環境の創り手になるということ。 | いつも本気で。

環境の創り手になるということ。

『水は方円の器に随う』

かの孔子が弟子に語った話からうまれた故事成語です。
 
「君子というのは水を入れる器のようなものです。そして、人民というのはその器の中の水のようなものです。鉢が方形ならば水も方形になり、鉢が円形ならば水も円形になります。政治家も人民も、そのことを十分理解しなければなりません。」

おおよそ、水すなわち意識や人格や心持ちといったものは、環境という身を置かれる器により多様に変化するため、人々を良い方向に導こうとするのであればまず良い環境を創出する必要があるという意味合いでしょう。

この話を聞いた時、AさんとBさんはそれぞれ次のように考えたとします。

・Aさん
「なるほど、上手くいっていないのは自分がおかれている環境のせいか。それじゃ自分にとって良い環境に身を置かなきゃな」

・Bさん
「そうか、それじゃ私が良い環境を率先してつくろうとすることが皆の意識を変え、ひいては自分にとっても良い環境を創ることにつながるのか」

どちらかが決定的に間違っているわけでも無ければ、正解があるわけでもないでしょう。

ただ、『自信の成長』に目的をフォーカスした場合、どちらが目的達成に近いでしょうか。

僕は、当事者意識を持つこと、創り手であるという自覚を持つこと、仮説を持って行動を起こし自分にフィードバックをもたらすことが成長への近道ではないかと最近よく思います。