かすてぼうろ
あらすじ
関ヶ原前夜。
山深い田舎で育った十三歳の於くらは、越前府中城の炊飯場で下女働きを始める。
城主・堀尾吉晴に料理の才を見出された於くらは、出会いと別れを繰り返しながら、持ち前の機転と思いやりで天下人の心までもを動かしていく。
グッときたポイント
ちょうど信長の家臣団の城のシリーズで北庄城と柴田勝家の武将印を作っていたので、驚きました。
堀尾吉晴と結城秀康も登場するとは知らなかったのですが、やはり本とも縁というものがあるのだと思いました。
コロナ禍のとき、堀尾の分銅紋のマスクの制作を頼まれて松江の観光協会様まで納品したことがあります。
ほんまる神保町のわたしの【紀州戦国屋】の棚に、武川佑さん(最初は勝手に男性かと思っていましたが女性)の「かすてぼうろ」サイン本を作っていただいていて、残り一冊になりました✨
関ケ原前後の越前北庄城が舞台で面白いです。
この作品に登場するのは、堀尾吉晴、結城秀康で、明智光秀の家臣の四王天政実も。
本能寺の変や安土城饗応にも触れていて面白かったです。
【四王天兄弟とは】ウキペディアより一部抜粋
丹波支配を任された光秀は丹波国内の諸将を再度配した。
四王天兄弟は福知山城代とされ、政孝は福知山城周辺に1万石の知行を得た。
本能寺の変の際には明智方に加わり、負傷した明智光忠に代わって政孝が織田信忠の籠る二条新御所攻めを指揮した。
政実は本能寺で森蘭丸を討ったとされるが、これには異説もあり、政孝とも別の人物ともされる。また、森蘭丸ではなく弟の力丸を討ったとする説もある。
天正10年(1582年)6月13日、山崎の戦いにおいて、政孝は光秀に先んじて戦死した。
政実は紀州に逃れ潜伏し、同地の領主となった青木秀以(一矩)に仕えたのち、青木氏の転封に従い各地に移動した。
越前国北ノ庄領主だった青木氏が関ケ原の合戦の結果として改易されると、同地で浪人したが、その後に北ノ庄藩主となった結城秀康に登用された。
子孫は福井藩士となった。
真田の具足師も真田好きの私にはゾッコン。すっかり武川先生のファンになってしまいました。
こんな人におすすめ
かすてぼうろとは、カステラの意味も。
戦国、歴史好きな人におススメ。
尊敬する磯田道史さんの「武士の家計簿」は貴重な武家文書も面白いですが、かすてぼうろも、堀尾吉晴、結城秀康の台所衆としての於くらが、戦国の世の食の戦いに挑む姿に感動を覚えました。
では、今日もオモシロク

