生活保護と施設生活の現実
自分は現在、生活保護を受け簡易保護施設に入所しています。
今回は、なぜ、このような生活を送ることになったのか?ということ、生活保護の仕組み、さらには現在生活している現実について、ざっくりですが書きたいと思います。
1:なぜこのような生活を送っているのか?
自分が直接生活保護を受けるようになったのは、母親が体調を崩し、自力で動くことが出来なくなり、自宅であったアパートの契約を切られてしまいそこから退去を余儀なくされたタイミングで生活保護を申請したのですが、実はそれ以前から家族全体で生活保護は受けていました。
それは、父親が高齢になって働けなくなったことや母親が体調を崩し入退院を繰り返したこと、またこの当時自分は派遣の仕事を転々としていたことでがきっかけで生活保護を受けることになりました。
その後、父親がまだ健在だったので母親を父親に任す形で自分は実家を離れ仕事をし、一旦は自分自身は生活保護から離脱をしたのですが、父親が急に病気で倒れてしまい、その後亡くなってしまいました。
それまで自分は実家と仕事場のある場所との行ったり来たりをしていたのですが、母親が一人暮らしになってしまうことを機に一緒に住むことにしたのですが、その際に実家として使っていたアパートの契約や市役所への手続きを「自分が一緒に住む」ということにしなかったことにより、上記の事態になってしまいました。
2:生活保護の受給手続き
生活保護は要保護者、その扶養義務者その他同居の親族の申請に基づいて開始されます。手続きは「申請による場合」と「職権による場合」の2つに分かれています。
A:「申請による場合」
A-1:「事前の相談」
生活保護制度の利用を希望する場合は居住地域を所管する実施機関(福祉事務所=市町村役場の福祉課)に相談します。
その際生活保護制度についての説明が行われ、生活福祉資金、各種社会保障、社会福祉制度等の活用について検討します。
A-2:「保護の申請」
保護の申請は原則書面(申請書の提出)で行うのですが口頭で行うことも可能です。その際に資力調査=ミーンズテスト(生活状況を把握するための実地調査=家庭訪問・預貯金保険不動産等の資産調査・扶養義務者による扶養=仕送り等の援助の可否の調査、年金等の社会保障給付、就労収入等の調査、就労の可能性の調査)が行われます。
A-3:「保護の支給」
A-2の調査による要否判定の結果、収入認定額が最低生活費を下回り、要保護と認められたときに生活保護を受給することが出来ます。
このタイミングに地域担当のケースワーカーを紹介され、以降は相談や手続きなどの問い合わせはケースワーカーが担当します。
居宅(自宅)がある場合は本人指定の金融機関に、居宅での生活が困難な場合は、医療機関(病院等)への入院、あるいは保護施設等への入所になります。
B:「職権による場合」
要保護者が急迫した状況(行き倒れ等)にあるときは、保護の申請が無しでも必要な保護を行うことができ、保護の実施期間=市町村役場の福祉課(福祉事務所)が速やかに職権をもって保護を開始しなければならないとされています。
3:生活保護制度の仕組み
生活保護制度は日本国憲法第25条(生存権及び国民生活の社会的進歩向上に努める国の義務)に規定された制度で、
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。(第1項)とし、国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。(第2項)」とされています。
この原則にのっとり、「生活保護法」が1950(昭和25)年に制定されました。
3‐1:生活保護法の目的
「生活保護法」は2つの目的があり、
「最低生活の保障」と「自立の助長」というのがあります。
3‐1‐1:「最低生活の保障」
これは「健康で文化的な最低限度の生活」を保障することで、最低限度の需要が充足される生活を保障すること。最低生活の維持を脅かす原因を取り除いて最低生活が必ず営めるようにすることを意味しています。
3‐1‐2:「自立の助長」
これは働いて収入を得る経済的自立にとどまらず「社会生活が出来るように支援していくこと(社会的自立)」を想定しています。
仕事を見つけて収入を得て受給している生活保護を廃止するといった狭い意味ではなく、その人の可能性を引き出してより良い生活を実現していくという広い意味での「自立」を目的として想定しています。
7:外国人の生活保護
4:外国人の生活保護
4‐1:生活保護法と外国人
日本国籍でない外国人(日本国籍を持たない者、したがって無国籍の者も含む)は厚生労働省の通知により、「準用」という形で生活保護の受給が認められています。(ただし、「準用」であるがため不服申し立て(審査請求)が出来ないなど、日本人と同様の権利としては認められていません)
7‐2:生活保護の適用対象となる外国人
生活保護が準用される者は適法に日本に滞在し、活動の制限を受けない「永住者」「定住者」等の在留資格を有する外国人とされています。
また特定活動(入管法別表第1の5)の在留資格を有する者のうち活動に制限を受けない者等については厚生労働省に照会のうえ保護が認められる可能性があります。
5:生活保護の仕組み
5-1:扶助の種類と範囲
生活保護制度の扶助には下記の8種類あります。
5-1-1:生活扶助
衣食その他日常生活の需要を満たすのに必要なもの、および移送にかかる費用を給付する。
5‐1-2:教育扶助
義務教育に伴って必要な教科書その他の学用品、通学用品、学校給食その他義務教育を受けるために必要なものにかかゆ費用を給付する。
5-1-3:住宅扶助
住居(家賃、地代)および補修その他住宅の維持のために必要なものにかかる費用を給付する。
5-1-4:出産扶助
分娩の介助、分娩前および分娩後の処置、分娩に脱脂綿、ガーゼその他の衛生材料にかかる費用を給付する。
5-1-5:生業扶助
生業に必要な資金、器具または資料、生業に必要な技能の習得、就労のために必要なものにかかる費用(高等学校等就学費を含む)を給付する。
5-1-6:葬祭扶助
葬祭執行者に対して検案、死体の運搬、火葬又は埋葬、納骨その他の葬祭のために必要なものにかかる費用を給付する。
5-1-7:医療扶助
生活保護受給者は国民健康保険および後期高齢者医療制度の適用から除外されているため医療扶助が給付され、現物給付が原則ですが、それが出来ない場合は金銭給付によって行うことができる。
医療扶助の給付手続きは、医療券方式で要保護者が医療を受けたいときは福祉事務所(=市町村役場の福祉課)に申請するとその後、指定医療機関から要否の意見書が交付され、福祉事務所から要保護者に医療券が交付されて、要保護者は医療券を指定医療機関に提出することで、医療扶助による医療を受けることができます。
5-1-8:介護扶助
介護扶助は要保護者に対して介護保険の対象となるサービス(居宅介護支援計画に基づき行う居宅介護、福祉用品、住宅改修、施設介護、介護予防支援計画に基づき行う介護予防、介護予防福祉用具、介護予防住宅改修)にかかる利用料(1割負担)に相当するものを扶助するものです。
6:保護施設
生活保護法に基づく保護施設は居宅での生活が困難な要保護者が利用する施設で下記の5種類があります。
なお、保護施設では入所の他に地域で暮らす要保護者への支援も行われています。
6-1:救護施設
身体上または精神上著しい障がいがあるために日常生活を営むことが困難な要保護者を入所させて、生活扶助を行う。
6‐2:更生施設
身体上または精神上の理由により養護および生活指導を必要とする要保護者を入所させて生活扶助を行う。
6‐3:医療保護施設
医療を必要とする要保護者に対して医療の給付を行う。
6‐4:授産施設
身体上もしくは精神上の理由または世帯の事情により就業能力の限られている要保護者に対して、就労または技能の習得のために必要な機会および便宜を与えて、その自立を助長する。
6‐5:宿所提供施設
住居のない要保護者の世帯に対して、住宅扶助を行う。
施設の設置主体は都道府県、地方独立行政法人、社会福祉法人、日本赤十字社が担っています。
6:外国人の生活保護
6‐1:生活保護法と外国人
日本国籍でない外国人(日本国籍を持たない者、したがって無国籍の者も含む)は厚生労働省の通知により、「準用」という形で生活保護の受給が認められています。(ただし、「準用」であるがため不服申し立て(審査請求)が出来ないなど、日本人と同様の権利としては認められていません)
6‐2:生活保護の適用対象となる外国人
生活保護が準用される者は適法に日本に滞在し、活動の制限を受けない「永住者」「定住者」等の在留資格を有する外国人とされています。
また特定活動(入管法別表第1の5)の在留資格を有する者のうち活動に制限を受けない者等については厚生労働省に照会のうえ保護が認められる可能性があります。
7:施設生活の現実
上記に書いたように、自分は実家として使っていたアパートの契約が母親のみの契約で不動産屋と市役所への手続きを「自分が一緒に住む」ということにしなかったためアパートの退去が決まり、施設の入居になったのですが、入居する施設の決定は市町村役場の福祉課(=福祉事務所)が空いている施設を探し入所を決定し、入所の契約については要保護者(自分)と施設側との契約となります。
なお、これから書くことはあくまで自分が入所している施設についてのことなので、すべての施設に当てはまることではないことをご了承ください。
7‐1:施設内の様子
基本的に施設は男女別になっているようで、自分のいる男性用の施設は元々は会社の3階建ての社員寮だったところを使用し、管理はNPO法人が行っています。
現在は約70人ぐらいが住んでいて、そのほとんどが高齢者、動けるけれど健康上に問題のある人、住む家のない人などが住んでいます。
施設には施設長、副施設長、支援員が土日、祝日を除き待機(9:00~18;00)
していて、職員がいないときのために監視カメラが各階に設置されています。(5-1、5‐2、5‐3、5‐5参照)
居室は8畳一間でテレビとエアコンがあり、水回り(流し台、トイレ、洗濯機)と電子レンジ、冷蔵庫は共同で、飲み物の自販機が2台設置されていて、食事が朝、夕の2回提供されます。
7-2:施設利用料(家賃、食事代など)
毎月生活保護費の80%を施設利用料として支払うことになっています。
(あくまでも自分のいる施設の利用料で他の場所によっては違うと思われます)
7‐3:施設のルール
施設の開所時間は5:00~21:00まで(2026年6月末までは19:00まで)で、開所時間以外は施錠され、外出するときには名簿に記入し、外泊する場合は外泊届を提出します。
入浴時間は12:00~18:00までで、シャワーは毎日利用可能で、お風呂に入れるのは毎週月曜と金曜のみです。
その他、洗濯時間は7:00~20:00までなど細かいルールがあります。
また、入所者によっては就労支援だったり、金銭管理を行ってくれます。
7-4:施設にいるメリットとデメリット
施設にいることで、他者に気を使ったり、上記のように管理されている感、そして、保護費の自分の使える分が少ないことなどのデメリットもあるのですが、病気で体調を崩し動けなくなった時などが起きた時に誰かがいるので対応してもらったり、食事が朝夕と提供されるため餓えることがないこと、あと居室が提供されているため雨露を凌げることが出来ることがメリットと言えると思います。
8:まとめ
今回は生活保護申請の仕方や仕組みの一部をざっくりと紹介したのと、実際の簡易保護施設での生活の現実を紹介しました。生活保護制度やその他の制度もあるのですが、ここでは書ききれなかったので後日紹介します。
みんながそうであるように、自分もこのような生活を望んでいるわけではありませんでしたし、今もそう思っています。
しかしながら、施設に住んでいる人達は高齢者や健康上の問題がある人、住む家のない人などの社会的弱者で、自分も上記の理由で住む家がないのと椎間板ヘルニアを患っていて現在施設に住むことになってしまいました。
良くネット上で、生活保護を貰っている人のことを「税金泥棒」呼ばわりされる場合がありますが、若い人で生活保護を受給している人であれば、すぐに仕事が見つかり収入を得て生活保護を受けなくても生活できるけれど、高齢になると身体が若い時と比べると動かなくなり出来る仕事も限られ、企業(会社)も雇うことを避けるでしょう。
また、今の少子高齢化社会の中で残念だけれど、自分も実際に市役所のケースワーカーから「施設が満員で見つかるまで時間がかかるかも」と言われていたし、これからも自分達みたいな人が増えてくるでしょう。
そういう意味ではこの現象は今の社会の縮図を表しているかもしれません。
※出典:図解でわかる生活保護: 福祉 | 中央法規出版 外国人でも生活保護は受給できる!外国人が生活保護を受けられる条件を解説 - ほごナビ
日本語①「舟を編むと国語辞典と日本語の表記」
今回は日本語をテーマに、三浦しをんさん著の「舟を編む」読んだ感想と、それに関連して「国語辞典」そして「日本語の表記」を取り上げたいと思います。
「舟を編む」を読んだ感想
この作品は2012年の「本屋大賞」を受賞して、その後テレビドラマや映画化された作品ですが、自分は両方見ていないため、本を読了した感想を書きたいと思います。
この作品の舞台は玄武書房の辞書編集部でそこに配属された「言葉オタク」の馬締光也(まじめみつや)を中心に「大渡海(だいとかい)」という辞典を刊行するまでの物語です。
「辞書編集部に配属された馬締が辞典を編集・制作している間に下宿している家主の孫娘で板前をしている「林香具矢(はやしかぐや)」に恋をして、15枚もの長文のラブレターを書き、同僚の西岡氏に添削してもらおうとして渡すのだが、西岡氏は面白がってコピーを取り、本文を馬締に返しコピーは隠して置き、それを馬締の人見知りの性格を案じて、後に配属される後輩のためにマル秘ファイルを作製して、そこにラブレターも一緒して仕舞った」
という話や「とある教授の「西行」の説明文が思い入れが多く長すぎるので短くした文章を人見知りで説得出来なそうな馬締に代わり西岡氏が説得しに行って馬締を助けた」という話、「「大渡海」の編纂の初期から関わり命がけで辞書作りに関わった松本先生が刊行を待たずして亡くなってしまった」ことなどいろいろあった中、約15年の月日を懸けて「大渡海」を刊行させた馬締の感情を自分に当てはめて考えると、自分もかつて、中学校の生徒会の役員をやっていた時に「体育祭」や「文化祭」などのイベントが終わったときや高校時代の「オペラ公演」や社会人になってから参加した「市民ミュージカルの公演」が無事終わった時の達成感に似ている感じがすると想像してしまいます。
なお、詳細な内容は、光文社文庫で発行されていますし、ドラマを見てください。
「国語辞典」
上記の「舟を編む」に関連して、「国語辞典」日本語の表記について書こうと思います。
日本最初の「国語辞典」は大槻文平が私財を投げ出して編纂した「言海(げんかい)」と言われています。
なお「言海」は現在でも文庫本(ちくま学芸文庫)で購入することができます。
現在、語彙数が1番多いのは「日本国語大辞典」(小学館刊 電子版はジャパンナレッジなど)で、「舟を編む」での「大渡海」のモデルとなった中型の辞典としては「広辞苑(岩波書店)」「大辞林(三省堂書店)」「大辞泉(小学館)」、我々に身近な主な小型の辞典としては「岩波国語辞典(岩波書店)」「新明解国語辞典(三省堂書店)」「三省堂国語辞典(三省堂書店)」「明鏡国語辞典(大修館書店)」「集英社国語辞典(集英社)」などがあります。
その中で、「岩波国語辞典」はあまり見出し語や意味を変更しないのに対し、「新明解国語辞典」「三省堂国語辞典」の三省堂の国語辞典は「用例採集カード」を使って新語や見出し語の解釈を変更する辞典になっています。
「日本語の表記について」
が初めて横書き(ヨコ組)と縦書き(タテ組)の2種類を発行したことがありました。
(その後の第3版では縦書き(タテ組)のみの発行となっています。)
ということから、今後の日本語の表記がAIやネットの影響を受けてどのように変わっていくのか?という課題が残っていくと思います。
舟を編む 三浦しをん | Amazon
『言海』大槻 文彦 | 筑摩書房
精選版 日本国語大辞典 (第3巻) | Amazon
広辞苑 第七版 | 新村 出 | Amazon
大辞林 第四版 | Amazon
大辞泉 増補・新装版 | Amazon
岩波 国語辞典 第八版
新明解国語辞典 第八版 | Amazon
三省堂国語辞典 第八版 | Amazon
DJおむの音楽論⓶ (日本の音楽賞について)
先日(2026年6月13日)にMUSIC AWARD JAPAN(MAJ) 2026をYoutubeで見ていて、今の日本の音楽賞の現状について気になったので、今回は「DJおむの音楽論②」として「日本の音楽賞」について考えてみたいと思います。
①MUSIC AWARD JAPAN(MAJ)
「MUSIC AWARD JAPAN(MAJ)」は日本の音楽業界6団体(日本レコード協会・日本音楽事業者協会・日本音楽制作者連盟・日本音楽出版社協会・コンサートプロモーターズ協会・日本音楽著作権協会=JASRAC)で構成されているCEIPA(カルチャーアンドエンタテイメント産業振興会)が主催で行われている2025年から始まった音楽賞で、審査方法はアーティスト・クリエーターレコード会社スタッフ・コンサートプロモーター・音楽出版社・海外音楽賞審査員・一般の人など「音楽人5000人が選ぶ国際音楽賞」ということになっています。
この賞の特長はアメリカのグラミー賞を見本にしていて、ボーダレス(日本国内・海外問わず)な音楽が賞の対象になっていることと、歌手、作詞・作曲・編曲者だけでなく、コンサートスタッフ、プロモーターなどの裏方の人達の対象になる賞があることです。
②日本の音楽賞の歴史
ここで今までの日本の音楽賞に振り返ろうと思いますが、「音楽」全般だと範囲が広くなってしまうので、ここでは、J‐POPや歌謡曲・演歌・海外の音楽など我々がよく聞いている音楽分野の音楽賞に絞って話したいと思います。
現在の日本の大衆音楽の音楽賞で歴史が長いのは「日本レコード大賞」で、主催は日本作曲家協会でTBSが後援しています。
第1回が1959(昭和34)年に行われ、今年で68回を迎えます。
1969(昭和44)年から2005(平成17)年までは大晦日(12月31日)にNHK紅白歌合戦の前に「日本レコード大賞」の放送があり、「国民的な行事」となっていきました。(現在は12月30日に放送されています)
また、1990(平成2)年~1992(平成4)年までは大賞が「ポップス・ロック部門」「演歌・歌謡曲部門」の2部門に分けていました。
それと双璧を成していた音楽賞が「日本歌謡大賞」で主催がTBS以外の(テレビ・ラジオ)在京キー局で構成された「放送音楽プロデューサー連盟」で1970(昭和45)年~1993(平成3)年まで行われ、テレビ放送は日本テレビ・フジテレビ・NET(今のテレビ朝日)東京12チャンネル(今のテレビ東京)が毎年持ち回りで放送していました。
「日本レコード大賞」の受賞者は「日本歌謡大賞」の受賞者と毎年ほぼ同じのアーティストが受賞していました。
その他有線放送会社が主催した「全日本有線放送大賞」(現在のUSENが主催で読売テレビで放送=「現在のベストヒット歌謡祭」でコンサート形式に変更)と「日本有線大賞」(キャンシステムが主催でTBS系で放送)などがあったのですが、自分の感覚としては1989(昭和64/平成元)年辺りから音楽の多様化が進み音楽賞の再編が行われ、「日本歌謡大賞」が終了し、テレビ各局が独自に音楽賞を作り放送していた時期がありました。(FNS歌謡祭はスタート当初は音楽賞形式でしたが、後にコンサート形式に変更されました)
③海外アーティストに贈る音楽賞
海外アーティストに贈る代表的な音楽賞としては、現在はビルボード・ジャパン・ミュージック・アワードやMTV Video Music Awards Japan 日本ゴールドディスク大賞などがありますが、かつては、「東京音楽祭」(TBS主催)や「世界歌謡祭」(ヤマハ主催)という音楽賞があり、特に「東京音楽祭」では、その時代に活躍していたルネ・シマールやノーランズ、リタ・クーリッジ、アリッサ・ミラノなどが来日しました。
④今後の音楽賞の課題
最近はインターネットの発展でYoutubeやtiktokなどで、海外の方々にも日本の音楽が聞かれていて、逆に我々も海外アーティストの音楽を手軽にきけるようになって、ボーダレスになってきたので海外の有名アーティストがMAJみたいな音楽賞にパフォーマンスするためだけに来日してもらうような音楽賞にしていかないといけないと思います。
因みに自分が今回のMAJを見た限りではありますが、フィリピンとインドネシアなどのアーティストがパフォーマンスをして、夜にはサム・スミスがMAJのために来日しパフォーマンスしていました。
MUSIC AWARDS JAPAN
歴代受賞者一覧|TBSテレビ:輝く!日本レコード大賞
Daily News | Billboard JAPAN
MTV VMAJ
書店巡り④ (丸善丸の内本店)
今回の書店巡りは「丸善丸の内本店」を紹介します。
JR東京駅丸の内北口から横断歩道を渡ってすぐのところに「丸の内オアゾ」というオフィス&商業施設があり、入口を入って右側すぐのところに「丸善丸の内本店」があります。ここは以前JRの前身の日本国有鉄道(国鉄)の本社、日本交通公社(現JTB)の本社そして丸ノ内ホテルがあったところですが、現在は丸ノ内ホテルがオアゾの中に入っています。
丸善書店は1869年福沢諭吉の門下生だった早矢仕有的(はやしゆうてき)という人が「丸屋商社」として横浜に創業し、翌年には東京・日本橋に東京支店(のちに本店として機能)を設けた後に全国展開して行きました。
丸の内本店は2004年の丸の内オアゾの開業と同時に開店しました。
扱っている商品は書籍・文具のほか、メガネ、時計、ギャラリー、カフェなどがあります。
フロアはオアゾ内の1~4Fが店舗となっていて、
1Fは就職、資格試験、法律、政治・経済などの社会学系の本の売り場
2Fは実用書、雑誌、コミック、地図、旅行ガイド、そして絵本や関連グッズなどを販売しているEHONSというコーナーがあります。
3Fは理工学書、芸術書、学習参考書や辞典、文庫・新書の他、「Personal Lounge 丸善の三階」やカフェがあります。
4Fは洋書、文具、雑貨、メガネサロン、時計の売場やギャラリー、カフェレストランなどがあります。
支払方法は現金の他、キャッシュレス、クレジットカードなどで支払が可能(丸善の三階は除く)で電子書籍hontoの会員はhontoポイントでも支払いが可能です。
このお店の特長としては、2FにEHONSという絵本専門フロアがあることや、4Fには洋書、メガネサロン、時計売り場などがありますが、特に「Personal Lounge 丸善の三階」は有料ですが、窓が大きいので見晴らしが良く、休憩や備え付けの本や購入した本を読んだり、勉強したり、Wifiやコンセントなども完備しているので仕事をすることも出来ます。但し「Personal Lounge 丸善の三階」の支払い方法はキャッシュレスかクレジットカードのみで現金での支払いは出来ないのでご注意ください。
そして4Fのカフェレストラン「M&C Cafe」では丸善名物の「早矢仕(ハヤシ)ライス」を食べることが出来ます。
諸説あるのですが、ハヤシライスの名前が丸善の創業者である早矢仕有的(はやしゆうてき)に由来しているということで、以前の日本橋本店の中にあったレストランのメニューに「早矢仕ライス」があったらしく、現在でも丸の内本店4F、日本橋店3F、ラゾーナ川崎店、京都河原町店などで食べることが出来る他、「早矢仕ライス」のソースも販売しています。
また、このことにより毎年9月8日は「ハヤシの日」いうことになっているそうです。
丸の内オアゾ|Marunouchi.com
honto店舗情報 - 丸の内本店:丸善 - 店舗詳細
Personal Lounge 丸善の三階 – PersonalLounge
9月8日は「ハヤシの日」 | 丸善ジュンク堂書店
SUKAミューのその後と自分がSUKAミューに参加したきっかけ
以前の配信などで、SUKAミュー(横須賀市民ミュージカル)の話をして、クラウドファンディングを行っていることを紹介しましたが、どうやら当初の目標額を達成したようです。ご協力していただいた皆様ありがとうございます。
SUKAミュー(横須賀市民ミュージカル)|DJおむ
そこで今回は改めて「なぜ自分がSUKAミューに参加しようと思ったのか?」についてお話ししたいと思います。
それは遡ること高校時代の話になりますが、私は当時三浦高等学校(現:三浦学苑高等学校)に進学しコーラス部に入部することになりました。
当時のコーラス部は実際に活動している先輩は2人ぐらいで多くは演劇部の人達が兼任で活動している部活でした。
また当時の自分達の年代も自分と女子1人が入部した形になりました。
そういう感じの中、当時は毎年3月に演劇部とコーラス部が合同で「三浦高校オペラの会」という形で顧問の先生の伝で本格的なオーケストラの皆さんに参加してもらいオペラ公演を行っていました。
自分達が1年生の時は「桶山伏」という昔からの作品を上演し、自分も演者として参加しました。
2年生の時には国立音楽大学の教授が我々のために「宇宙の平和」という作品を3年生の時には「ハルミールの森の夏祭り」を書き下ろしてくださり、初演で演じる機会に恵まれました。
このような経験を生かせるのではないかと思い「SUKAミュー」に参加することにした次第です。
自分は高校の時からたまたま部活で舞台に立つ機会があったためSUKAミューにチャレンジしようと思ったのですが、実際本番を迎えるまでは歌のレッスン、ダンスレッスン(振り付けも含む)芝居の稽古など色々大変だし辛くなる時もあるのですが、いざ本番を迎え無事終わったときの感動は何物にも変えられないものがあります。
もし、演劇やミュージカルなどに「演じること」に興味があるのであればチャレンジしてみるのも良いかもしれません。
存続の危機!横須賀市民ミュージカル25周年記念公演を成功させたい!|For Good|手数料0%のクラウドファンディング
鴨ちゃんズのその後
ふ
以前に配信などで紹介したように、自分の住んでいるところの近所に人工の川のある遊歩道があり、そこに鴨たちが住んでいるという話を紹介させていただきました。
近所のカルガモ|DJおむ
その後、鴨ちゃん🦆達は大きくなり3月頃から「恋の季節」を迎え、鳴き声が煩くなったり、ツガイ(カップル)で行動したりしていて、最近確認したところ5~7羽の小鴨🦆ちゃん達を確認することが出来ました。
相変わらずエサを与える人が後を絶たないので注意はしますが、言うことを無視して与えています。
小鴨ちゃん🦆達は成長が早いのでこのまま無事に成長してくれればと思っています。
中学1年生の大冒険
今回はタイトルを見ると、2021年の東京オリンピックの女子スケボーで優勝した女の子の実況のセリフのようですが、自分は中学校1年の時に「ひとり旅」をしたのでその時のことを紹介します。
1、「大冒険」までの経緯
私は小学校2,3年のときに日本地図や世界地図を眺めるのが好きで、先生から「社会科が得意だね」と褒められていました。
そして「その時の先生に会いに行きたい」と思ったことで、中学1年生の時に「夏休みを使って旅行したい」と思い立ち、両親が同意のもと、自ら計画を立て切符の手配をして1人で5泊6日の旅行をしました。
2、まずは計画を立てて
どのように計画を立てたかというと、当時は当たり前ですがネットもスマホもないので、レイルウェイライターの種村直樹さんの書いた「鉄道旅行術」という本を参考に、分厚い「JTB(当時は交通公社)時刻表」とにらめっこして、「周遊券(今で言う「フリーきっぷ」)」を作ってもらうべくJTBの支店に「学割証(学生割引証)」と計画書を持って見積を出してもらい、切符の手続きをしてもらいました。旅費に関しては自分のおこずかいと親の援助で賄いました。
(なお、当時の資料や写真がないので、あくまでも自分の記憶が元になっているのでご了承ください)
ルートは、新宿から中央本線で長野県の松本を経由し大糸線で白馬へ行った後、信越本線で新潟県長岡市へ行き、再び長野県に入り上田に行った後、軽井沢に行き帰ってくるという結構大回りな感じでした。(当時は北陸新幹線も無く、上越新幹線が開業間近の時期でした)
そして宿泊するところはどうしたか?というと、自分を褒めてくれていた先生は長岡市に住んでいて、そこでお世話になることが出来、他の宿泊場所はユースホステル(YH)を利用しました。(ユースホステルについては後記します)
3、いざ出発
まずは地元の横須賀の駅を出発した後、新宿に向かい、特急「あずさ(2号ではなかった)」に乗って松本まで行き、「松本城」や隣にあった「開智学校」を見たのですが、その時は雨が降っていて、夏にも関わらず涼しかったです。その後路線バスで「美ヶ原高原」に向かったのですが、乗り継ぎが出来ずに諦めて、そのまま「美ヶ原YH」に向かって1泊めを迎えました。
2日目も天気が晴れたり曇ったりという感じだったのですが、大糸線に乗って、白馬駅で降り、街を歩いたりしながらスタンプラリーをやって、その後、信濃木崎駅(無人駅)に降り、そこにある「木崎湖YH」に宿泊したのですが、ペアレント(YHの管理者のこと)がイベント好きな人で宿泊者と一緒にゲームなどをして過ごしていて自分も参加しました。
3日目は大糸線はなかなか電車が来なくて、信濃木崎駅から(テレビ東京の「路線バス乗り継ぎの旅」みたく)しばらく歩いて別の駅で電車に乗り、糸魚川経由で信越本線に乗り長岡まで向かいました。
4、先生との思い出
小学校2,3年の時の担任の先生は、女性で当時は教師になりたての先生で、自分は今までいた市内の学区から別の学区に転校したタイミングで先生のクラスになりました。
当時の自分は自宅で両親に買ってもらった「世界の図鑑」や日本地図、世界地図などを読んでいてそこから「社会科」が好きになり、先生に「社会科が得意ですね」と褒めてくれたことでさらに好きになり、勉強したことでテストもそこそこ良い点数を取るようになっていきました。
その後先生とは自分が小学4年に進級するタイミングで地元の長岡に戻るということでお別れになってしまいました。
5、長岡にて
先生とは約4年ぶりの再会になるのですが、その間に先生は結婚されて、学校を辞めていました。
先生が長岡に戻られて以降も交流があり、地元を出発前に長岡駅への到着時刻を連絡しておいたので、到着した時には、すでに駅に迎えに来てくださっていました。
その後、駅の近くで食事をし、先生のお宅にお邪魔し、ご家族にご挨拶をして歓迎していただきました。そしてこの日がちょうど「長岡花火大会」の1日目だったので、ご家族と一緒に信濃川を挟んだところからで花火を見物し、先生のお宅に宿泊させていただきました。
2日目(全体では4日目)は先生がが車で「悠久山公園」という場所に行き、公園を散策した後に敷地内にある郷土資料館を見学して、帰ってきてからは疲れが溜まっていたのか?お昼寝していました。そして夜には「長岡花火大会」の2日目を見物して先生の家で宿泊させていただきました。
そして翌朝、(全体では5日目)先生のご家族にに見送っていただき、長岡駅まで先生が送ってくださいました。
6、「軽井沢」ってどんなところ?
その後、飯山線に乗ってそのまま上田駅まで移動しようとしたのですが、自分が時刻表を見間違えて不可能となり、別の路線で上田まで移動し街ブラをした後、最後の宿泊地である軽井沢YHで宿泊して、翌日は軽井沢を観光しました。
今は新幹線が開通してアウトレットもあり、便利になったので観光客や買い物客が多いかもしれませんが、当時も軽井沢はおしゃれな街として有名で観光客がいっぱい来ていました。
実際、当時の駅舎も教会などもおしゃれだったし、森みたいなところもきれいでした。
そして、帰りは特急で上野駅まで戻って自宅に戻ってきました。
7、ユースホステル(YH)について
最後にこの旅行の際に利用したユースホステルについて説明したいと思います。
ユースホステルはドイツで生まれ、その歴史は100年以上。約80の国と地域に約3000か所の宿泊施設があり、日本には北海道から沖縄まで約140か所のユースホステルがあります。ユースホステルは「ユース」という名前がついていますが、お子様から年配の皆様まで幅広くご利用いただけます。
日本のユースホステルは 財団法人 日本ユースホステル協会が統括していますが、世界では国際ユースホステル連盟という組織があり、世界中のナショナル協会が加盟しています。国際ユースホステル連盟では加盟国のユースホステルの情報検索ができるホームページ(日本国内のホームページは下記参照)の運営や各国のユースホステルの品質向上などの仕事をしています。本部はイギリスのロンドン郊外にあります。
利用するには、基本は会員登録が必要ですが、日本全国、そして世界各国のユースホステルが利用できます。
「ひとり旅」や「家族旅行」のような個人旅行の他、合宿や研修会・セミナーなどに適した収容人数の大きな施設もあり、施設によってはイベントや体験教室などをやっているところもあります。
そして宿泊は予約制でYHにも依るのですが、料理は予約すれば準備されていますが、食べた食器などは自分で洗うことになることもあります。
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日本ユースホステル協会 [公式]
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SUKAミュー(横須賀市民ミュージカル)
「横須賀市民ミュージカル(通称:スカミュー)」は、プロの演出家・音楽家・振付家と、一般公募で集まった市民キャストが一緒につくる、オリジナルの舞台作品です。物語や音楽はすべて横須賀をテーマにしており、幕末の黒船来航や弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)の伝説、青少年会館のタイムカプセルの話など、地域の魅力や歴史、人々の思いが込められています。2001年のスタート以来、これまでに延べ1万5,000人以上が公演に来場。出演者のOBOGは230名を超え、子どもから大人まで世代を超えてつながる「居場所」として、多くの人に親しまれてきました。キャストは毎回一般募集しており、未経験者も大歓迎小学生から60〜70代まで、幅広い世代の市民が、歌・ダンス・お芝居に挑戦しています。約半年間、約80回の稽古を積み重ねながら、仲間とともに一つの舞台をつくり上げてきました。
ということなのですが、実は自分はこのSUKAミューの初期メンバーでキャストとして舞台に立っていました。
自分が参加していた当時は申込書を送りオーディションが行われたのですが、このオーディションは基本「落とす」オーディションというよりは「生かす」オーディションでした。
その後、歌、演技、ダンスの基本的なレッスンが行われるのですが、(当時はゴールデンウィーク頃に合宿が行われました)慣れるまでは大変で、社会人の人たちは仕事の隙間をみて練習したり学生も勉強の合間に練習したりしていて、自分の場合は特にダンスが苦手で、先生によく駄目出しされていました。
その後、配役が決まると個別にレッスンしたり全体練習があったりして、この頃になるとキャスト、スタッフの団結が深まり、本番に向けてレベルアップしてきて本番には全力でみんなが舞台を作り上げていきました。
そしてSUKAミューですが、今回8月に25周年の公演が行われるのですが、物語の舞台となるのは、昔米軍基地の近くにあった「EMクラブ」ジャズの殿堂の話を取り上げます。しかし、公演を行うにあたり資金繰りが大変で存続の危機ということでクラウドファンディングを行うことになったようです。
下記にリンクを貼っていますので、もしご協力できる方がいらっしゃいましたら、ご参加いただければと思います。
よろしくお願いいたします。
存続の危機!横須賀市民ミュージカル25周年記念公演を成功させたい!|For Good|手数料0%のクラウドファンディング
私が考える医療問題
現在が抱えている日本の医療問題について、自分が体験したことを交えて紹介したいと思います。
①救急車の利用方法
最近は高齢化や利用者のモラルの低下により、医療問題が深刻化しています。
まず、我々が注意したいこととして、体調不良が起こることは誰にでもあるものの、歩いて、または公共交通機関(電車、バス、タクシーなど)で移動できるぐらいの状態にも関わらず救急車をタクシー代わりに呼んでしまうケースがあるようです。
このようなことをすると本当に必要とする危篤状態で緊急を要する患者さんを病院に搬送することが出来なくなったり遅れたりしてしまい、死亡してしまうこともあります。
もし、救急車を呼ぶ必要な状況なのか分からない場合は #7119 に電話して状況を説明して指示を聞いてみてください。
また救急受診アプリ「Q助」も活用できるようです。
救急車を呼んでいいの? 判断に迷ったときは?#7119 :: マエダ調剤薬局
また、救急車が来たとしても、病院の病床が満床でなかなか決まらないケースもあります。
現在全国の病床がある病院数は8200施設で病床数は約150万床あるそうですが高齢化の影響や地方の病院が医者不足などで閉院してしまってで病床が不足し、たらい回しになることもあります。この状況はコロナウィルス蔓延時ほどではないものの病床不足になってしまうこともあるようです。
②病院の転院
入院して数週間~1か月ぐらいで完治して退院出来る場合には問題はないことですが、高齢者や病気や怪我が重篤で入院が長期化する患者さんに対して有無を言わせず病院を転院させられるケースがあります。
実際に2年前に亡くなった私の母親の話ですが、母は肺炎で入退院を繰り返し、晩年は助かる見込みが少なかったのですが、延べ3~4回病院を転院し、最後は彼女の生まれ育った町の市立病院で亡くなりました。
ではなぜ転院は行われているのか?というと
①病床不足の解消
これは、都市部の病院ならともかく、地方病院は特に病床が少なかったり、専門医がいなかったりするため、新しい急患や重症患者を受け入れるために、ある程度症状が重くない患者さんは概ね3か月で転院を促されます。
②診療報酬を減らされるため
これは、国の保険制度が関わっていて病院だけの都合で転院させているわけではないようです。
診療報酬が大幅に下がる(3ヶ月ルール)
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日本の医療制度では、入院が14日を超えると病院が受け取れる報酬が下がる仕組みがあります。
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特に高齢者の長期入院では、90日(約3ヶ月)を超えると報酬が極端に減るため、病院は赤字になります。
③病院の役割分担
これは病院によっての得意分野によって転院させられるもので
・急性期病院:手術、緊急医療などを受け持つ病院(救急病院など)
・回復期リハビリ病院:機能回復などのリハビリが中心の病院
・療養期病院:長期療養、介護よりの病院(老人ホームやサナトリウムに近い)
と機能別に分かれているところもあるようです。
上記の理由で転院をすることになるのですが、病床不足を解消させるための施策の反面、治療の一貫性という意味では、病院間で引き継がれているとは言え、見立てが担当医によって違ったり病院でできる設備が違ったりすると、誤診を招く可能性もありうるし、新たに病気を発見したりするという場合もあります。
急性期病院の入院には上限がある?長期入院できない3つの理由を専門家が解説|介護の教科書|みんなの介護
②まとめ
60歳というと「人生100歳時代」と言われるとは言え、人間の平均寿命から考えると「人生の終点」を考えなくてはいけない年齢になってきているかもしれません。
「体調不良」は誰にも起きるので病院にお世話になることは仕方がないのだが、なるべく健康に注意して、病院にお世話にならないように生活しましょう。
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#Q助
書店巡り③(有隣堂)
今回は有隣堂に行ってきました。
有隣堂とは1909年に創業した書店・文具・雑貨店のほか、音楽教室やカルチャーセンター、飲食店などをやっていて、店舗は神奈川県を中心に東京・千葉・兵庫・大阪など約40店舗を展開しています。
今回はその中から横浜にある「伊勢佐木町本店」と先に紹介した「BASE GATE横浜関内店」に行ってみました。
まずは「伊勢佐木町本店」から紹介します。
店内は地下1階がコミック王国、1~2階、5階が書籍売り場、さらに1階にはフラワーショップ(花屋さん)3~4階が文具売り場さらに6階は後で紹介するYoutubeスタジオとイベントスペースになっていて、この日は何も行われていなかったので入ることが出来ませんでした。
お店の雰囲気は、建物の外観から分かるように古く趣のある建物で、各階ごとに分野ごとに商品が並べられているので商品が探しやすいのですが、エレベーターはあるもののエスカレーターが無く階段も少し狭いので、店舗内の移動が大変です。
会計は文具以外は1階でまとめて会計出来て、現金もキャッシュレスも対応可能です。
店内は地下1階から2階までが有隣堂のフロアで、地下1階にカフェや食堂、1階には食品や雑貨ジューススタンド、2階が書籍売り場とコワーキングスペースがあります。
お店の雰囲気は1階からお店に入ると食品や雑貨を販売しているので、一瞬戸惑うのですが、食品や雑貨はほとんどスーパーなどでは見かけないような珍しい食べ物や飲み物が販売されていて面白いのと、地下1階にギャラリーや食堂、カフェは広くゆったりしています。
2階には書籍売り場と文具売り場、コワーキングスペースがあり、書籍は比較的文系の本が多いような気がするのと、文具の売り場はそんなに品揃えが多くありませんが、その代わり、キャンペーンなのかシングルレコードが置いてあったり、試し読みスペースもあって読みたい本を探すのに良いかもしれません。
最後に有隣堂ではYoutubeの番組チャンネル「有隣堂の知らない世界」を配信しています。
詳細は後日紹介しますが、このチャンネルは進行役がミミズクのR.Bブッコローで、毎回有隣堂のバイヤー(店員)や出版社、文具メーカー、作家さんや芸人さんなどをゲストに迎え、書籍や商品紹介をしながらいろいろな話をするチャンネルです。
チャンネル登録者数が52万人(2026年4月現在)で書籍化やブッコローグッズも販売されています。
有隣堂|本・雑誌・文房具・雑貨の販売
BASEGATE横浜関内(ベースゲート横浜関内)
有隣堂 BASEGATE横浜関内店




