あくまでも主観でその人によるけど、「私は分かってますよ。愛があるから教えてあげます」って上から目線の人って自分と他者に優劣をつけている自覚があるのだろうか?

「崇拝」する人から聞いたそのままのことや論理的じゃない自分の妄想を「上から目線で教えている」か、学びと経験を元に本当に分かっていて謙虚な姿勢で「伝えている」か、文章を読めば一目瞭然。

スピリチュアルなことを語る人のブログを見ると本当に様々。

主義主張が異なるのはそれぞれの自由だし、全ての人が納得する思想などないけど(真理は一つだが)、人として基本的な、自分と他者は対等だという意識や他者を尊重する姿勢を蔑ろにする人は全人的な能力に欠けると言える。

 

 

心理学とスピリチュアルを融合させたカウンセリングやコーチングをよく見かける。子育て系でも心理学と引き寄せの法則や宇宙の法則を混ぜたものもある。

個人的に、「心理学+スピリチュアル」って水と油だと思うから、胡散臭くて好きじゃない。

その種の使い手で、カウンセラーの肩書があれば上からモノが言えると勘違いしてるオバハンが中にはいる。

たかだか100~200時間程度の講義・実技で取れる世間的認知度の低い民間資格などなんの説得力もない。プロフィールにそんなものを載せて自分の正当性を証明できるとでも思っているのだろうか?

汗水たらして実践し続けたり猛勉強した末に取った認知度の高い資格が説得力を持つ。

 

昔、学校のカリキュラムで心理学の科目がいくつもあって、各種心理学のテキストを勉強して、心理療法の実技も少ししたが(臨床心理学、社会心理学、統計心理学、スポーツ心理学、行動心理学、学習心理学、発達心理学、教育心理学etc.)、心理学を学んだだけで色んな人の、魂から出ているような苦悩なんて分かる訳がない。

 

よく分からないカウンセラーに答えられることは俺でも答えられる。一般大衆の理解力を侮るなと言いたい。こっちは気を使って下手に出て分からんフリをして迎合してるだけや。

痛い所を突かれるのと、上からモノを言われている違いぐらい分かる。

 

 

10年前、恩師からのメールに、

「社会科学では説明つかない、神様を含めスピリチュアルなこと、そして人と人の紐帯などを考えていきたい。<中略>プロテスタンティズムから生じた、近代科学としての心理学というのは違和感を感じているのだよ。心理学を語るならば、むしろ儒学。朱子学、仏教、あるいはパウロを語るのが心理ならぬ『真理』だと思う」(原文ママ)

と書いてあって、その時はピンとこなかったけど、今なら分かる。

(10年以上前のメールも残している)

心理学って無機質でドライなもので、学びはあっても「教え」はない。古から伝わる仏教の教えや哲学とは根本的に性質が異なる。よって、心理学とスピリチュアルの融合には無理があると考える。

まぁ、そんな歳まで分からなかった自分もどうかと思うが・・・。

 

スピリチュアルって何が正しいか分かりずらいし、「言い切った者勝ち」みたいなところがあるから惑わされやすい。

生き方や人生の営みについて大風呂敷を広げて教えるなら、論理的に学んだことの研鑽や人間性、謙虚な姿勢がないと信頼を得られないし、人はついてこない。その人は本物じゃないと見なされる。

人は自分が未熟だと思うから、スピリチュアルに答えを見出そうとするのであって、スピリチュアリストにはそういう覚悟がないと胡散臭い人間でしかない。

 

 

 

屋久杉のブレス

屋久杉のブレスレッド