監督が ほんとうに描きたかったのは
今回 語られることのなかった りえさんの物語で
とてもひかえめながらも 一年を通して
りえさんが ゆっくりと癒されていく様子が 描かれていると思う。
彼女が 長い間抱えていた 心の傷がどういうものか、
実際には何があったのか わからない。
太陽のような強烈な個性に照らされて、
もしかしたら 自分がなくなったと
感じていた時が あったのかもしれない。
太陽のような温かい人柄の人がそばにいて
たくさんの ギフトを もらってばかりいるものだから
もしかしたら 何も返せない 自分は非力だと
否定感に打ちのめされたことが あったのかもしれない。
なんて、想像する。
誰だって、人生が行き詰っているように感じた時には
負の感情を抱くときだってあると思う。
ひとは 一人で生きているのではなく
一方的に 与えられてばかり いるわけでもない。
自分がからっぽのように思えて
立ち上がれないように思う時
自分が自分の中心にいなくて
どうすれば いいのかわかならくなる時は
毎日の 暮らしの中で
今、自分ができること を ていねいに していく。
滋養に満ちた 大地からの贈り物を
大切なひとたちと 分け合って いただく。
そうしていくうちに ゆっくりと
自分にとって 大切なことは 何か。
自分とは 何か に気づいていく。
自分が何かということに 気づいて初めて
自分も照らすことができるのではないかと思う。
自分が照らされて、自分が照らす。
共生、共存の物語。