くもりのちはれ。

暑めだけど冷房なしでいけるくらい。


今日は午前中から晩ごはん用の2品を作って、その後1食目を食べた。

安定のオートミールとヨーグルト。

先日たくさん送ってもらったブルーベリーを冷凍しておいたので、ざらざらっと追加。

キャベツも食べた。

もう変わり映えなさすぎてすごいな。


結局とれた野菜たちは少量の油でひたすら焼いて焼き浸しにした。

夕食時には染み染みうまうまになってることでしょう。

あとは宣言どおり大量のピクルスも漬けた。

あとは主食だけこれから作る。


ほんとはこれ昨日の予定だったのだけど、昨日は親戚の葬儀があって送り迎えなどをしたので夕食は出来合いで済ませてしまったのだった。なので今日。



午後からは仕事。

なんていうか、文字なんだけど目の前に映像がありありと浮かぶし、聞こえないはずの音も聞こえてくるようで、物語を描くってこういうことだよな、と思ったりしてる。

考えさせられることも多くて、ずしんと重たいものを手渡されたような感覚。

あまりに重い場面に遭遇して一段落したところで、早めに休憩をとった。

これは少し時間を置かないとしんどすぎる。




ここ最近、この方の投稿がよく目に留まって思考する時間がなかなか長くなってしまう。



何年も前からフォローしていたけど、あるときから彼女はXを離れ他のSNSを利用することにしたらしく、それからは見かけることが少なくなっていた。

たぶん、宣伝することがあって一時的に戻ってきたのだと思われるけれど、毎度のことながら今回も誹謗中傷に晒されているようだ。



こんなコメントが数え切れないほどある。

個人にどんな思想があって、誰かや何かに対して批判的な考えを持つかは自由だと思う。
わたしにだって好き嫌いはあるし、批判の気持ちが生まれることだってある。
だけど、それを本人にぶつけてよいとは全く思っていない。
ひとにはそれぞれの生き方や考え方、たとえ変えたくても変えられない背景などがあって、それを否定する権利は基本的にはないと思っているから。

ましてや「ゴミ」「寄生虫」「害人」などおおよそ他者にぶつけてはいけない言葉を公の場で吐くなどということは知性の欠片もない行為で、思考を放棄したも同然とすら思う。
そう思うこともまた差別ということになるのかもしれないけど。

偏りすぎた思想を持って、それが正義と信じてそこから外れた他者を排除しようとするのって、何を目指した行為なんだろう。
排除した先に幸せな未来があると本当に思ってるんだろうか。

たまたまじぶんが今ここにいて、たまたま得た出自を振りかざして「お前にないものをじぶんは持っている」と言うことを恥ずかしく思うのって、普通に持っている感覚じゃないんだ。


どこにも属していなくても、何も持っていなくても、ひとが持っていないものを持っていても、不完全なじぶんが今存在を許されているように、誰もが許されるべきだとわたしは思う。


もちろん個人的な感情によって許せない存在がいたとして、許さないという選択をすること自体は自由だけど、そのことで苦しいのって、実は許すことのできない本人なんだと思う。

囚われ続けて生きていくのって、本当につらいことで、その思考のせいで制限される言動もたくさんあって、まさに不自由。

自由を求めて自分自身が不自由になるという矛盾。


まぁ、それも当人の選択だし、そういうひとがいることは普通のことだとも思うけど。


わたしもよくある。

じぶんの考えに囚われて視野が狭くなって判断を誤ることが。

たとえ一時的なものだとしても、それでひとを傷つけていいはずがない。

許されなくても仕方ないとも思う。




ときに、出版業界各社は「差別はない」というスタンスを基本的にはとっている。

たぶん聞いても、差別なんてないので、どの言葉が差別に当たるかも教えてくれないし、用語集みたいなものももちろんないですよ、と返ってくるはずだ。

でも、個人の表現には意図するしないに拘わらず差別表現は紛れ込むわけで、悪意があるものは世に出さないよう修正しないといけない。

ということは、「これは差別表現である」という認識は確実にあるわけで、なんなら用語集も実在する。

軽いパラドクスみたいな話だけど、「ある」のに「ない」とか「ない」のに「ある」ということが発生する。


差別って、だいたいは無知から生まれる気がする。


情報を自ら得て、フラットな視点で考えるということは、なにごとにおいても大切だと思う。


偏りまくったやばい年寄りにだけはならないようにしたい。

かといって、無知で思考すらも放棄した人間にもなりたくない。

ほどよい状態を保つって、もしかしたら相当なつよつよ能力なのか。



などと。

すごい頭の中身を垂れ流してしまった。

まぁいいか。

こはん作ろう、今日も今日とて。