DJおむのブログ(仮)
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コミュニティFMのラジオ番組に参加して

1,ボランティアスタッフ結成

自分はラジオパーソナリティーを職業として生きていきたかったのですが、それは叶わなかったものの横須賀エフエム放送(FM Blue 湘南 78.5MHz)が1994年12月に開局することになり、その年の10月頃にボランティアスタッフ募集が発表されたので、自分は即応募し、ボランティアスタッフ(FM Clue785)が結成されました。

2,「ペリーアイランドクラブ」

FM Blue 湘南が開局した翌年の5月~9月まで、FM Clue785のメンバーのみで作る番組枠が出来て、ボランティアメンバー5~7人で制作し、自分も参加することになりました。
番組のタイトルは「ペリーアイランドクラブ」で毎週日曜日14:00~15:00の時間帯で生放送で行われました。
番組の内容は横須賀市内のイベントやお店紹介をメインに自分は「足で伝える交通情報」コーナー担当で、外に出かけたリポーターがスタジオ近くの車の混み合うスポットから実況中継をしてもらい自分はそれを受けて交通情報センターからの情報や自動車に関するプチ情報伝えることをしていました。

この時のエピソードは、通常ラジオ局に交通情報センターから定時に送られてくるのですが、自分達の担当する14:00~15:00の時間帯は原稿がない時間帯だったので、自分が交通情報センターに直接電話して問い合わせたり、センターのテレフォンサービスで調べたりして原稿を起していました。
この作業をしていたある日の日曜日に「京急線のとある駅で異臭騒ぎが起きた」と言う一報を知ることとなり、ラジオ局の社員に伝えた上で自分たちの番組内でも伝えたということがありました。

3、「ミュージックファイル」

自分は「ペリーアイランドクラブ」終了後、後継番組の「Two Lines Trip」のAD(アシスタントディレクター)をしながら「コミュニティーブルー湘南」(11:00~13:00)内の「ミュージックファイル」と言うコーナーでMCを数回担当しました。
「ミュージックファイル」はMCが「この時にぴったり自分がハマったアーティストにスポットを当ててアルバムの曲を紹介する」というコーナーで、自分が初めてこのコーナーで取り上げたアーティストは当時ミノルタ(現コニカミノルタ)のカメラのCMソングだった「太陽・神様・少年」と言う歌を歌っていて、現在はシンガーソングライターソムリエとして活躍している野田幹子さんを取り上げさせていただきました。
その後もまだ日本では有名ではなかったビビアン・スーやSister of su(徐姉妹)永井真理子さんなど何人かのアルバムを紹介しました。

4,まとめ

その後自分は仕事の都合などでボランティアスタッフを離れることになったのですが、コミュニティFMでの経験は今のPodcast番組でも生かされている部分がありように思います。

FM ブルー湘南 ‐ 神奈川県横須賀市・三浦半島のコミュニティFM局
【公式】野田幹子 Official Web Site
ビビアン・スー【JP】(@vivianhsujp)さん / X
シスターズ・オブ・シュー/S.O.S (Sisters Of Shiu)/姐妹情深 (台湾) ...
永井真理子 | ソニーミュージックオフィシャルサイト

DJおむ的新宿西口散策

先日、書店巡り⑥ (紀伊国屋書店 新宿本店)の様子を見に行った際、ついでに自分が専門学校に通っていた街の様子を散策してみました。
自分は「専門学校 東京アナウンス学院」を2回卒業しました。と言うのも高校卒業後、日曜クラスの「アナウンス本科」という1年クラスがあり、この時は本屋のバイトをしながら、実家あった横須賀から週1回通っていました。
このクラスを卒業した1年後に「放送演技専攻科」という夜間1年クラスに再入学し、そのときに初めて一人暮らしをしました。
その時の詳細は「はじめて一人暮らしをした時の思い出」で大体のお話をしましたが、学校は新宿西口にあり、仕事終了後、18:00~20:00まで授業を受けていました。

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新宿中央公園から見た新宿西口の風景

学校は新宿中央公園の下の十二社池の下にあり、学校に行っていた当時は、まだ奥に見えているコクーンタワー(モード学園)も東京都庁もなく、都庁の立っている一角には劇団四季の「CATSシアター」のテントが建っていました。

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旧アトリエクマノ校舎(現42Tokyo)

自分たちが受けていたのは本校(中野に校舎があります)ではなく、アトリエクマノ(クマノ校舎)で授業を受けていたのですが、現在は校舎が移転し現在はDMM,comが運営している「42Tokyo」というプログラミングスクールの校舎になっています。
因みにこの建物の上に「熊野神社」があり、学校の校舎になる前は熊野神社の結婚式場として使われていました。

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新宿5丁目校舎 TAGTAGシアター

 

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TAGTAGシアター全体像


アトリエクマノの機能はどこに移転したかと言うと、そこから徒歩10分ぐらいのところに「新宿4丁目校舎 TAGTAGシアター」と言う形を変えていました。(写真では全体像が分からないので校舎の全体像を載せました)

キャンパスライフ|専門学校 東京モード学園
東京の声優・俳優・配信者・歌手・ダンスの専門学校|専門学校東京アナウンス学院
42 Tokyo フランス発のエンジニア養成機関

 

自動販売機から考えるキャッシュレスの話

今回、自分は「キャッシュレスの最低チャージ金額がなぜ硬貨(10円)からでも良いのに1000円なのだろう?」と思いから始まり調べてみました。

 

① 日本の自動販売機

テレビを見ていてインバウンドで来日した外国の人達が日本の自動販売機に驚く場面を見かけます。それは海外に比べ日本の治安が良いので街中のあちこちに設置されていて「冷たい飲み物」と「あたたかい飲み物」が同じ機械から出てくると言うことから「日本の技術はすごい」ということに驚いているようです。
しかし、その一方で(特に飲み物の)自動販売機が減ってきていると言われています。
原因は自販機で飲み物を購入するよりも、スーパーやコンビニで飲み物を購入した方が安く購入できるからです。

②キャッシュレスの進化

また、近年現金で商品を購入する人よりもPayPayやd払い、楽天Payや楽天Edyなどのキャッシュレス決済を利用する人達も増えています。
そういうことから(飲み物の)自販機業界もCoke on(日本コカコーラ)やジハンピ(サントリー)と言ったキャッシュレス対応の自販機を設置しています。

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ジハンピの自動販売機
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Coke onの自動販売機

③主なキャッシュレスのチャージ金額

キャッシュレス(paypay  d払い 楽天payなど)を使うためには、現金をチャージしないと使えないのですが、一部(銀行ATM、私鉄の駅の券売機など)を除くとチャージできる最低金額が1000円のところが多く、チャージする場所もクレジットなどのオートチャージを除けばコンビニATMでチャージするので、紙幣が良く使われるために硬貨を利用する機会が減ってきています。
なぜこういうシステムになっているのか?と言うと資金決済法と言う法律に基づき前払式支払手段は原則として払い戻しが出来ないと定められているためキャッシュレスの最低チャージ金額が1000円に設定されています。
また支払いは1円単位で出来るために端数が残高に残ることがあります。

④鉄道会社の場合はどうなっているのか?


しかし、私鉄(PASMOなど)の券売機ではチャージできる最低金額は10円から、JR(Suicaなど)の券売機では最低チャージ金額は500円からとなっています。

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私鉄(東急電鉄)の自販機

 

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JRの自販機


これは私鉄(PASMOなど)それぞれの会社で距離が違う関係から細かい金額を扱うことが前提になっているため10円からに、JRは全国相互利用を前提にして紙幣主体に券売機を統一させるために最低金額を500円からにしたそうです。
また、一部の私鉄ではクレジットカードで直接改札に入り支払うことが出来ます。
なお、モバイルSuicaは2026年の秋に「Teppay(テッペイ)」に変わり、モバイルPASMOは2027年春に合流することになっています。

④まとめ


今回は自動販売機を元にキャッシュレスのことを考えてきましたが、飲食店や普通のお店(コンビニ、スーパーなど)でもキャッシュレスが利用出来るので、それはまた別の機会にお話ししたいと思います。

この話に関連した話ですが、2008年に自分が中国の深センに旅行した際に、まだ中国もキャッシュレスは進んでいなかった時期でしたが、紙幣の流通が進んでいて硬貨はあまり使われていませんでした。

Coke ON(コークオン)- おトクで楽しいコカ・コーラ公式アプリ
ジハンピ|サントリー
PASMO(パスモ)-電車も バスも PASMO
Suicaトップ:JR東日本
teppay(テッペイ)公式サイト:JR東日本

書店巡り⑥ (紀伊国屋書店 新宿本店)

今回は書店巡り⑥として、「紀伊国屋書店 新宿本店」 についてお話ししようと思います。

「紀伊国屋書店」は1927年に田辺茂一と言う人が、東京都新宿3丁目の地に開業しました。
因みに「紀伊国屋」と言う屋号は、田辺氏の実家が紀州備長炭の問屋をしていた店名の屋号から名付けられたものです。(紀伊国屋文左衛門とは関係はありません)
その後、1956年に大阪営業所を開設したのを皮切りに、日本全国に店舗を展開し、1969年にはアメリカ合衆国のサンフランシスコに海外第1号店を出店させて、現在では国内92店舗、海外43店舗、そのほか大学などにあるブックセンターが80店舗があります。

 

行き方は、JR、小田急線、京王線、東京メトロ丸の内線の新宿駅の東口、東京メトロ丸の内線、副都心線の新宿三丁目駅から徒歩5分のところにあります。
現在の新宿本店は1964年に建てられたもので地上9階、地下2階となっていて、2023年に耐震補強工事を終えました。4階には「紀伊国屋ホール」があり、演劇を初め、落語、イベントなどが頻繁に行われています。(なお、新宿駅南口にある「高島屋タイムズスクエア」には洋書専門店の「Books Kinokuniya Tokyo」と「紀伊国屋サザンシアター」があります。

 

売り場は各階分野ごとに分かれていて検索機も各階に設置されていて、1Fの一部とB1Fには「名店街」があり文具売り場や飲食店が多く入っています。
会計は各階にレジがあり、現金、クレジット、キャッシュレスの他「紀伊国屋ポイントカード」を提示すると、ポイントが貯まり、そのポイントで支払いをすることも出来ます。
(因みに大手の書店でポイントカードを発行したのは紀伊国屋書店が初めてで全国の店舗で使えます。)

 

昔、自分が一人暮らしを始めた時も良くお店に行っていて、本や文具はもちろん当時は2Fに「テイトムセン」と言うレコード店が入っていて、デビューしたての永井真理子さんや森高千里さんのCDを購入したり、また、劇場があることから文化系の書籍が強いので演劇や音楽の本を購入したこともあります。
デメリットとしては、ホールが4Fにあるので、エスカレーターが4Fまでしか無く、5~9Fまではエレベーターか階段を使用しないといけません。


Podcast番組「DJおむのひとりごと」を始めました。第23回
(バックナンバーも聞けます)
紀伊国屋書店:https://www.kinokuniya.co.jp/

 

スマートフォンを機種変しました。

先日スマホを機種変しました。と言うのも今まで使っていた機種がふた昔前の機種で通話とネットは出来るのですが、今では当たり前のタッチ決済(FiliCa)の機能が付いていなかったからです。ではどのような機種を購入したか?というとIphone17やGoogle Pixel11と言った新機種なんかとても購入できるわけも無く、近くにあるBOOK OFFでひと昔前(4年前)の機種を1万円ほどで購入しました。

 

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・スマートフォン(端末・機種)の歴史


そこで今回はスマホの歴史を振り返ってみたいと思います。
まず、スマホをざっくり簡単にいうと「電話+コンピューター」と言うことになるのですが、1番初めのスマホとされているのが、1992年に作られたIBMのSimonと言われています。
しかしまだ一般には普及していない時でこの頃の我々は1999年に「iモード」や「ブラックベリー」と言った今で言う「ガラケー」を使っていた時期でした。

スマホが本格的に普及したのは2000年代からで、2002年にカメラやアプリを使えるNokiaのSymbian S60や2007年には初代のIphoneが登場し、2005年にGoogle社がAndroid社を買収し、2008年にはがAndroid1.0というOpen OSが開発され、これを世界中のスマホメーカーが採用し、現在のスマホの基礎が出来ました。
その後はWindows phoneやSymbian・BlackBerryが衰退して行き、iPhoneとAndroidの二強のスマホが販売されています。

現在のスマホは機能も電話をかけたりメールを送るだけで無く、、アプリを使って検索したり、コンサートやイベントのチケットを予約したり、ショッピングをした際にネットでキャッシュレス決済したり、さらにはスマホを使って電車に乗ることも出来るようになりました。
ということから、スマホは便利になり我々の生活に欠かせないものになりましたが、その反面、万一スマホを紛失すると、拾った人が悪用した場合個人情報がばれたり、なりすましでショッピングしたりと、いろんなリスクを抱えることになります。
そのためにも自身のスマホはきちんと管理して使用することが大切です。

 

・4大キャリア(ドコモ・au・Softbank・楽天モバイル )の歴史

ここではスマホの通信会社(キャリア)の歴史に触れていこうと思います。
日本初の携帯電話とされるのは、1985年に電電公社(日本電信電話公社=今のNTT)ショルダーフォン(平野ノラさんが「しもしも?」と肩にぶら下げながら話している大きな電話)が販売されたのが始めとされていて、それと同時期に「通信の自由化」ということでNTT以外の会社も新規参入出来るようになりました。
その後IDO(日本移動通信)第二電電(DDI)などいろいろな会社が参入し、現在ではNTTドコモ、KDD(国際電信電話)と第二電電(DDI)他が合併してできたKDDI(au)元々は日本テレコムとツーカー、ボーダフォンなどのブランドをSoftbankが買収して現在の状況になり、その後、楽天モバイルが参入していました。(因みに日本にiphoneを初めに持ち込んだのはSoftbankでした。)

・まとめ


自分もかなり昔(今で言うガラケーやポケットベルがあった頃)短い期間だったのですが、携帯ショップの店員をしたことがあるのですが、その頃と比べると、スマホが進化したことで、店員さんも各機種の機能や銀行などがあるので金融関係などの簡単な知識など覚えることが多くなっているようです。

NTTドコモ
【公式】au | スマートフォン・携帯・料金プラン・インターネット
スマートフォン・携帯電話 | ソフトバンク
楽天モバイル

 

SUKAミュー公演の舞台を訪ねて観劇してきました。

今日(2026年8月15日)はSUKAミュー(横須賀市民ミュージカル)2026公演「Let's Sing! Swing! ~EMクラブ 時代を駆け抜けた人たち~」を観劇してきました。

今までに何度かこのテキストでSUKAミューについて取り上げてきました。
SUKAミュー(横須賀市民ミュージカル)
SUKAミューのその後と自分がSUKAミューに参加したきっかけ
SUKAミュー公演のチケット販売
EMクラブとは?(SUKAミューをより楽しむために)

今回のSUKAミュー公演の舞台は戦後間もない米軍に占領されたEMクラブで、出入りしている大人たちや子供たちがEMクラブの舞台に立つまでの物語でビッグバンドのジャズ音楽の演奏もあります。
公演終了後には、自分が関わっていた当時からの関係者(演出家、ダンス振付 スタッフ)の皆さんと挨拶をしてきました。

ということで以前EMクラブがあった跡地の現在の様子は「よこすか芸術劇場」とメルキュールホテルが入った「ベイスクエアよこすか」になっています。

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米海軍基地は現在でもこの近くにあり、横須賀の名所と言えばと言うと真っ先に上がる「ドブ板通り」もこの近くにあり、通りの地面には、EMクラブやジャズや横須賀にゆかりのあるアーティストの手形が埋められています。

 

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日本語② 漢字・漢和辞典の話

前回日本語①で「舟を編む」を取り上げその際に「国語辞典」について取り上げましたが、そこで思ったことは小中学生の時に、「国語辞典」とセットで「漢和辞典(漢字辞典)」を使っていたと思います。
最近は日常生活や学校などでもスマホやタブレット、PCなどで「言葉の意味」や「漢字の意味や筆順」などを調べたりすることが出来ますが、紙の辞書の引き方を知っておいても損はないのでそれも紹介していこうと思います。
ということで今回は「漢和辞典(漢字辞典)」についてお話ししたいと思います。

 

1、漢和辞典(漢字辞典)の起源

漢和辞典(漢字辞典)の起源は中国で121年(後漢の時代)に中国の儒学者 許慎(きょしん)が編纂した「説文解字(せつぶんかいじ)」が起源とされていて9353字が収録されていたようです。
日本の漢和辞典(漢字辞典)の起源は諸説ありますが、A.D9世紀に空海(弘法大師)が編纂した「新撰字鏡(しんせんじきょう)」が日本で初めての漢和辞典(漢字辞典)と言われています。

2、「漢和辞典」と「漢字辞典」の違い

「漢和辞典」は漢文の読解のための専門辞典でページ後半の付録のページに中国と日本の歴史年表や地図などがあります。それに対し「漢字辞典」は現代日本語の漢字辞典ということで「読み・書き・筆順」などが詳しく書かれていると言った枠組みがあるようですが、実際は「漢和辞典」が「漢字辞典」の役割を担っていて明確な分け方はしてないようです。

3、代表的な漢和辞典・漢字辞典

3-1:漢和辞典
・大漢和辞典(大修館書店)
日本最大の漢和辞典で漢字学者の諸橋轍次(もろはしてつじ)が1955~1960年にかけて全13巻を刊行しました。(現在は全15巻)

・新漢語林(大修館書店)
漢字の成り立ちの説明が簡潔で正確
学習辞典の定番で高校〜大学生向け

・漢字海(大修館書店)
専門性が高く、古典語、漢文に強い
漢文・古典を深く読む人、研究寄りの学習者向け

・漢字源(学研)
現代語に強く語義が明快で例文が多い
初学者〜一般社会人向け

・新字源(KADOKAWA=角川書店)
漢文学習〜一般教養まで幅広く対応
高校・大学で漢文を学ぶ学生向け

3-2:漢字辞典
・漢検漢字辞典(日本漢字検定協会)
文字通り漢字検定用の漢字辞典

その他各出版社から小学生用漢字辞典や漢字典などが出版されています。

4、漢和・漢字辞典の引き方

漢字・漢和辞典の引き方には辞書にもよりますが、一般的に「読み」「部首」「画数」のどれかが解っていればいくつかの方法があります。
①「読み」が解っていれば「音訓索引」より調べられます。
②「部首(へん・つくり・かんむりなど)」が解っていれば「部首索引」より調べられます。
③「画数」が解っていれば「総画索引」より調べられます。

5、まとめ

上記にも書いたように現在はスマホ、タブレット、パソコンで漢字の読みや意味、筆順などを調べることが出来ますが、いざ充電が無かったり、手元に無かった場合に紙の辞書を使い方を知っていればよいと思います。

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連合生徒会のリーダースキャンプ

夏休みというと旅行、課外活動、部活動の試合、合宿などいろいろなことを行える機会で、自分自身も以前に「中学1年生の大冒険」の話をしました。

今回はもう45年ぐらい前ですが、中学2,3年の時の夏休みに参加した「リーダースキャンプ」について書こうと思います。
プロフィールにも書いていますが、私は中学2年のときに生徒会の副会長を3年の時は事務局の広報担当をやっていて、体育祭や文化祭などの学校行事の運営を行ってきました。
自分がいた神奈川県横須賀市では市立の中学校各校が集まった「連合生徒会」を組織していて、毎年「リーダース講習会」や「リーダースキャンプ」という行事を通じて、各校の取り組みや情報交換などの研修を行っています。
夏休みに行われる「リーダースキャンプ」は2泊3日の日程で、各校の代表者(生徒会役員)数人が行事運営、風紀、学校生活、レクリエーションなどのいくつかの分科会に分かれ、討論や意見交換、また「キャンプ」ということでキャンプファイヤーを囲みながらの「スタンツ(寸劇やゲームなど)」を行いながら親交をを深め、最終日に各分科会での結果発表を行う。という行事でした。
自分達の年代は中学2年(副会長)のときは横須賀市内の「すずかけの園」という学校の跡地を合宿所にしたところで行われ、当時は8つの分科会の中からそれぞれ2人「広報担当」が選ばれるということで自分は立候補して広報担当になりました。
広報担当の役割は、分科会などの様子やキャンプの進行状況、注意事項などを取材して広報誌を作り、参加者に配布することを行っていました。
広報誌は2~3時間のペースでタイミングで発行されていて、そのときに夏の高校野球大会の途中経過や結果を(当時はネットが無かったので)朝日新聞の支局に問い合わせをしていたら、「広報担当の様子を取材したい」ということになり、我々は朝日新聞の取材を受け、翌日に朝日新聞の地域版に掲載され、当然自分たちの広報誌にもその時の様子を掲載しました。

翌年の中学3年(広報担当)のときには会場が「県立三浦ふれあいの村(現「三浦YMCAグローバルエコビレッジ」)」でこの時は「広報担当」は分科会に昇格して行われていたのですが、2泊目の朝に当日台風が接近したため、中止になってしました。
あなたもそれぞれの楽しみ方で充実した夏休みをお過ごしください。


 

EMクラブとは?(SUKAミューをより楽しむために)

今回のSUKAミュー公演の舞台は「EMクラブ」というところになります。
では「EMクラブ」とはどんなところなのでしょうか?

 

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戦前のEMクラブ(海軍下士官兵集会所)

EMクラブは1902(明治35)年横須賀市内にあった旧日本軍の海軍下士官兵集会所と建てられたのが始めで、1938(昭和13)年に新しく建て替えられた建物は、中央にタワーが建っていて左側は宿舎、浴室、食堂、売店 右側には1階に相撲場、柔剣道場、2階と3階には劇場があったそうです。

1945(昭和20)年に太平洋戦争の終結によって、アメリカ軍に接収されて、米軍施設になりました。

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戦後のEMクラブ

接収後、右側が取り壊され中央のタワーと左側が使われ、1500人収容できるホールがあり、ルイ・アームストロングや若き日のフランク・シナトラが慰問に訪れたり、日本のアーティストでは、ジョージ川口、原信夫、松本英彦、安田伸(ザ・クレイジーキャッツ)、江利チエミなどが演奏したり歌ったりしていました。
1983(昭和58)年にアメリカから日本に返還され、1990(平成2)年に解体されました。
現在跡地にはEMクラブの建物を模した「よこすか芸術劇場」を含む「ベイスクエアよこすか」が建っています。

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ベイスクエアよこすか

因みに近くのドブ板通りには、当時EMクラブなどでで活躍されていたアーティストの手形が埋まっている場所があります。

写真出典:海軍下士官兵集会所(EMクラブ)そらいろネット ベイスクエアよこすか(産業交流プラザ)(横須賀・逗子)の施設情報|ゼンリンいつもNAVI
 

書店巡り⑤(ジュンク堂書店池袋本店)

今回の書店巡りは、「ジュンク堂書店池袋本店」を紹介します。

池袋駅東口

「ジュンク堂書店池袋本店」は、JR、東武、西武、東京メトロ丸の内線、有楽町線、副都心線などの停車駅で、最近では「家電の街」になりつつある池袋駅東口を出て南側に歩いて徒歩10分ぐらいのところにあります。

ジュンク堂書店池袋本店

「ジュンク堂書店」は1976年兵庫県神戸市の三宮センター街で開業し、西日本で店舗を拡大し、東日本には1997年今回訪ねた池袋店(のちの池袋本店)同じ年に仙台店を開店して、その後日本全国、台湾にも店舗を拡大し、今年(2026年)に創業50周年を迎えました。
なお、現在の運営会社は「丸善丸の内本店」の時に紹介したように丸善書店と合併した丸善ジュンク堂書店となっています。

池袋本店のフロアガイド

池袋本店は地下1F 地上9Fからなり、各階それぞれの分野に分かれていて、4FにMJ BOOK CAFEがあります。
営業時間は10:00~22:00で年中無休でMJ BOOK CAFEは10:00~19:45(Loは19:15)となっています。
支払方法は現金、キャッシュレス、クレジットカードの他、電子書籍hontoの会員の人はhontoポイントで支払うことが出来、各階で欲しい本などを選び1Fでまとめて形になっています。
お店の雰囲気は、エスカレーターが店舗手前の窓際に設置されていて、上層階に行くと見晴らしが良く、本の在庫が豊富で本棚は店頭の奥のほうに広がり、分野ごとに分かれて設置されていて探しやすいと思います。
しかしながら検索機が各階の奥にあるので分かりづらくなっているのと、文具の品揃えが少ないのと、これは今まで紹介した各書店共通に言えることなのですが、雑貨(お店によっては食品)などを販売しているところが多いと感じました。

ジュンク堂書店50周年 – 丸善ジュンク堂書店ネットストア
honto店舗情報 - 池袋本店:ジュンク堂 - 店舗詳細
honto店舗情報 - 三宮店:ジュンク堂 - 店舗詳細

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