で、実は僕らは技術に操られてるんじゃないの??


って話の続き。
ちょうど、しばらく前に読んだ別の文章にはこう書いてあった。



環境大切だよね。
けど実は、環境には見えない所でXが組み込まれてる。
正確には、環境を作るテクノロジーにXがビルトインされている。

環境はフィジカルにもメタフィジカルにも影響を与えるんだから、僕らってのは知らないうちにXを取り込んでる事にもなるし、経験もX色を帯びる。


僕ら=f(環境)
環境=g(テクノロジー)
テクノロジー=h(X)

∴ 僕ら=F(X)

Xに入るのは、政治宗教経済歴史等のコントラバーシャルな類。

これはまずいんじゃないのか??


だから僕らは環境の、さらにはそれに血肉(X)を与えるテクノロジーの民主化を進める必要がある。

とその文は結ばれてた。




で、誰も座らない電車の優先席を見て、禁忌と環境とコントロールについて頭にカチッとはまるものを感じたけど、気のせいだったらしい。

でも、3つのファクターが1つの系に成りかけてるっていうのは、エディターシップが上手く働いてるわけで、要約力にも繋がって欲しいという切実な願いがこの一連の作業には含まれているのだけど、それは当面のところ拝めそうにもない。
要約力(( _ _ ))..



4月26日
古典の人、いい人で安心した。