどもは生まれた順番にかかわらず不満に思う。
叱られっぱなし、我慢のさせっぱなし、
そして自分以外のきょうだいが良い立場にいるようにみえること。
それが不満のもとですよね。
エリーのお父さんのフォローは愛情を感じさせてくれるものでした。
エリーが子どもたちをかわいがり、接し方が上手なのは
お父さん譲りでもあり、こうした経験があるからだと思います。
※
若いエリーと病気のお父さんの話。
病床でエリーに言った言葉はエリーのことを尊重していないとなかなか言えません。
たいていは「おまえは一番上なんだからお父さんがいなくなったら、
おかあさんの支えとなって、きょうだいたちを助けなさい」ではないかと思います。
下の子はまだ小さいんだからと家に縛り付けるようなことを
言ってしまいがちだと思います。
おかあさんが結婚を反対したのはエゴからではなく
体の弱いエリーを心配してのことだったと思いますが。
人生は冒険だ というとき should be を使っていました。
Life is an adventure. ではなくて Life should be an adventure. って言ってましたよね。
ここを伝えたくて字幕にしたのでは、と思うほど印象的でした。
間違ったっていい、やり直せばいいって言ってくれるお父さんの言葉があったからこそ
エリーはマッサンと一緒に日本まで来たんですね。
※
実は何をやってもうまいマッサン。子どもの相手も上手でした。
「うちの姉ちゃんもほうじゃったのかのー」というマッサンに
「そりゃーマッサンのような弟じゃったらさぞかしたいへんだっただろうのー」と
突っ込みを入れたひとも多かったのでは。
英語をさりげなく教えながらナツの相手が実にうまかったです。
※
エリーが幸子の話を聞きながら、時々幸子の言葉を反復しているのが
共感していることを伝えるのにとてもよいと思いました。
※
ただ、エリーのお母さんの不在が気になりました。
お父さんがエリーにこういうことを言ったことをお母さんは知っているのかいないのか。
知ってて日本に行くことを反対したのか。
知らなくて反対していたのか。
自分がお母さんの立場だったら、嫌だなと思いました。
知らないところで子どもにこういうことを言って、
事情がわからないうちにこどもの人生の邪魔をしているとなったら嫌だ。
だから第一週で母親の反対を見せた時に
「だってお父さんだって「人生はアドベンチャー」って言ってたよ」という場面は
あってよかったと思います。
それでもなお、体が弱いエリーが心配。
気候の違う国へ出すことが心配を見せたらもっとよかったのでは。