●バイデン政権はアメリカ社会の深刻な分断の克服をめざす。またトランプ前大統領に壊された同盟関係を修復し、中国・ロシア・北朝鮮を民主主義同盟によって包囲していく

 

 (1)バイデン大統領は1月20日、就任演説を行った。「皆さん、民主主義は今この時をもって勝利した」「私は全ての米国民の大統領になる」「私たちは同盟関係を修復し、再び世界に関与する」の3節からなる演説である。トランプ前大統領の誤った反アメリカ的政策からの大転換だ。少し引用したい。

 

 「私たちが今日祝うのは候補者の勝利ではなく、大義、すなわち民主主義の大義だ。国民の意思が聞き入れられ、考慮されたのだ。/民主主義がかけがえのないものであることを、私たちは新たに学んだ。民主主義とは、もろいものだ。そして皆さん、民主主義は今この時をもって、勝利した。/この聖なる地ではほんの何日か前、連邦議事堂の土台を揺さぶる暴力が起きた。だからこそ今、権力の平和的移譲を実現するため、神の下で、不可分な一つの国民として団結する。それは200年以上にわたって続けてきたことだ」。

 

 「この国の歴史で、今ほど試練や困難に満ちた時代はあまりない」。「私たちは今こそ、台頭する政治的過激主義や白人至上主義、国内テロに立ち向かい、打倒しなければならない。これらの課題を克服し、米国の未来を確かなものにするには、言葉だけでは足りない。民主主義で一番もろいもの、つまり団結が求められるのだ。団結だ」。

 

 「私たちは互いを敵ではなく、隣人とみなすことができる。尊厳と尊敬心を持って互いに接することができる」。「今は我が国にとって、歴史的な危機と困難な時だ。団結こそが前進を可能にする道だ」。

 

 「ここ数週間、数か月で、私たちは苦々しい教訓を学んだ。真実があれば、ウソがあるということだ。権力と利益のためにウソが語られた。そして私たち一人ひとりが市民として、米国人として、とりわけ憲法を敬い、国を守ると約束した指導者として、真実を守り、ウソを打ち砕く義務と責任がある」。

 

 「解決策は、内向きになって、党派対立に引きこもってしまうことではない」。「赤に対して青、地方に対して都市、保守に対してリベラルを対抗させる、 不作法な戦争に終止符を打たなければならない。それは、私たちがかたくなな態度を改めて、胸襟を開けばできる。わずかな寛容と謙虚さを持ち、私の母がよく言っていたように、少しの間、他人の立場を思いやる意思を持てばできる」。「そうした中で、私たちの間に同意できないことがあってもよいのだ」。

 

 「私は、世界の人々にメッセージを送る。米国は試練を乗り越え、一層強くなった。/私たちは同盟関係を修復し、再び世界に関与する。それは、昨日の試練に向き合うためではなく、今日そして明日の試練に立ち向かうためだ。私たちは力の見本としてだけでなく、模範の力を示すことによって、先導する。/私たちは平和と進歩、安全保障のための強力で信頼されるパートナーになる」。

 

 「私たちは目的と決意を持って、今日直面する仕事に取りかかる。信念が支えとなり、確信に導かれる。私たちが心の底から愛するこの国、および相互への献身がよりどころとなる。/神のご加護がありますように。私たちの軍を神がお守りくださりますように。米国よ、ありがとう」。

 

 (2)バイデン大統領の人間性と思想性が現れた優れた演説である。引用しなかったが、私は感動して熱い涙が溢れるところがいくつもあった。

 

 アメリカ社会の分断は本当に深刻である。トランプ大統領は4年間で、大統領選挙の結果を受け入れず、連邦議事堂を暴力で占拠して力で権力を奪い取ろうとするところまで、アメリカ社会の分断を深めた。アメリカ憲法と民主主義の否定だ。トランプ氏は保守主義者ではなくオルタナ右翼であり、独裁志向者である。そしてロシアと中国が自国の国益のためにそのようなトランプ氏を支持して、サイバー戦争によってアメリカ社会の分断を創り出してきたのでもあるのだ。

 

 バイデン大統領とアメリカ国民は、良心に従ってアメリカ憲法と民主主義を守り、団結を求めて分断の克服をめざしていく。アメリカがこの困難なたたかいに勝利することを願わずにはいられない。独裁侵略国家のロシアと中国は、自由主義陣営の盟主・アメリカの力を削ぐためにアメリカ社会の分断を画策し続けるから、アメリカと連帯して中国・ロシア・北朝鮮と戦っていくことは私たち自身の喫緊の課題であるのだ。中国・ロシアは日本に対してもサイバー戦争を展開しているし、彼らは日本侵略支配を国家目標にしている。

 

●大統領選挙結果の受け入れを拒否し、暴力で権力を奪い取ろうとしたオルタナ右翼のトランプ前大統領

 

 (1)私は2016年11月8日の米大統領選挙でトランプ氏が次期大統領に決まったとき、「非アメリカ的大統領トランプ氏によって、アメリカと自由世界は危うくなる」との文をブログに発表した(2016年11月30日脱、同12月28日アップ)。次に私は「非アメリカ的大統領トランプ氏は早急に倒されるべし!」(2017年1月31日脱、2月19日アップ)を書き、次に「トランプ大統領は国民を洗脳しその包囲によって議会支配を目指す」(2月28日脱、3月31日アップ)を発表した。

 

 日本の保守派には大統領選挙中、共和党のトランプ氏は民主党のヒラリー氏よりはるかに優れていると主張する人が多くいた。トランプ氏はアメリカを救うと言った国際政治学者もいた。ここには党派主義からの観念的な評価があったろうし、トランプ氏を当選させるために偽情報をアメリカ国内に拡散させたロシア、中国発の情報(架空のアカウントを用いる)やオルタナ右翼・スティーブン・バノン氏の「ブライバート・ニュース」の情報に支配された人々もいたはずである。私は日本の保守派の誤っている認識に危機感を抱いて、上記の文を発表していった。だけど「小さな声」であり、「肩書」もないため、ほとんど影響を及ぼすことはできなかった。

 

 私は上の文で次のように述べていた。「トランプ氏はその発言から米国の思想や原則とは無縁な人物、反する人物であり、アメリカおよび自由主義世界を危うくする人物だ、大統領になる資格などないと考えていたからだ」「『自由ある世界平和』を守る『特別な国・米国』を全面否定するトランプ氏の思想」「この『アメリカ第一主義』が本当に実行されたら、戦後の世界秩序は崩壊する」(2016年12月28日アップ)。

 

 「トランプ大統領とバノン氏は右翼民族派であり、二人三脚でトランプ政権を運営していくつもりだ。トランプ大統領はレーニンが既存国家を解体したように、法の支配、自由、民主主義を否定し、その価値を共有して形成された同盟(NATOや日本同盟など)を否定し」「民族主義、排外主義を煽り、また自由貿易を否定して、アメリカを破壊し非アメリカに改造しようとしている。トランプ大統領が言う『アメリカ第一主義』とはそういうものである」(2017年2月19日アップ)。

 

 「このようにアメリカを守ろうとする一部の閣僚、官僚、メディア、議会、国民はアメリカを破壊しようとする右翼民族主義革命運動を進めている非アメリカ的大統領のトランプ氏やスティーブン・バノン上級顧問らと戦っている」「議会で大統領弾劾を成立(大統領罷免)させなくてはならない。私たちも彼らと連帯して戦っていかなくてはならない」(2017年3月31日アップ)。

 

 (2)私は先の文では、共和党連邦議員の評価を誤ってしまっていた。共和党議員は「トランプ氏と戦い批判していくことになる」と書いたが、そうではなかったのだ。

 2016年の大統領選挙では共和党は17人が立候補した。16人は保守主義者を自認したが、トランプ氏だけが違った。16人はトランプ氏の右翼思想などを批判した。トランプ氏を共和党の大統領候補に指名する7月18日~21日の共和党全国大会では、過去の大統領選挙(本選挙)に出た5人のうちの4人が抗議して出席を拒否した。予備選挙で最後まで指名を争った3人も会場でトランプ支持を表明しなかった。非常に多くの選挙人がトランプ氏に投票したくないとして、自主投票を認める動議を提出した。共和党の幹部もあいまいな態度をとっていた。私はこうしたことから、共和党議員はトランプ大統領と戦っていくであろうと考えてしまっていたのである。

 

 だがヒラリー氏との本選挙が始まると、「共和党の大物政治家はみなドナルド・トランプを支持した。著名な共和党員のうちヒラリー・クリントン支持を表明したのは、すでに引退した政治家や官僚だけだった。彼らは今後選挙に出ることを考えておらず、政治的に失うものがない人々だった。選挙前日、『ワシントン・ポスト』はクリントンを公けに支持した78人の共和党員のリストを発表した。そのうち現役議員はただひとり、ニューヨーク州選出のリチャード・ハンナ下院議員だけで、彼は政界を引退する予定だった。この引退間近の下院議員のひとりをのぞいて、共和党の知事や上下院議員の名前はリストになかった」「当初はあいまいな態度をとった共和党幹部たちも、結局はトランプのうしろで陣営を固め、統一された党のイメージを作り上げた」のである(『民主主義の死に方』スティーブン・レビッキー氏、ダニエル・ジブラット氏著。95~96頁、2018年9月25日発行)。

 

 現役の大物共和党議員が連名で「ヒラリー氏に投票すべきだ」と共和党支持者に訴えれば、きっと状況は変わったであろう。しかし共和党議員のほとんどはアメリカ憲法と民主主義を守ること、すなわちアメリカの国自体を守るという至高の責務を果たすことよりも、自らの権力と利益を維持することの方を選択していったのである。ジョン・マケイン氏ら7人の上院議員はトランプ氏支持を表明することを拒否したのではあるが。

 

 (3)2020年11月3日の大統領選挙で、バイデン氏は過半数の270人の選挙人を獲得した11月7日に勝利宣言をした。11月8日、ブッシュ(子)元大統領はバイデン氏を祝福する声明を出した。だが、トランプ氏はアメリカの規範に従って選挙結果を受け入れて敗北宣言することを拒否し、「私が勝利した!バイデンは大量の票を盗んだのだ!不正選挙を行った!」と自覚的に嘘を繰り返して、支持者を洗脳していったのである。トランプ氏は11月7日、突如、エスパー国防長官を解任した。「ウォールストリート・ジャーナル」は、エスパー長官はトランプ氏が求める「不正選挙疑惑の調査」を拒んだことから解任された可能性が高いと報じた。トランプ氏は集計機が操作されて自分の票がバイデン票に改ざんされたとも主張した。もちろん、証拠を示すことなくだ。

 

 国土安全保障省でサイバー対策を担うサイバー・インフラ安全保障局(CISA)は、11月12日に司法省との共同声明で、「投票システムによる票の削減や改ざん、何らかのシステム侵入が生じたという証拠はない」と表明したのである。11月13日、すべての州の選挙結果が出揃った。バイデン氏は獲得選挙人306人、7808万票(50.8%)、トランプ氏は獲得選挙人232人、7273万票(47.4%)である。CISAのクリス・クレブス局長は11月17日、「米史上で最も安全が確保された選挙だった」との声明を出した。すると、トランプ氏は同日、クレブス氏の評価を「著しく不正確だ」と批判して、「即刻解任した」とツイッターで発表したのである。クレブス氏はそれに対して、「我々は正しいことをした」とツイッターで米国民に訴えた(2020年11月19日付読売新聞)。クレブス氏は最高権力者の誤った恫喝をはね返して、法と正義を守る官僚の在るべき姿を示したのであった。

 

 ウイリアム・バー司法長官は選挙投票前は、「郵便投票は不正の温床になる」とのトランプ大統領の主張に同調することが多かった。だが投票後、12月1日のAP通信のインタビューで、トランプ氏側の「不正にプログラムされた集計機で集計が操作された」との主張について、バー長官は「司法省と国土安全保障省が調査をした。裏付けるものは何ら確認できなかった」と明言した。また「現時点で選挙結果を左右するような規模の不正は見つかっていない」と述べたのである(読売新聞12月2日付夕刊、3日付朝刊)。トランプ氏は12月14日、「バー長官は12月23日に退く」とツイートした。解任である。

 

 クレブスCISA局長、バー司法長官によって、トランプ氏は意図的に嘘を言って支持者を洗脳していることが証明されたのだ。そして正義を貫く官僚や閣僚は解任されていくのである。エスパー国防長官もそうだ。

 

 トランプ氏は接戦州のペンシルベニア、ウィスコンシン、ミシガン、ジョージアの各州では裁判所に訴えたが、全ての訴えは司法によって棄却された。たとえば、トランプ陣営がペンシルベニア州での開票結果の認定差し止めを求めた訴訟では、連邦地裁に続いて連邦公訟裁判所が11月27日に訴えを棄却した。こうである。「選挙が不公正だったという告発には具体的な申し立てと証拠が必要だが、どちらもない」と棄却したのである。さらに「大統領を選ぶのは弁護士ではなく、有権者だ」とも指摘して痛烈な批判も行ったのである。そもそもペンシルベニア州当局が11月24日に、バイデン氏が8万票差で勝利したと開票結果を認定していた(11月29日付読売新聞)。連邦最高裁も12月8日にトランプ陣営の訴えを棄却した。

 

 トランプ大統領はテキサス州の司法長官(共和党員)を使って、連邦最高裁判所に前記の接戦4州の選挙結果を無効にし、各州議会(すべて共和党が多数を占める)が選挙人を任命することを求める訴訟を起こさせた。郵便投票を導入したのは違法だという主張である。米連邦下院共和党議員211人中106人がこれを支持する文書に署名した。17州の共和党支部幹部も同調した。トランプ氏も原告への参加を申し立てた。しかし12月11日、連邦最高裁は裁判官9人全員の一致意見として、「テキサス州が訴えを起こす資格はない」と「門前払い」の棄却をしたのである(12月13日付読売新聞。「JBプレス」2020.12.15の高濱賛氏の文)。

 

 12月14日には選挙人団の投票がなされた。バイデン氏306票、トランプ氏232票であった。12月15日には共和党上院の院内総務のミッチ・マコネル氏がバイデン次期大統領に祝意を送った。

 

 (4)だが、トランプ氏は自らの権力を守る、あるいは権力を奪い取るための違法な戦いを断念することなく続けていった。トランプ氏は、2016年の米大統領選挙を巡る「ロシア疑惑」に関連して偽証罪に問われて被告になっていた元大統領安全保障担当補佐官のマイケル・フリン将軍に、11月25日に恩赦を与えていた。そのフリン将軍は12月3日、12月1日に発表した陳述書に触れて、「トランプ大統領閣下、戒厳令を敷き、軍隊を出動させて大統領選挙をやり直すべきです」とけしかけていた(「JBプレス」2020.12.22の高濱賛氏の文)。

 

 トランプ氏は2021年1月2日、ジョージア州のブラッド・ラッフェンスパーガー州務長官(共和党員。11月の大統領選挙の事務を統括した人)と電話会談を行い、「私が望むのは(私が勝つ)1万1780票を見つけることだけだ」と不正工作を命じた。しかしラッフェンスパーガー氏は「あなたのデータは間違っている」と語り、要求を拒んだ。ワシントン・ポスト紙が電話の録音記録を1月3日に報じたのだ(1月4日付読売新聞)。

 

 (5)1月3日、歴代の共和・民主の国防長官10人全員が連名で、トランプ大統領の選挙結果を受け入れず反対する行動や、軍隊や軍関係者を巻き込もうとした動き(戒厳令を発動するとの噂まであった)に対して、「警告文」をワシントン・ポスト紙に掲載したのである。次である。

 

 「全てのアメリカ軍人ならびに国防省関係諸機関職員は、国内外の敵勢力から合衆国憲法を擁護し防衛することを宣誓しており、この宣誓は特定の個人や政党に対して行ったものではない」「アメリカが関与した全ての対外戦争での戦死者よりも多くの人命を犠牲にした南北戦争という唯一の例外を除いて、政党間対立が深刻な時期でも、戦争に際しても、疫病に直面しても、大恐慌に見舞われても、選挙の結果に基づいて大統領が交代することこそがアメリカの民主主義の大原則となってきたのであり、今回も例外であってはならない」。

 

 「大統領選挙は実施された。いくつかの州では監視付き再集計も実施された。いくつかの州では司法審査も実施された。州知事たちによる証明書が発行された。大統領選挙人団による投票も実施された。もはや憲法と法令に従って当選が正式に決定される時期が到来した」

 

 「アメリカ軍には大統領選挙結果に関する何らかの役割も存在せず、軍部を大統領選挙の結果に関する議論に関与させようとする試みは危険なだけでなく法令違反であり、憲法を踏みにじることになる」(「JBプレス」2021.1.14の北村淳氏の文より)。

 

 トランプ氏は前述のごとくエスパー国防長官を11月7日に解任したが、トランプ氏が国防長官代行にした「国家テロ対策センター」所長のクリストファー・ミラー氏は11月18日の記者会見で、「『スーパーパワー』(=トランプ氏らが言う「ディープ・ステート」=「影の政府」のこと。トランプ氏らは影の政府(=エリート集団やメディアなど)がアメリカを支配しているとの陰謀論を主張する)と対抗するためのアメリカの特殊作戦部隊は、即時に私が主導することになる」と発表していたのである。またミラー代行は12月4日に、国防総省高官らに助言する諮問機関・国防事業理事会のメンバー11名を解任し、トランプ大統領の側近で元選挙対策本部長のルワンドウスキーや副本部長のボシー氏ら11人を新たに指名した。そしてまた前記12月3日のフリン氏の主張など戒厳令発動の噂もあった。歴代の国防長官10人全員の「警告文」は、これらの動きを批判するものであった。効果を発揮したはずである。

 

 (6)しかし、トランプ大統領はアメリカの憲法と民主主義を破壊する戦いを続行していく。トランプ氏は「バイデンは票を盗んだ。不正選挙を行った」と嘘を言い張り、1月6日の連邦上下両院合同会議で最終的に確認される、各州の選挙人団の投票結果を覆すよう、共和党議員に異議申立するように圧力を加え続けた。異議申立に反対する共和党上院のミッチ・マコネル院内総務らを繰り返し攻撃した(11月5日付読売新聞)。日本にも「バイデンは票を盗んだ」と嘘を主張するトランプ大統領を強く支持する保守派が多くいる。

 

 トランプ氏は前日の5日、「票が盗まれるのを止めなければならない!」とツイートして、「1月6日、ホワイトハウス前で開票結果に抗議する大規模な集会を行う。私も参加する」と支持者に参加を呼びかけた。また6日のデモへの参加を呼びかけ、「荒れるだろう」と予告した。1月6日、トランプ氏は抗議集会で1時間余り演説した。彼は、合同会議の議長を務めるペンス副大統領は、選挙人団投票の結果を認定してはならないと主張した。そして熱狂する数千人の支持者に向かって、「みんなで連邦議会に向かって行進しよう。この国を取り戻すためには強さを見せつけて、議員らに正しいことをするよう要求しなければならない!」と煽動したのだ(1月7、8日付読売新聞)。トランプ大統領はこうして、暴徒たちによる連邦議会議事堂侵入・占拠の暴動を煽動したのであった。警察官を含む5人が死亡した。

 

 これはアメリカ憲法と民主主義を否定し破壊する、アメリカに対する武装反乱である。国内テロである。トランプ氏は極右民族主義者で白人至上主義者、そして反憲法の反民主主義者である。「ディープ・ステート」からアメリカを取り戻すと主張する「オルタナ右翼」(新極右翼)のトランプ大統領の4年間で、大統領選挙の結果を嘘で否定して支持者を洗脳して、暴力で権力を奪い取る戦いを実行する(失敗したが)までに、アメリカ社会の分断は深められてしまったのである。

 

 民主党のナンシー・ペロシ下院議長は1月7日の記者会見で、「米大統領が米国に対する武装反乱を煽動した。我が国の歴史の汚点として永遠に残るだろう」とトランプ氏を批判した。その上で「憲法修正25条を直ちに発動し、大統領を罷免する」ことをペンス副大統領に求めた。修正25条は、副大統領と閣僚の過半数が、大統領が任務を遂行できないと判断し、議会に通告すれば、副大統領が大統領代理に就いて大統領の権限を行使すると定めている。修正25条の発動を求める意見は共和党議員の一部からも上がっていた(1月8日付読売新聞)。

 

 前記の「警告文」に名前を連ねた第26代国防長官マティス大将は、「連邦議事堂での“叛乱”事件はトランプ大統領によって引き起こされたと言っても過言ではない」「なぜならば、卑怯者/臆病者として不名誉な名を残すであろう似非政治指導者たち(すなわちトランプ大統領やその取り巻きたち)が、トランプ大統領が大統領職を利用して選挙に対するアメリカ国民の信頼を破壊し、市民同士の互いへの敬意を毒することを助長したからである」と激しい言葉でトランプ氏を批判している(前掲北村淳氏の文)。

 

 (7)議事堂乱入事件を受けて、エレイン・チャオ運輸長官が1月7日に抗議の辞任を表明した。マシュー・ポッティンジャー大統領副補佐官(国家安全保障担当)も、ホワイトハウスのサラ・マシューズ副報道官も7日に辞任を表明した。ベッツィー・デボス教育長官も政権を去ると表明した。1月11日にはチャド・ウルフ国土安全保障省長官代行が辞任表明をした。すべてトランプ氏への抗議の辞任である。

 

 (8)しかし、共和党は熱烈なトランプ支持者によって「トランプ党」化してしまっていて、共和党議員はトランプ大統領に支配されている。トランプ氏の意思に反することをしたら、次の選挙の共和党の予備選挙でトランプ支持者によって落とされてしまうからだ。だから1月6日の上下両院合同会議でも、共和党下院議員は211人中、130名以上が開票結果に異議を申し立てた。

 

 下院は1月12日、ペンス副大統領が憲法修正25条に基づいて、トランプ大統領を罷免する手続きを進めることを求める議案を可決した。しかし同日、ペンス副大統領は応じない考えをぺロシ下院議長に伝えた。そのため下院は1月13日に「暴動煽動」を理由に、トランプ氏を弾劾訴追する決議案の審議に入り、同日可決した。民主党議員は全員が賛成したが、共和党議員はわずか10名が賛成しただけであった。211人中10名である。弾劾訴追決議案は「トランプ大統領は民主主義の正当性を脅かし、平和的な政権移行に介入した。トランプ大統領が職にとどまれば、国家の安全と民主主義、憲法への脅威となるのは明らかだ。トランプ大統領は罷免され、名誉ある職に就く資格を剥奪されてしかるべきだ」とある。

 

 上院における弾劾裁判は、起訴状にあたる弾劾訴追決議が1月25日に下院から上院に送られ、2月9日から審議が始まり13日に評決がなされた。有罪が57票(民主党の50票と共和党の7票)、無罪が43票(共和党)のため、有罪票が出席議員(100人)の3分の2(67票)に達しなかったため、無罪評決となった。「評決で有罪とした共和党議員7名のうち、来年改選を迎えるのは1人だけ。2人は今期限りで引退し、3人は5年後に改選となる。残る1人はトランプ氏と距離を置くミット・ロムニー氏だった」(2月16日付読売新聞)。

 

 共和党議員の指導部は、1月6日の議事堂侵入・占拠の反乱事件直後には、世論の反発を恐れてケビン・マッカーシー下院院内総務は「大統領は議会襲撃事件への責任がある」と述べたし、ミッチ・マコネル上院院内総務も「暴徒はトランプ大統領に煽動された」と明言した。またその後、マコネル氏は「トランプ大統領は弾劾に値する犯罪を犯した」とも述べた。

 

 しかし、下院の弾劾訴追決議の採択に賛成した10人の共和党議員は、地元で共和党支持者の猛抗議にさらされたのである。1月下旬に実施されたモンマス大学の世論調査では、共和党支持者の85%がトランプ氏の弾劾裁判では無罪とすべきだとした。こうして共和党指導部から批判は消えていった。前記のマッカーシー下院院内総務は1月28日にフロリダ州のトランプ氏の自宅を訪れ、次の中間選挙での支持を要請した。上院の評決から一夜明けた2月14日、トランプ氏に近い共和党の重鎮リンゼー・グラハム上院議員は、FOXニュースの番組で「選挙に勝利し、社会主義的な政策を止めたいならば、トランプ氏と協力することが必要だ」と訴えた(2月7日、16日付読売新聞)。「社会主義的な政策」はデマゴギーだ。支持者をウソで洗脳しているのだ。

 

 マコネル上院共和党院内総務も2月13日の評決後、議場での演説では、「トランプ氏が実質的にも道徳的にも事件を引き起こした責任があることは疑いようがない」と批判したが、自身は「民間人である元公職者を有罪とすることはできない」との「こじつけ理由」によって、有罪票を投じなかった。1月26日の上院での、ランド・ポール議員(共和党)が提出した、「大統領退任後の弾劾裁判は違憲だ」との動議もマコネル氏は支持した。反対した共和党議員は5人。民主党は全員が反対した。

 

 民主党が多数を占める下院本会議は2月4日、共和党のマージョリー・グリーン議員(ジョージア州選出の当選1回議員。強烈なトランプ支持者)を所属委員会から除名する決議を可決した。彼女が当選前にSNSで陰謀論の「Qアノン」を支持したり、民主党のぺロシ下院議長を処刑すべきだという投稿に同意したりした行為が、問題視されたのである。グリーン議員は1月30日に、トランプ氏から電話を受けたと明かし、「私は負けないし、謝らない」と書き込んだ。これに対してマコネル上院院内総務は、グリーン氏を名指しせずに「狂ったウソと陰謀論は共和党のがん細胞だ」と批判したが、共和党はグリーン氏の処分を見送ったのである。それは、議会占拠事件後も共和党支持者がトランプ氏を擁護しているためである(2月7日付読売新聞)。

 

 (9)多くの共和党支持者がトランプ氏の発言を信じ切っている。世論調査では、7割の共和党支持者がバイデン氏が選挙の不正によって大統領になったと答えたし、3割が「Qアノン」などの陰謀論を信じている。「米国の右派はもはや政策や主張ではなく、トランプ氏という個人への忠誠によって団結している。昨年夏の共和党大会で党綱領を採択せず、トランプ氏の行うことが党の政策になると決めたのが典型的だ。/一方で、1月6日の連邦議会議事堂占拠事件の後にトランプ氏の支持率は低下し、中核の支持者の規模は小さくなった。それでも、米国人の3分の1ほどだが、より極端でばかげた考えを持つようになっている人々がいる。共和党がこうした人々に支配されれば、暴力での問題解決を容認するようになる」(1月23日付読売新聞に載った米政治哲学者フランシス・フクヤマ氏の文)。

 

 (10)アメリカの憲法と民主主義、だからアメリカの国を守る戦いが展開されてきたのだ。無事に1月20日に、バイデン大統領が就任演説を行ったことは、まさしくバイデン大統領が述べたように、「民主主義は今この時をもって、勝利した」のである。だがアメリカ社会の分断の溝は深い。共和党議員は自らの権力や利益という私利を守るのではなく、アメリカ憲法、民主主義、アメリカの価値、アメリカの国を守るという最高の公的義務を果たしていかなくてはならない。「嘘をつかない」は人間としての基本的な道徳であり、また規範=法である。共和党はトランプ主義を否定し決別しなければならないのである。

 

(あと2節を書く計画でしたが、長くなりすぎてしまうので、まとまりが悪いですが、次回に回すことにしました)。

 

(2021年2月27日脱)