短編小説集(仮)

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短編小説を載せていきます。

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紛争地域に生まれた俺は、物心がつく頃には戦闘の英才教育施設にいた。家族のことを含め、その前のことは何一つ覚えていない。教官は“お前らはここで生まれた”の一点張りだったが、実際は子供が幼い頃に親が金欲しさに売り飛ばす場合がほとんどだと後から知った。
しかし成長するにつれ、いない親のことなどどうでもよくなった。何故なら、そこにはもう家族の絆を超えるかけがえのない仲間達がいたからだ。
虐待など当たり前の厳しい環境の中で、それに耐えきれず命を落とす者がいることは最早日常茶飯事だった。“経験を積む為の実戦演習”という名目で戦場や潜入任務に駆り出されることもしばしばだった俺達には死というものが常に身近にあり過ぎて、慣れていくのが当然の感覚だった。自らがその運命を辿る可能性さえ、受け入れていた者が大半だったと思う。裏切り、見捨て、殺す。俺達の日常は真っ黒だった。
しかし仲間の死にその場でショックを受けたり悲しいと思っても、泣く前に命令があれば冷静に淡々と任務をこなす。それは、もしかしたら自分でも気づかないうちに感覚の慣れが心を麻痺させていたからかもしれない。決して忘れるわけではないが、引き摺ることなどほとんどしなくても日常を普通に過ごせる程には余裕があった。
しかしその一方で、だからこそ同じ境遇に身を置き、共に死線を潜り抜けてきた仲間達との絆はとても固かった。その存在は何にも替え難く、絶対に失いたくない大切な宝物だったのだ。相反し、矛盾しているのに同居するこの感覚には、自分でも戸惑う程だった。
やがてその中でも、誰にも言えない秘密でさえどんなことでも話し合い、分かち合える親友ができた。そして誰よりも愛しく大切でどんな時でも支え合い、分かり合える恋人ができた。
しかし、すべてを失った。否、奪われた。卑怯かつ、卑劣極まりない一人の男によって。
その時俺は、自分の心のどこかで何かが壊れる音を聞いた気がした。
そして、誓った。この悲しみ、やるせなさ、そして憤りは決して、断じて忘れない。そうだ、この男だけは絶対に許さない。誰が何と言おうと、許してはならない。たとえ何があっても、自分が死ぬようなことがあっても必ずこの手で断罪してやる。どんな手を使ってもだ。他の誰かの手になど渡すものか、渡してなるものか、と。
たった一人の正体不明のハッカーによる大規模軍事介入、そんな事実が世界中に広まるのにそう時間はかからなかった。情報の乏しい環境にいた俺でさえ、自らに災いが降りかかる前から噂に聞いて知っていた程だ。
それを耳にした当時は戦場に警戒心さえ抱いたがまだ他人事の段階で、その愚か者を自分から積極的にどうにかしようなどとは思っていなかった。
しかしあの時から何かに取り憑かれたように狂気的に、俺は一人の存在に執着するようになった。
自己顕示欲、思考の愚かさ、浅はかさ、軽率さ、幼稚さ、興味の対象以外への極端な無関心故の詰めの甘さ、そして到底英雄になどなり得ない器の小ささ。そういった側面が浮かび上がれば浮かび上がる程、人の形をしているのかも怪しいその外道に対して吐き気を催す程嫌な気分になり、絶望の底無し沼に沈めてやりたい衝動に襲われた。
しかしこれからはもう、そんなこともない。すべてが、終わったのだ。
そうだ、皆、俺はやった。ついに、ついにやった。ようやく、あの時の誓いを果たした。男が死んだところで何一つ返って来くるわけでもなければ、増して戦争の一つさえ終わることはない。それでも、これでやっと俺達は前に進める。そのはずだ。
「…ふはっ…はは…!かははははは…!!」
燃えカスのような笑いと共にいつか仲間達と夢見た眩しい未来が、氷の欠片のような涙と共にいつか仲間達と過ごした大切な思い出が、空気の中へと溶けていく。

硝煙と鉄が錆びたような嫌な臭いが混ざり合う無機質な空間を後にし、まさしく満身創痍、疲労困憊の状態で地上へと出る。
そう遠くない場所に大きく枝を広げた樹を見つけ、誘き寄せられるようにふらふらと近づいていき、日陰になっている根元に腰を下ろした。
雲一つない青い空から覗く太陽の容赦ない笑顔は、不快感を催すには充分だった。しかしこの大木の太くて丈夫な幹が、知らないはずの母の懐に抱かれているかのような心地よい錯覚を与えてくれたので、穏やかな気持ちになるのにそう時間はかからなかった。
俺は深い温もりの中で葉の隙間を潜る光を見つめていたが、最終的には大した抵抗もなく幸福感の波に呑まれ、浚われていった。
瞳を閉じれば、散っていった仲間達の顔が浮かぶ。決してよかったとは言えない人生だったが、それでも今あの日々の夢の続きを探しに行こうとする俺は満足した顔をしていると思う。
「友よ、永久の地獄でまた会おう。」