
オム家は、今。
むせ返るほどの花束であふれています。
そこにはどれも、
小さなメッセージカードが添えられています。
「チャーリーへ」
ご近所さんからものすごく愛されてた愛犬チャーリーを思い出すと、
やっぱり涙がこぼれます。
チャーリーは、
2010年6月10日、20時50分に他界しました。
13歳でした。
4月はじめに余命数週間という宣告を受けながらも、
ものすごい生命力で一進一退を続けていたチャーリー。
しかし数日前からいよいよ具合が悪くなり、
そろそろか?って覚悟を決めてたところでした。
6月10日にチャーを病院に連れて行った父親は、
医者に言われたそうです。
「安楽死もひとつの選択肢です」
と。
安楽死。
私は肯定派でした。
今でもたぶん、肯定派ではあると思う。
でも実際、家族に安楽死を、と勧められて、
「ではお願いします」
とは言えなかった。
安楽死肯定派という主張は雲の上に漂う理想論であって、
現実のものではなかったのです。
そして実際に目の前に突きつけられ、
私はもろくも崩れてしまった。
チャーリーは確かに、とても苦しそう。
でも勝手にその命を終わらせてしまっていいのだろうか。
もっと長く、一分一秒でも一緒にいたい、
という飼い主のエゴだけではなく、
命あるものを殺すということ。
愛するものの命を自らの手で絶つこと。
やはり、どうしてもできない。
しかし父親は、安楽死させようと考えていました。
もうこれ以上苦しむ姿を見てはいられない、と。
彼の気持ちも、充分すぎるほど分かる。
でも私はどうしても、どうしても、
注射ひとつで命を終わらせることが出来ないんです。
6月10日は木曜日でした。
「もし、土曜日まで持ち堪えたら、病院で安楽死をさせてあげよう」
それが父親が出した妥協案でした。
「わかった」
と答えながらも、全然納得できない。
でも、やはりここは安楽死させるべきなのだろうか。
悩みに悩んで、そして答えが出ずに友達にメールをしまくり、
「立ち会えるなら、それもひとつの選択肢だ」
という意見をたくさんもらいました。
確かに、家にひとりで留守番していることの多いチャーリー。
もし私たちが仕事に行っている間に、ひっそりと家で息を引き取る、
なんてことがあったら可哀想すぎる。
最期をひとりで迎えるなんて、そんなの、可哀想すぎる。
だから一緒に、最期まで撫でてあげながら、
話しかけて感謝を伝え、愛を伝えながら死を迎えさせてあげる。
それもひとつの選択肢なのかもしれない。
そう思いながら、心の中で大きな葛藤と戦っていました。
どうすればいいの?と。
そしてリビングのソファに登れなくなったチャーのために作ったベッドの隣に座り込み、
話しかけながら撫でていました。
ただずっと、撫でていました。
しばらくすると父親もやってきて私の隣に座り、
ふたりでチャーリーに話しかけながら撫でてあげてた、そのとき。
チャーリーの心臓が止まりました。
2010年6月10日、20時50分。
1日のうちで寝ている時間を除けば、
チャーと一緒にいられるのは4時間ちょっと。
その限られた時間で、父親も家にいるときに目の前で、
一部始終を見届けて看取れたこと。
奇跡のような気がします。
友達数名に言われました。
「犬は家族みんながいるのを確認して、安心して死んでいくんだよね」
って。
かもしれない。
少なくとも、チャーリーはそうだった。
そして地元の火葬場で荼毘に付しました。
遺骨とともに家に帰り、
祭壇を作ってチャーリーがいつも付けてたハーネスとリード。
そして写真。
さらにたくさんのお花を飾っています。
いろいろ、あったよ。
チャーリーは、オム家にいなくてはならない存在でした。
母親が6年前に他界したとき、
辛くて辛くてどうしようもないときに、
スッと近くに寄ってきて、小さな身体を預けてきました。
チャーリーを撫でながら、何度、母親を思って涙したことだろう?
そのぬくもりが、永遠に消えてしまった。
今思い出すのは、元気だったころの母親と一緒に遊んでいるチャーリーの姿ばかり。
皮肉な話です。
13年も一緒にいたのに、思い出すのは6年以上前の思い出ばかりだなんて。
もうしばらく、遺骨は家の祭壇に置いておきます。
そして心の整理がついたら、
庭に埋めてやろうと考えています。
そこに、木か、花を植えてあげて。