入間市議会議員 細田智也のつぶやき

入間市議会議員 細田智也のつぶやき

政治は優しさでなければならない。
30歳で脳出血を経験し、当たり前が当たり前ではない現実を知りました。
医師の「生かされた命」という言葉を胸に、
声にならない思いを抱える人、暮らしの中にある声を、政治の場につなげていきたい。議会や日常の事柄を綴っています。

【交通安全教室】
来年から中学生になる仏子小学校の児童が自転車を用いた交通安全教室に参加させていただきました!!

自転車に乗る前の安全点検や歩行者がいた場合、真っ直ぐ走行する練習、定められた箇所でブレーキをかけるなどのコースが用意されました。

寒い中でしたが、西武地区内のボランティアの方々が補助に付いてくれて、地域で子どもたちが安全に通学できるようにという強い想いが感じられました!!




「仕方がない」という言葉を、
私たちは日常の中で、何度も口にしています。

忙しいとき。
余裕がないとき。
これ以上、考え続けられないとき。

 

私自身も、今まで生きてきた中で
この言葉に助けられたことは数えきれないくらいあります。

どうにもならない状況で、
自分を責めすぎないために。
気持ちを切り替えるために。
「仕方がない」は、
とても実用的で、やさしい言葉だと思います。

 

しかし最近、
この言葉が使われる場面に、
少し引っかかりを感じるようになりました。

それは、
「仕方がない」と口にした瞬間に、
考えることまで一緒に終えてしまっていないか、
という感覚です。

本当は困っている。
本当は納得していない。
でも、それ以上言葉にする余裕がなくて、
「仕方がない」で会話を閉じてしまう。

 

「仕方がないので、大丈夫です」
そう言われたとき、
本当に大丈夫なケースは、
実はあまり多くありません。

声を上げない選択をした人ほど、
そのままの状況を引き受け続けることになる。
それが、現場で見えている現実です。

 

もちろん、
すべての問題に答えを出し続けることはできません。
「仕方がない」と受け止めることが、
自分を守る場面も、確かにあります。

それでも、
その言葉を使う前に、
ほんの一瞬だけ立ち止まる余地があってほしいと、
思ってしまいます。

 

これは本当に、
どうにもならないことなのか。
それとも、
考えることを中断するために、
この言葉を使っているだけなのか。

「仕方がない」は、
便利で、
ときに必要な言葉です。

 

でも同時に、
考えることを中断させる力も持っています。

その両面を意識しながら、
この言葉と付き合っていきたいと思っています。

何かを変えるより、
変えないでおく方が安心だと感じる場面は、
日常の中にたくさんあります。

 

失敗しないために。
波風を立てないために。
今は様子を見た方がいい、という判断。

変えない方がいい、と自分に言い聞かせてきた場面は、
私にもたくさんあります。

 

変えないという選択そのものを、
否定したいわけではありません。
慎重さや安定を大切にする感覚は、
多くの人にとって自然なものだと思います。

 

ただ最近、
その「変えない」という言葉が、
あまり考え直されないまま
選ばれているように感じることがあります。

それは本当に、
状況を見極めた上での判断なのでしょうか?


それとも、
失敗することや、責任を負うことへの
怖さが先に立ってはいないでしょうか。

地方議員として現場にいると、
「変えない」という判断の裏側で、
同じ困りごとを抱え続けている人たちに出会います。

 

前例がない。
今は難しい。
様子を見たい。

 

そうした言葉が重なるたびに、
変えなかったことで、
そのまま置かれてしまった生活があることを
考えずにはいられません。

声を上げる余裕がない人ほど、
現状維持の影響を強く受けている。
それが、現場で見えている現実です。

 

もちろん、
すべてを変えればいいとは思っていません。
変えることが、常に正解だとも言えません。

それでも、
「変えない」という選択が、
本当に慎重な判断なのか。


それとも、
考えることを先送りするための言葉に
なっていないか。

私は、その問いを
自分自身にも向け続けていきたいと思っています。

誰かを責めたいわけではありません。
私自身も、
まだ答えを持っているわけではありません。

 

ただ、
「変えない」と決める前に、
一度だけ立ち止まる余地が、
この社会に残っていてほしい。と考えています。

ネットへの掲載が遅くなってしまいましたが、会派活動報告紙です!
衆議院選挙の関係で期間中は新聞折込も制限されており、2月14日(土)にやっと入間市内に新聞折込(毎日新聞・読売新聞一部地域)をさせていただきました!

30年以上、給料は大きく変わっていません。
一方で、食料品や光熱費など、生活に直結する物価は上がり続けています。

現代社会、多くの家庭で
節約は「工夫」ではなく、
生活の前提になっているように感じます。

私自身、節約そのものを否定したいわけではありません。
無駄を減らすことや、やりくりする力は、これからの時代に必要な知恵だとも思っています。

 

ただ、それが
「できて当たり前」
「我慢できて当然」
という空気になっていないだろうか。
そこに、少しだけ引っかかっています

生活が苦しくても、
それを個人の努力や忍耐で引き受け続けることは、本当に私たち自身を守っている選択なのでしょうか。

 

地方議員として現場にいると、
生活が厳しい人ほど、声を上げなくなっていく場面を多く見ます。

「仕方がないので」
「自分が我慢すれば大丈夫です」
そう言って、話を終わらせてしまう人たちです。

 

本来、生活の苦しさをどう分かち合うかは、
個人の工夫だけでなく、
社会全体で考えるべき問いのはずです。

それでもいつの間にか、
「耐えられる人が耐える」
「声を上げない人が我慢する」
そんな前提が、当たり前になっているように感じています。

 

それは決して、無関心だからではなく、
これ以上、波風を立てる余裕がないからだと感じています。

 

これは、誰かを責めたい話ではありません。
私自身も、まだ答えを出せているわけではありません。

ただ、
「節約が美徳」という言葉の奥に、
見えにくくなっているものがないか。
その感覚だけは、手放さずにいたいと思っています。

入間市市民交通安全大会が開催されました。

日頃から地域で交通安全に尽力されている皆さまへの表彰、
そして改めて「命を守る行動」の大切さを確認する時間となりました。

埼玉県では、全国的に見ても交通事故が多い状況が続いています。
特に、
・交差点での出会い頭事故
・歩行者や自転車の事故
・高齢者が関係する事故
は、今も大きな課題です。

交通事故は、
ほんの一瞬の油断
「大丈夫だろう」という思い込み
から起きてしまうことが少なくありません。

だからこそ、
・横断歩道では歩行者優先
・自転車も「車両」であるという意識
・時間と心に、少しの余裕を持つこと

その一つひとつが、
誰かの命を守り、
そして自分自身を守ることにつながります。

交通安全は、特別な人だけのものではなく、
私たち一人ひとりの日常の選択です。

今日をきっかけに、
もう一度、足元と周囲に目を向ける。
そんな意識を、地域全体で共有していけたらと思います。

下記は初めての試みである、子どもたちの受賞ポスターラッピングトラックです!


節分って、豆まきの日。
そう思っている人も多いと思います。

私は、節分を
「鬼を追い出す日」というより、
“気を切り替える日”だと捉えています。

季節の境目。
目に見える景色はまだ冬でも、
空気の奥では、もう春の気配が動き始める。

そういう“流れの変わり目”って、
人の運や心にも影響している気がします。

私自身は目に見えないものを信じているタイプです。
気の流れ、巡り、タイミング。
そして「今は動く時か、整える時か」という感覚。

易も陰陽も、結局はシンプルで、
変化には順番があるということを教えてくれます。

いきなり春にはならない。
でも、確実に春へ向かっている。

節分は、その“切り替わり”を
体で感じるための日なのかもしれません。

豆をまくのも、
ただの行事じゃなくて、
自分の周りの“場”を整える行為だと思っています。

部屋の空気が重いとき。
気持ちが沈みがちなとき。
なぜか物事が噛み合わないとき。

そういう時って、
努力不足とか根性論じゃなくて、
単純に「流れ」が滞っていることもある。

だから、いったん祓う。
区切る。
整える。

節分の豆まきには、
そういう意味がある気がします。

私たちはつい、
目に見える結果だけで焦ってしまう。

「まだ変わらない」
「まだ進んでない」
「自分は遅れている」

でも本当は、
目に見える変化の前に、
目に見えない変化が起きていることが多い。

水面は静かでも、
水の底では流れが変わっている。

節分は、まさにそのタイミング。
“変わり始める前の変化”を信じる日です。

この節分、
大きな決意をしなくていい。
無理に何かを始めなくていい。

ただひとつ、
「手放すもの」を決める。

不安、焦り、比べる癖、
自分を責める言葉。
あるいは、頑固な「こうあるべき」。

豆をまくように、
それを外へ出す。

そして、
「福は内」って、
遠くから持ってくるものじゃなくて、
本当は自分の内側に戻ってくるものだと思っています。

節分は、
未来を変える日というより、
流れを整えて、未来を迎えにいく日

みなさんは今日、
何を祓って、
どんな春を迎えますか?


【お知らせ】

入間市は、「物価高騰対応重点支援地方創生臨時交付金」を活用し、物価高騰の影響を受ける生活者や事業者をいち早く支援するため、全市民に対し、1人あたり4,000円の地域商品券配付事業を実施します。

対象者

令和8年1月1日現在において、入間市の住民基本台帳に記載されている者

配付額

配付対象者1人あたり4,000円

 

カード型商品券(カード・電子併用)

利用可能店舗

市内を中心とした加盟店舗

配付時期

令和8年3月頃〜順次(予定)

詳細は、入間市公式ホームページに掲載されています!

自分を愛するということは、
自分を甘やかすことでも、
自分だけを守ることでもないと、私は思っています。

それは、自分の意識を少しずつ広げていくこと

自分を大切にしたい人ほど、
人を拒絶するよりも、
「なぜそう感じるのか」を見つめようとする。

時と場合によりますが、
私は、嫌いな人を無理に好きになる必要はないと思っています。
それでも、
「受け入れようとした瞬間」、
私たちの意識や感覚は確かに広がっていきます。

都合の悪い出来事も同じです。
起きてほしくなかった出来事を
「なかったこと」にするのではなく、
「起きた事実」として受け止めたとき、
視野は一段、広がります。

もちろん、
「そんなの無理だよ」
と思う気持ちも当たり前です!

人が人を嫌いになるのには、理由があります。
それは多くの場合、
自分の中にある
「こうあるべき」
「これは許せない」
という自分の価値基準が反応しているからです。

その基準がひとつ緩むたびに、
他者との境界は薄れ、
意識は広がっていくのではないかと考えています!

みなさんの中にある
「こうあるべき」は、どんな物事でしょうか?

実はそれもまた、自分自身が選び、
自分自身が握りしめてきたものなのかもしれません・・・

私自身もそんなことを頭の片隅に意識しながら生活しています。


2026年が始まりました。
今年は 丙午(ひのえうま) の年です。

丙午については、
縁起が悪い、迷信だ、気にする必要はない――
いろいろな捉え方があります。

私はどれか一つを正解だとは思っていません。
また、目に見えるものだけが、すべてだとも思っていません。

ただ、
流れや巡り、空気のようなものは、確かにあります。
そんな感覚は、大切にしています。

丙午の「丙」は、強い火を表すと言われます。
燃え上がるような火というより、
内側に熱を持ち続ける火。

急がせるでもなく、
壊すでもなく、
静かに前へ進ませる力。

私は2026年を、
そんな一年にしたいと思っています。

これまで社会の中には、
「こうあるべき」「普通はこう」という枠がたくさんありました。
その枠の中で、言葉にできない違和感を抱えてきた人もいます。

障がいのある人、
生きづらさを抱えている人、
声を上げること自体が難しかった人。

大切なのは、
誰かを特別扱いすることでも、
守ってあげることでもなく、

同じ社会を生きる一人として、どう支え合うか
だと思っています。

弱い立場だから守るのではなく、
共に生きる社会の一員だから支える。

その考え方を、
派手に掲げるのではなく、
日々の選択や行動の中で、静かに積み重ねていきたいと思います。

2026年
目に見える現実と、
目に見えない感覚の両方に耳を澄ませながら、
感謝の気持ちを忘れず一歩ずつ進んでいく一年に。

本年も、どうぞよろしくお願いします。