アルプススタンドのはしの方
※ネタバレです。
製作年 2020年
製作国 日本
上映時間 75分
監督・編集 城定秀夫
原作 藪博晶、兵庫県立東播磨高校演劇部
脚本 奥村徹也
企画 直井卓俊
プロデューサー 久保和明
撮影 村橋佳伸
録音 飴田秀彦
スタイリスト 小笠原吉恵
ヘアメイク 田中梨沙
サウンドデザイン 山本タカアキ
主題歌 the peggies
演奏協力 シエロウインドシンフォニー
応援曲編曲 田尻政義
助監督 小南敏也
ラインプロデューサー 浅木大
スチール 柴崎まどか
出演 小野莉奈、平井亜門、西本まりん、中村守里、黒木ひかり、平井珠生、山川琉華、目次立樹 他

あらすじ
夏の甲子園1回戦、母校の応援にやってきた演劇部の安田と田宮、2人の間には訳あってギクシャクした雰囲気が。そこに元野球部員の藤野、さらに帰宅部の宮下がやってくる。4人がそれぞれの思いを抱える中、試合は1点を争う展開になっていく...





素晴らしかったです!

と言いたい...(泣)


いや、もちろん本作はいろんな方から絶賛されているし、僕だって良い映画だとは思うんですよ。


でも本作を鑑賞して、ものすごく自己嫌悪になったというか、いかに自分が心の狭い人間か思い知らされたというか...


なんでしょう?この、KI・MO・CHI


本作とは何の関係もない、ZAZEN BOYS「KIMOCHI」。




とりあえず順を追って話していきますね。


まず、野球の試合を「見せない」という作劇はおもしろかったです。しかも主人公の安田田宮野球に詳しくないキャラクターであるため、2人の、あるいは野球経験者の藤野との会話が上手く説明セリフとして機能していて。本来であれば大きな見せ場となりそうな試合場面を、会話だけで実在感あるものとして成立させています。


僕自身、野球にはまったく詳しくないので、他の方が指摘されているような野球関連描写のリアリティの無さ(甲子園のアルプススタンドには見えないとか)は、幸いにも(?)僕は気にならなかったです。




とにかく、特に主要登場人物4人の魅力は素晴らしかったと思います。


先に書いたように、説明セリフが説明くさくなく会話の流れの中で自然に機能しているし、安田と田宮の間に流れるギクシャク感、その理由が最初から明確にはわからないんだけど、これもまた非常に上手い会話劇の中で見事に回収されていきます。


最初は離れた場所にいる4人が、物理的に近づいていくということが、すなわち彼らの心の距離が縮まっていく、1つになっていくことをさりげなく示しているのも感心して。帰宅部の宮下さん(煉獄さんと同様、なぜか"さん"づけで呼びたくなる。)が、感情の起伏があまり無さそうな子に見えるんだけど、彼女の感情がまさに「動く」その瞬間を、流れる汗で表現するあたりも素晴らしかった。


藤野もすごくよかったなぁ...。エースの園田に対する嫉妬。報われるはずもないのに愚直に練習に励む矢野に対する劣等感。自分の実力に「しょうがない」と見切りをつけて野球を辞めたことは正しかったのか?正しいはず。正しいと思わなきゃやってられない!この感じ。何かを諦めた経験のある人にはかなりグッとくるキャラクター。それは演劇部の安田田宮コンビももちろんそうですが。


茶道部の先生とかもね。まあかなりフィクショナルなキャラだとは思うんです。マンガ的というか。でも彼も決して記号的な存在じゃない。声ばっかりデカくて、本当に暑苦しいんだけど、安田が彼に「先生それって腹から声出てないですよ」なんてことを言う。このセリフがまた後の伏線になってるんだけど、実はこの先生も、本当は野球がやりたかった、ベンチから声を出したかった。だから本心から、腹からは声が出ない空元気、空回り、でもやるんだよ!というね。この先生の心情、たぶん多くの方が共感できると思います。





序盤と終盤で2回繰り返される、ボールを取った、取らないみたいなくだりがあるじゃないですか?(うろ覚え)


序盤は田宮と安田、終盤は田宮と宮下さんの間で交わされるやり取りですが、「こっちからは見えないけど実はこうだった」みたいな会話だと思うんですが(うろ覚え)、これはつまり、それまで一面的に他者を判断していた彼らの、「見方」が変わった瞬間2回繰り返すことで強調していて。


普段僕らだって、「あの人はこういう人」っていう決めつけ的な見方を、意識的にしろ無意識的にしろやってしまうと思うんですよ。でも本当はそうじゃない「はしっこ」にいるやつらも、「真ん中」にいるやつらも、それぞれに事情なり、悩みなりを抱えて生きている。これは誰しも否定できないし、とてもフェアな考え方だなと。


なんか感想を文章にしていたらスゲー良い映画だったなという気持ちにもなってきたんですけど、う~ん...


頑張って(?)文句も書きますね。




味方もなく、フェアに描くというのはすごく良いと思うんですけど、あの吹奏楽部の久住とかいう女の、「真ん中だってつらいんだから。」みたいなセリフには、本当にごめんなさい、


何を言ってんだこいつ?


と思っちゃいました...(汗)


「ジョジョの奇妙な冒険 第七部」より


なんて言うか、金持ちに、「金持ちだってつらいんだから...」みたいなことを言われてる気分というか。しかも他の部員に「ちゃんとやろうよ!」みたいなこと言うくせに、お前は彼氏とLINEばっかしてんじゃねーかというね。


それから久住の取り巻き連中もムカついてね...あの宮下さんに向かって嫌味を言う女とかね...


彼女が最後に大泣きしている姿を見た時は、まあ心情的にはわかるというか。あの子だって、いろんなことがあって、思いがあってという。でもそんな簡単に納得できねーぞ!


本音を、それこそ腹から声を出して言わせてもらうなら、いい気なもんだなというか、あの女には試合後に鼻エンピツをくらわせてやりたかったです。


せめてこのぐらいの追い込みはかけてやりたかった...(「ビーバップハイスクール」より)



矢野の名前が呼ばれた時だってね、僕も表面上「わー!矢野ぉー!」って感じだったのは認めるし、「TRAIN-TRAIN」がかかったら、歌詞が彼らと重なってそりゃあジーンとはきますよ。でも本心では冷めていたというか、やっぱり、他人事じゃねぇかという気持ちで...


「TRAIN-TRAIN」は高校野球じゃベタかもだけど、たしかにグッときた。



でも、でも僕だって彼らを心から応援したい!


だけど本心ではこういう気持ちになってしまう自分は本当に最低な人間だなと...


たぶん僕自身はアルプススタンドのはしにすら行こうとしない人間なので。応援が強制だとしても、僕だったら仮病を使ってでも休むし。本編を観ている間、僕ははしっこにいる彼らの背中を、さらにその後ろから眺めている気分だったというか。


だって別にあの子たちって、そんなに「はしっこ」な人間ではなくない?
かわいいし、イケメンだし、演劇部は少なくとも関東大会には出れるレベルだし、成績常に1位だし。


だからやっぱりあのエピローグはのれなかった...
なんか、あーもうこんなことホントに言いたくないんだけど、たかだか野球の試合に感動したぐらいで人生前向きになれれば世話ねーよという気持ち...


いや、彼らは悪くない!悪くないんです!


でも僕は...例えば「ロッキー」を観れば感動します!明日からまたがんばろうと思います!


でも実際は、飯食って、風呂入って、寝て起きたら、あれほど泣いて、あれほど誓ったのに、またダメな自分に戻ってて、自己嫌悪になって...そういうことってないですか?


結局ね、ダメな自分を棚に上げたひがみなんですよ。彼らがあまりにも輝いて見えたから...


でもこんなひがみも、ひとえに僕の他人に対する「見方」が一面的かつ心が狭いがゆえなんですよね...。他の人からすれば、僕に対して「お前も別にはしっこじゃねーだろ。」という気持ちになることだってもちろんあるだろうし。




本当は、今の僕がやるべきことって、彼らのようにまずはアルプススタンドのはしに立つことなんですよね。話はそれからで。自分は何も頑張ってないくせに、しょせんは他人事っていう顔して、彼らのことを上から目線であーだこーだ言う前に...


素直に感動できない自分嫌いで、本当は彼らのとなりに行きたいのに、拳を振り上げて矢野を応援したいのに...(泣)


だから、最初の話に戻りますけど、僕はこの作品がつまらなかったなんて話をしたいわけじゃないんです。


なんか、こんなに心がかき乱された作品は久しぶりでした。


僕にとってはすごく見たくないものを見せられた気分です。どんな残酷描写よりも強烈でした。


でも、見たくないものを突き付けられるのもまた、映画の醍醐味だと思います。


いつかまたこの作品を観返した時に、彼らの後ろじゃなくて、となりにいるような感覚になれたら、僕も少しは成長できたってことなんでしょう。今はまだ、「はしっこ」に立つのも怖いけど。


とにかく良くも悪くも、僕にとってはめちゃくちゃ胸に刺さる作品でございました。オススメです。


個人的評価
7/10


書き忘れましたけど、ストップモーションで終わる感じ、僕は大好きでした。


月並みな例えかもしれませんが、本作は高校生版の「何者」って感じがしました。


the peggiesの主題歌もよかったです。


ではまた。