主人が出張から帰って、

夜23時頃、子どもも寝静まっていたから
TVを消したまま
灯りも落として晩酌をしました。
 
話題は、お互いの家族のことになり
 
わたしの両親に、
子どもを会わせたいか?
と聞かれ
 
『それは、あなたの気持ちと一緒。
あなたも、両親に会わせたいという気持ちと、変わらない。』 と伝えました。
 
けれどその上で、
 
『わたしの気持ちはどうでも良い。
子どもと、あなたの為にならない。』
 
心のどこかで、
この件について
消化できない、
モヤモヤはずっとあります。
 
でも、
今はこれで良いのだと思いました。
 
取っていた距離が、
急速に近づいてしまうこと。
 
それは
良い影響を与えない。
 
波紋のように、
主人や子どもに伝わってしまう。
 
わたしの、
『どうしているのか気になる』
という気持ちは 
知りたい故のエゴでしかなく
 
会うことの心理的リスクは
変えられないのです。
 
『子どもが大きくなったら
わたしの両親はもういないと伝える。』
 
そして
 
『あなたの両親や祖父母に会うたび 心のどこかでは、寂しさも感じる。
それはわかってほしい。』
 
『祖母や父母の
愛していたもの
大事にしていたもの
 
それをわたしが大事にする。
 
それくらいしかできないし、
そうすることで、
 
自分の中に生き続けると思うから
それだけはする。』
 
 
主人は頷いてくれました。
 
 
義実家に行くと
何だか空っぽになってしまうというか
自分の軸を見失う気がするのは
 
相手の家系に
【のまれる】ような
感覚に落ちいるからかもしれません。
 
嫁にとっての旦那の両親一族というのは
やはり他人であるからです。
 
いつまでも平行線で、
 
縮まらない距離を保ったまま
それぞれの立場として生きていかなければと感じます。
 
アイデンティティを求めて
自分の軸を探し直したくなります
 
だからか
義実家の同居は絶対ムリだと
言い放ったのかもしれません。
 
 
『わたしたち3人の暮らしを、
大事にしている。大切に想っている。』
 
 
それが1つの、
わたしの軸です。
 
だから主人にも
覚悟を決めて欲しい部分があります。