映画プラチナデータの内容に触れています。


一回観ただけなのでセリフや状況に間違いがある可能性があります。


感想や推測は私の主観です。




原作小説と映画で違う点は、なんといっても








犯人の性別と動機、犯行方法でしょう。


なぜ、変えたのか、変えることで何を伝えたかったのか。


原作でなぜ神楽は二重人格として登場するのでしょうか。

二重人格とはどういうものなのでしょうか。


それは同じ身体を共有しながら、違う人格、違う人生を歩むというもの。

同じ身体を共有するということは、同じDNAを持つということ。


もし生まれ持ったDNAが人生を決定してしまうのなら

二重人格はどう説明すればよいのでしょうか。


映画では最後である人が書いた手紙の中に次の一文がでてきます。

「これはDNAからのメッセージなのではないか」



原作の犯行は小さなお子さんが観るのには

そぐわないものかもしれないと思わせるものがありました。



映画では犯人に母性愛を持たせ、完璧な遺伝子を持つ子どもをと望む動機に変えました。

このことでよりいっそうメッセージがストレートに伝わったと思います。


犯人の考え方は裏を返せば、完璧ではない遺伝子を持つ子はいらないということになります。


これはいじめにもつながる考え方ではないでしょうか。

真のプラチナデータだって、選民意識があって生まれたものなのでは。


DNAは人生を決定するものではない。

どんな人でも自分の人生を生き、夢を叶えることができる。

メッセージを感じました。