●貿易赤字は富を外国に奪われることではない

 

 (1)ペンス副大統領は2019年10月24日、ワシントンの政策研究機関で中国政策の演説を行った。『正論』2020年1月号に掲載された。次のように述べている。

 

 「20年足らずの間に、私たちはトランプ大統領が言ったように『世界史上最大の富の移動』を目撃した。過去17年間で、中国のGDPは9倍以上に膨らみ、世界第2位の経済大国になったのだ。この成功の大部分はアメリカの対中投資によってもたらされた。中国政府の動きは、昨年の対中貿易赤字が4000億ドルを超え、米国の世界貿易の半分近くを占めたことに通じている。トランプ大統領が何度も述べているように、わが国が過去25年間に中国を再建した。まさにその通りだが、その時代は終わった」(115頁)。

 

 ペンス氏が言う「世界史上最大の富の移動」とは、中国は毎年膨大な対米貿易黒字を稼いでアメリカから富を奪い続け、17年間でGDPを9倍以上にして世界第2位の経済大国になった、という意味である。経済学的に完全に誤っている主張だ。アメリカは何十年も世界に対して多額の貿易赤字を計上してきている。これをとらえて、トランプ大統領は2017年1月20日の大統領就任演説で、「何十年もの間、私たちが他国を豊かにする一方で、私たちの国の富や強さ、自信は水平線のかなたに消えた」「中間層の富は家庭からはぎ取られ、世界中に再配分された」と誤りに満ちた主張を述べていた。

 

 (2)2018年のアメリカの世界に対する貿易赤字(モノのみ)は8748億ドルであり、対中貿易赤字は4195億ドル(全体の48%)である。なぜ貿易赤字が富の移動(富を奪われる)になるのか? 貿易は自由な取引きだ。売る方も買う方もその価格で合意するから取引きをする。貿易は財(モノ)と貨幣の交換だ。自動車や機械や部品や原材料と交換に貨幣を渡す。タダでマネーをあげるのではない。

 

 貿易赤字を損失(富を奪われる)、黒字を儲け(富を奪った)ととらえるのは、交換手段である貨幣のみを富だと思い込んで貨幣の移動しか見ていないからだ。富であるモノの移動を捨象してしまっているのである。2018年のアメリカの貿易赤字が8748億ドルということは、それだけの米ドルが世界各国へ移動したが、等しい額のモノ(富)がアメリカの経済主体に移転しているのだ。アメリカの富の損失でないことは明らかである。アメリカの対中貿易赤字4195億ドルについても、同じだ。対米貿易黒字国は確かに黒字分の米ドルを得ているが、それと同額のモノを国内からアメリカへ移転したのである。貿易赤字は損失ではないし、貿易黒字も儲けではない。

 

 一流大学・大学院を出た人でも貿易黒字を儲け、貿易赤字を損失だと間違ってとらえてしまうのは、貿易の黒字・赤字を企業の黒字・赤字と同一視してしまうからである。「黒字・赤字」の言葉のイメージに騙されてしまうからだと言ってもよいだろう。誤った社会通念(俗流国際経済論)に洗脳されてしまっているのである。

 

 (3)A国が一年間にモノを100生産したとする。その15を海外へ輸出する。残りの85は自給自足分だ。国内で消費される。輸出代金はA国に入っている。しかしもしこれだけあれば、A国の国民の生活水準は低下してしまう。100のモノを生産したのに85のモノしか消費できないからだ。貨幣は紙であり、食べることも生活必需品として使うこともできない。輸出代金で海外から必要なモノを輸入しなければ、生活は向上しない。

 

 各国の経済主体は自国で生産するよりも、海外から輸入したほうが安い商品を輸入している。また自国では生産できない商品を輸入する。つまり各国は自国の「比較劣位産業の商品」を輸入している。また各国は自国の「比較優位産業の商品」を輸出している。各国は比較優位産業の商品を輸出して、それと交換に比較劣位産業の商品を輸入しているのである。これが各国の貿易だ。今、モノ(財貨)だけで述べてきたが、サービスも含めてとらえてほしい。各国は必ず「比較優位産業」を見出すことができる。

 

 各国の国民(企業、消費者)は貿易をすることで、より安い商品を手に入れることができるから、それによって自らの実質所得を増やすことができる。安い輸入品を購入することで、浮く所得分を他に使うことができるようになるからだ。これが「貿易利益」である。すなわち貿易黒字国も貿易赤字国も「貿易利益」を得ている。貿易は「富を奪い合う競争」ではなく、互いに「貿易利益」を与え合う「プラスサム・ゲーム」である。

 

 ポール・クルーグマン教授(ノーベル経済学賞受賞者)の著書から引用しておきたい。「経済学入門では、貿易とは競争ではなく、相互に利益をもたらす交換であることを学生に納得させるべきである。もっと基本的な点として、輸出ではなく、輸入が貿易の目的であることを教えるべきである。国が貿易によって得るのは、求めるものを輸入する能力である。輸出はそれ自体が目的ではない。輸出の必要は国にとって負担である。輸入しようとすると売り手に抜け目なく代金を要求されるので、輸出しないわけにはいかない。/俗流国際経済論が幅をきかせているために、なんともやりきれないことだが、まるでグレシャムの法則のように、悪い概念が良い概念を駆逐している」(『良い経済学、悪い経済学』147頁。日本経済新聞社、1997年3月14日刊)。

 

 正しい理解を共有していれば、同盟国や友好国との貿易は、貿易利益を与え合うことで、国家間の信頼関係を更に強固にしていくものになる。だがトランプ大統領やペンス副大統領のように、貿易赤字を「富を奪われた」と信じていれば、同盟関係や友好関係を悪化させることになる。そして「貿易は富(貨幣)を奪い合う競争である」とする誤った「俗流国際経済論」(=「重商主義」。経済学の父と言われるアダム・スミスが18世紀に強く批判したもの)は、彼らだけのものではない。世界中に広がっている。日本でもそうだ。私たちは俗流国際経済論、重商主義政策を知的に粉砕していかなくてはならない。

 

●俗流国際経済論を批判する

 

 (1)私は以前、「アメリカのマクロ的貿易赤字は他国のせいではなく、アメリカが資本輸入国であることの結果である」(2019.10.13アップ)という拙文を発表した。節見出しを書くと、こうである。1節「貿易は自由な取引であり等価交換である」。2節「貿易で輸出だけを伸ばすことや輸入だけを減らすことはできない。一国経済は『閉じた体系』である」。3節「景気が良いときに貿易黒字(赤字)は縮小(拡大)し、景気が悪いときに貿易黒字(赤字)は拡大(縮小)する」。4節「アメリカのマクロ的貿易収支が赤字なのは、アメリカが所得(GDP)を超える国内支出をしているからである。アメリカが資本輸入国=資本収支黒字国であるためである」。5節「アメリカのマクロ的貿易赤字は他国の貿易政策のせいではなく、アメリカが資本輸入国であることの結果であり、アメリカにとって必要不可欠のものである」である。関心のある方は是非とも見ていただきたいと思う。国際経済学が専門の野口旭教授やポール・クルーグマン教授の主張を援用してある。

 

 3節の小見出しでわかるように、貿易赤字国であるアメリカでは好景気には貿易赤字の赤字幅が拡大し、景気が悪いときには赤字幅が縮小するから、貿易赤字が損失でないことがこれでわかるはずである。図を示すことができればいいのだが、読売新聞2月14日付に、1990年~2019年のアメリカの世界に対する貿易赤字(モノ)の図が載っている。2008年9月15日のリーマン・ショック前のバブルの3年間(2006~08年)の貿易赤字はそれぞれ8000億ドルを超えていた。リーマン・ショックで大不況となると、2009年の貿易赤字は一気に4500億ドル程度に縮小している。マクロ経済政策(金融・財政政策)によって不況脱出が計られていくと、貿易赤字は2010年には6200億ドル程度に拡大し、その後も拡大していったのである。2016年の貿易赤字は7343億ドルだ。2017年は7934億ドル、2018年は8748億ドル、2019年は8529億ドルである。今、アメリカの完全失業率はこの半世紀で最も低く、アメリカの景気は良い。

 

 景気が良くなれば、家計の消費は拡大するから、企業の国内投資も活発になる。そうなれば当然のごとく海外から輸入される消費財や投資財は増える。輸入の増加幅は輸出の増加よりも大きい。こうしてアメリカの貿易赤字は拡大する。不況になれば、消費と国内投資が減少して輸入は輸出以上に減るので、貿易赤字は縮小するわけである。

 

 ①(民間貯蓄-民間国内投資)+(政府収入-政府支出)=経常収支(輸出-輸入)

 

 これは一国のマクロ的な貯蓄・投資バランス式である。経常収支はモノの貿易収支(輸出-輸入)とサービス収支(輸出―輸入)と所得収支(輸出―輸入)と経常移転収支(輸出―輸入)から成る。それが右辺の経常収支(輸出-輸入)だ。モノの貿易収支はその一部である。アメリカの場合はマクロ的サービス収支は黒字だ。

 

 アメリカの財政は巨額の赤字だ。左辺のふたつ目の括弧はマイナスである。トランプ政権は大幅な減税をしたから、政府収入(税収)は減る。トランプ政権は軍事予算やインフラ建設予算を大幅に増やしたから政府支出は拡大し、財政赤字はさらに増えた。新聞切り抜きが見つからないが2018年度(2017年10月~18年9月)、19年度の財政赤字は9000億ドルを超えたのではなかったか。2020年度は1兆150億ドル(約112兆円)の赤字と試算されている(1月29日付読売新聞)。アメリカの民間貯蓄率は極めて低いために、国内民間投資需要を賄い、巨額な財政赤字を賄うことができない。つまり上式の左辺はマイナスになる。だから右辺の経常収支(輸出-輸入)はマイナスである。アメリカのモノの貿易収支は赤字である。

 

 不況になると、民間国内投資は減少するのでひとつ目の括弧は改善する。つまりプラスが大きくなる。政府収入は減り、政府支出は不況対策のために増えるので、財政赤字は悪化する。マイナスが拡大する。しかし前者の変動のほうが大きいために、左辺は改善する。すなわちマイナスが縮小する。だから右辺の経常赤字や貿易赤字は縮小するわけである。好景気では、現在のアメリカがそうだが、民間国内投資が増えて、ひとつ目の括弧のプラスは小さくなる。政府収入が増え、政府支出は減るので、財政赤字は減る。しかし前者の変動のほうが大きいために左辺は悪化する。すなわちマイナスが拡大する。だから右辺の経常収支や貿易赤字は拡大する。

 

 現在のアメリカは大幅な減税と大きな財政支出(軍事、インフラ)によって総需要が増大しているから(この点は典型的なケインズ政策である)、好景気である。今見たように民間消費が活発だから民間国内投資が増大して、右辺の経常赤字、貿易赤字は拡大することになるのである。

 

 (2)前記①の貯蓄・投資バランス式から言えることは、アメリカが巨額の経常収支赤字と貿易収支赤字を計上しているのは、民間貯蓄率が極めて低いことと、財政赤字が巨額であるためである。アメリカは1981年のレーガン政権から経常収支は赤字である。彼が大減税と軍拡により巨額の財政赤字を作り出したからだ。トランプ大統領はアメリカの経常赤字・貿易赤字を「悪」(富の喪失)だと狂信して、大削減しようとしているが、彼自身が減税と財政出動によって、財政赤字を拡大することによって経常赤字・貿易赤字を拡大させているのである。彼は何もわかっていない。しかも専門家のアドバイスも拒絶する人間だ。

 

 トランプ大統領は2018年3月に中国や日本などに鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の追加関税を発動し、7月に中国に制裁関税の「第1弾」を、8月に「第2弾」を、9月に「第3弾」を発動し、2019年9月に「第4弾」の一部を発動した。しかし2017年のアメリカのマクロ的貿易赤字は7934億ドルであったが、2018年は8748億ドルに増えた。2019年は8529億ドルの赤字である。2017年のアメリカの対中貿易赤字は3752億ドルであったが、2018年の対中貿易赤字は4195億ドル、2019年は3456億ドルの赤字であった。対中貿易赤字は2017年(3752億ドル)から2019年(3456億ドル)で、296億ドル(約7.9%)減ったが、アメリカのマクロ的貿易赤字は2017年の7934億ドルから2019年の8529億ドルへと、595億ドル(約7.5%)増えた。中国以外の国に対するアメリカの貿易赤字が増えたためである(2月14日付読売新聞参照)。

 

 ①の貯蓄・投資バランス式から、経常収支(輸出-輸入)が変動するためには、左辺の4つの項目のどれかひとつ、あるいはいくつかが変動しなければならない。トランプ大統領の保護主義の貿易政策は直接、これらの項目を変動させるものではない。だから前記のようなアメリカのマクロ的貿易赤字の数字になっている。保護関税を課して中国からの輸入を減らしたとしても、その商品はアメリカ経済にとって必要なものであるから、別の外国からの輸入に置き換わることになるのだ。こうしてマクロ的貿易収支はほとんど変わらない。

 

(3)もしトランプ大統領が、中国以外からの輸入も保護関税を課してすべて閉め出そうとしたらどうなるか? アメリカにはその輸入品を生産する工場も設備も労働者の技術も今は無いか、ほとんどないので、大混乱になってしまう。その輸入品を使って製品を製造してきた産業は生産ができなくなる。大量の失業者があふれる。時間が経ってアメリカがその工場を建設して生産を開始したとしよう。その労働者はアメリカの他の産業から連れてくることになる。どこから連れてくるのか。輸出産業からとなる。輸出もゼロになる。しかもアメリカ企業が生産したその商品の価格は、以前の輸入品よりも高くなる。貿易利益は無くなる。国民(企業、消費者)の実質所得は低下する。こうした政策が完全な誤りであることは明白である。

 

 一国経済は「閉じた体系」である。一国の労働者、資本は限られている。輸出だけを伸ばそうとしてもできない相談だ。輸出を増やすには、そのための労働者を他の産業から連れてこなくてはならない。そうしたらその労働者がそれまで生産していた商品は輸入するしかない。貿易収支は以前とほとんど変化しない。一企業はあらゆる分野の生産を同時に拡大することができる。だが国の経済はそうではない。どこかの産業が成長してくれば、別の産業が衰退している。後者から前者へ生産資源(資本、労働者)が移動していく。

 

 トランプ氏は国の経済(経済学)と企業の経営を同一だと勘違いしているのだ。貿易赤字を損失だと信じ、輸入を削減して輸出を拡大すればアメリカは豊かになると信じ込んでいるわけである。重商主義である。完全な誤りだ。

 

(4)一国の国際取引は経常取引と資本取引からなる。「国際収支表」では、ひとつの取引(財やサービスの輸出や輸入や、資本の輸入や輸出)を「受取」と「支払」へ2重記帳するという会計原則が守られている。だから全ての項目を合計すれば必ずゼロになる。経常収支が赤字であれば資本収支は同額の黒字である。合計すればゼロ。

 

②経常収支(輸出-輸入)=-資本収支

 

 前記①の貯蓄・投資バランス式で、アメリカの場合は左辺がマイナスである(だから右辺の経常収支は赤字)。民間貯蓄が少なく財政赤字が巨大だからである。アメリカは資金不足国である。だからアメリカは不足する資金を海外から借金する。資本輸入である。国債を海外の投資家に買ってもらったり、社債や株式を海外投資家に買ってもらったり、海外の銀行から融資を受けるわけである。アメリカは資本輸入国(資本収支黒字国)である。②の恒等式から、アメリカの経常収支(輸出-輸入)が赤字なのは、アメリカが資本収支黒字国(資本輸入国)である結果なのである。①式は次の③式になる。

 

 ③(民間貯蓄-民間国内投資)+(政府収入-政府支出)=経常収支(輸出-輸入)=-資本収支

 

 もしも各国がアメリカに対して資本輸出することを禁止したと仮定すれば、アメリカは不足資金を輸入できなくなる。そうなったらアメリカの国内の資金市場は逼迫して、国内金利は高騰して多くの企業は資金調達が不可能になる。アメリカの民間国内投資は激減して、アメリカの経済は没落していくであろう。

 

 しかしアメリカは海外から不足する資金を借りることができる。それによって金利の上昇を適切なレベルに抑えることができて、活発な国内投資を維持している。アメリカは資本輸入国であるから資本収支黒字国だ。それゆえにアメリカの経常収支(輸出-輸入)は同額の赤字になっている(②式)。つまり資金不足国のアメリカにとって経常収支の赤字、その一部である貿易収支の赤字は必要不可欠のものなのである! それを無くすということは、アメリカ経済を没落させていくことである。アメリカの経常収支赤字、貿易収支赤字は、「他国の不公正な貿易政策のせい(トランプ大統領の主張)」ではないのだ。トランプ大統領はアメリカの経常収支赤字、貿易収支赤字を富を奪われていることだと誤ってとらえて否定するが、その認識は俗流国際経済論によるもの、重商主義によるものであり、完全な誤りなのである。

 

 野口旭教授の著書を引用しておきたい。「経常収支の赤字は、国内で必要とされる資金を海外から調達する結果として生じます。したがってそれは、資金借入国〔資本輸入国=資本収支黒字国―大森〕=経常収支赤字国にとっても、利益になるものでこそあれ、損失になるものではまったくありません。同様に、経常収支の黒字は、自国の資金を海外で運用する結果として生じます。それは、国内の資金をより有利に運用していることを意味します。つまり、資金貸出国〔資本輸出国=資本収支赤字国―大森〕=経常収支黒字国もまた、それによって利益を得ているのです」(『グローバル経済を学ぶ』193頁。ちくま新書、2007年5月刊)。同様な主張は野口氏の別の著書『経済対立は誰が起こすのか――国際経済学の正しい使い方』(ちくま新書、1998年1月刊)の122頁にもある。私は両書から多くを学ばせてもらった。

 

(5)アメリカが経常収支(輸出-輸入)赤字国という意味は、アメリカの経済主体(各企業、各家計、政府)が自らの支出・貯蓄行動の結果として、総計としてはその支出の総計をその所得の総計(一国の所得)以上にしたということである。所得以上の支出ができたのは、海外から借金=資本輸入したからである。アメリカは資本輸入国(資本経常黒字国)だから、経常収支(輸出-輸入)赤字国になるのである。

④一国の所得(GDP)-国内支出(民間消費+民間国内投資+政府支出)=経常収支(輸出-輸入)=-資本収支

 

 この恒等式は野口氏2007年5月刊の前掲書176頁の式を変形したものだ。国内支出(民間消費+民間国内投資+政府支出)は内需である。一国の所得(GDP)から輸出を引いた残りの自給自足分に輸入分を加えたものが国内支出である。一国の各経済主体の支出・貯蓄行動の総計として、その支出を一国の所得よりも少なく抑えた国は、その差額がプラスの貯蓄となり海外へ資本輸出される。つまりそういう国は資本輸出国(資本収支赤字国)である。日本はこれだ。そういう国の経常収支(=輸出-輸入)は④式から同額の黒字である。一方、既に述べたようにアメリカのように一国の経済主体の総計として、一国の所得以上の支出をした国は、マイナスの貯蓄をしたのであり、すなわち海外から借金=資本輸入したのである。つまり資本収支黒字国である。④式からその国の経常収支は同額の赤字になる。

 

 図示すればこのようになる。野口氏の著書(2007年5月)の172頁に載っている。少し変えて描いた。上図が経常収支黒字国=資本収支赤字国(資本輸出国)である。下図が経常収支赤字国=資本収支黒字国(資本輸入国)である。アメリカである。

 

 アメリカが一国の所得を超える国内支出をしているのは、超える分を海外から資本輸入(借金)しているからである。トランプ大統領はアメリカの経常収支赤字や貿易(モノ)収支赤字を敵視している。アメリカが海外からの資本輸入を禁止すれば、すぐにこれらの赤字は消える。だがそうすることは(4)で書いたように、アメリカを経済的に没落させることになる。つまりトランプ氏やペンス氏の貿易赤字を悪と見る認識は、国際経済学を否定した完全な誤りであるということである。

 

 

 (6)アメリカの民間貯蓄率が低下したのは、アメリカの家計が貯蓄を減らして消費者ローンを使いまくったからだと、ポール・クルーズマン教授は述べている(『クルーグマン教授の経済学入門』128頁参照。日本経済新聞社、1998年11月刊)。これは④式の民間消費の急速な伸びの説明だ。

 

 民間貯蓄率が低下すれば、投資資金が減って民間国内投資にマイナスの効果になるのだが、「外国からの資金が穴埋めしてくれたので」、民間国内投資は「全然下らなくて高い水準のままであった」。もちろん外国からの資金は財政赤字の穴埋めもしてくれた。従って政府支出は高い水準のままだ。「だからアメリカ経済の総支出〔民間消費、民間国内投資、政府支出―大森〕は、総収入〔一国の所得=GDP―大森〕よりも急速に伸びた」(クルーグマン氏80頁)のである。これらはアメリカが④式で、一国の所得よりも多い国内支出をしていることの説明である。

 

 再度繰り返しておきたい。資金不足国の今のアメリカにとっては、海外からの資本輸入は絶対に不可欠である。アメリカは資本輸入国=資本収支黒字国だ。だから②式から、アメリカの経常収支(輸出-輸入)は同額の赤字になるしかない。その一部を占めるモノの貿易収支が先に見たような巨額な赤字になることも、必要不可欠なのである。それはアメリカにとって好ましいことなのである。トランプ大統領やペンス副大統領の認識が誤っているのだ。その誤った認識、誤った政策(重商主義)で同盟国や友好国に対応することは、同盟関係や友好関係を破壊していくことであり、アメリカの国益を破壊していくことである。

 

 (7)各国は比較優位産業に特化してその商品を輸出し、それと交換に自国の比較劣位産業の商品を輸入して、互いに貿易利益を与え合っている。貿易とは国際分業である。しかし自由貿易はいいことばかりではない。自由貿易をする限り比較優位産業がシフトして、それまでの比較優位産業が比較劣位産業化(衰退産業化)していくことが避けられないからである。つまり海外からの輸入拡大によって、その国内市場も奪われていくようになる。そのときに「自国産業を守れ!」という保護主義が沸き起こるのだ。「自国の産業、富、雇用が奪われる! 自国産業を守れ!」というデマゴキーに基づく保護主義である。私たちは保護主義と戦っていかなくてはならない。トランプ氏たちはこの誤った認識からも貿易赤字を悪だと信じている。

 

 野口旭氏の主張で述べていこう。「一国が貿易を行うということは、比較優位産業に特化するということであり、それは同時に比較劣位産業を縮小するということです」「各国は、比較優位産業への特化によって、自国の産業構造を高度化させることができ、結果として所得を拡大させることができます。しかしながら他方で、比較劣位産業を衰退させるという重い課題を背負うことになるのです」「この衰退産業の構造調整という苦痛を避けることはできません」(2007年5月の前掲書40~41頁)。「一国にとって最も望ましいのは、比較劣位産業から比較優位産業への労働移動の促進などの『産業構造調整』を、可能な限りすみやかに進めていくことです」(104頁)。「このように、自由な貿易を行っている国では、産業の盛衰が不可避的に生じます。その原因は、端的にいえば、比較優位のシフトにあります」「産業の盛衰とは、このようにして生じる産業の比較優位化および比較劣位化にほかなりません。つまり、産業構造調整とは各国における比較優位のシフトの結果なのです」(115頁)。

 

 ある産業の海外への輸出が困難になり、やがて海外からの輸入拡大によって自国市場も奪われていくことは、その産業の比較劣位化を意味しているが、そのときには既に新しい比較優位産業が成長してきている。このとき政府は失業者への生活支援や再教育・訓練支援を行って、比較優位産業やその他の成長産業への移行を援助していかなくてはならない。衰退産業を保護主義政策によって守ることは、一国の限られた労働力、資本をそこに張り付けることになり、成長産業の発展を押しとどめることになる。衰退産業が無くなっても、そこの労働者と資本は成長していく産業へ移るのであり、産業や富や雇用が奪われることではない! 先の主張は完全なデマゴギーである。

 

 (一時的な)失業が問題であるというのであれば、中央銀行による金融政策と政府による財政政策というマクロ経済政策が解決してくれる。クルーグマン氏は言う。「雇用の水準は、マクロ経済要因〔失業率、インフレ率〕によって決まると学生に強調することは可能なはずである。雇用水準は短期的には総需要によって決まり、長期的には自然失業率によって決まるのであり、関税などのミクロ経済政策の影響はネットでみて、ないに等しい」(『良い経済学、悪い経済学』150頁)。

 

 市場経済においては、同一産業内ではライバル企業(海外企業も含む)同士が常に競争しているが、国内においては産業間においても、稀少な経済資源の獲得をめぐって常に競争がなされているのである。クルーグマン氏は書いている。「学生に教えるべき点は、競争が主に国内の産業の間のものであり、どの産業が資本、技術、そして労働といった稀少な資源を獲得するかをめぐるものになっていることである」(同書151頁)。だから政府が海外からの輸入拡大によって衰退産業化している産業を、保護関税等によって守ることは、競争を歪めて他の産業に犠牲を強いることなのだ。産業構造の高度化を阻止する行動である。

 

 そもそもある産業が成長しある産業が衰退していく要因は、つまり産業構造の変化の要因は、多くあるのだ。クルーグマン氏の前記の文はそのことをいったものである。野口氏は述べる。「各産業における産業技術の変化、消費者の嗜好の変化、旧来の製品を代替する新製品の登場などが絶えず生じています。これらはすべて、ある産業の労働者にとっては有利に働き、別の産業の労働者にとっては不利に働きます。つまり、摩擦的失業拡大の要因となります」「要するに、産業の構造変化をもたらす様々な要因を無視して雇用に対する輸入の影響だけを問題視しても意味がないのです」(前出104~05頁)。たとえば農業人口が激減したのは農業の生産性が上昇したためである。

 

 トランプ大統領らの上記の保護主義、重商主義はデマゴギーであり、粉砕されている。

 

●独裁侵略国家中国は経済的にも包囲し弱体化しなくてはならない。トランプ大統領の対中経済政策は全くの誤りである

 

 (1)紙幅を超えてしまったので簡潔に述べたい。互いに貿易利益を与え合う貿易は、侵略を否定する平和愛好国の間でなされるものだ。中国はアメリカに取って代わって覇権国家になり、世界を全体主義モデルに改造することをめざしている独裁侵略国家である。だから自由主義世界は軍事的に対決して包囲していくだけでなく、経済的にもそうしていかなくてはならない。中国を弱体化していかなくてはならないのである。つまり基本的には中国への輸出の禁止、中国からの輸入の禁止、中国への投資の禁止、中国からの投資の禁止である。自由主義陣営は北朝鮮に対してこれをやっているが、北朝鮮よりもはるかに危険な中国(やロシア)に対して、貿易と投資を禁止するのは当たり前ではないか。貿易と投資を認めることは、侵略国家と戦わないということだ。また中国国内の独裁支配を容認することだ。

 

 (2)アメリカは「過去25年間に中国を再建した」(ペンス演説)のだ。自己批判しなくてはならない。日本もEUも同じように中国を再建した。自己批判しなくてはならない。日本は20数年続くデフレ不況のため、国内支出は低迷し、余ったお金を中国へ大量に資本輸出してきた。中国は超低金利で借りて、経済力と軍事力を強化してきたのである。それは日本を侵略する能力の増強である。日本の官民はまさに反日を実践してきている。安倍首相は反日主義者そのものであり。中国共産党の尖兵である。彼は習近平を国賓として招待する。

 

 (3)アメリカ議会は2018年8月、超党派で「国防権限法」を成立させた。これは中国のアメリカへの投資(ハイテク軍事・経済技術等を取得するため)を禁止するものである。また情報をバックドアで盗むファーウェイなどの製品の輸入も禁止するものだ。また中国の技術力・経済力を強化する対中投資や対中貿易を規制するものである。アメリカ議会や政府機関は中国の技術・製造覇権と軍事覇権の阻止をめざしている。全く正しいことだ。

 

(4)だが、金儲けしか考えないのがトランプ大統領である。彼はアメリカの国益には関心がない。彼は独裁侵略者の習近平やプーチンや金正恩を「友人だ」「尊敬する」と公言する、同じ「独裁者志向」の人物である。米国大統領の資格がない。

 

 トランプ氏が中国と「貿易戦争」をしたのは、アメリカの対中貿易赤字(モノ)が4000億ドルを超えていて、損をしていると勘違いしているためである(この勘違いは米議会にも広範にあるが)。彼はアメリカの中国への輸出が増えることには大賛成だ。交渉で中国に対する貿易赤字はいくらか減ったが、その分、他国に対するアメリカの貿易赤字が増え、アメリカのマクロ的貿易赤字はたいして変化しなかった。だからトランプ氏は対米貿易黒字を増やしたそれらの国々へも矛先を向けていくことになる。メキシコ、日本、ドイツ、ベトナム、アイルランドなどなどだ。

 

(5)読売新聞2月19日夕刊に「輸出規制強化をトランプ氏否定」という記事が載った。ロイター通信など米メディアは、米政府が安全保障上の懸念から中国に対する輸出規制強化を検討していると報じた。ゼネラル・エレクトリック(GE)の航空機エンジンや、半導体関連製品の中国への輸出規制が検討されていると報じた。このメディア報道を受けてトランプ大統領は2月18日、「安全保障を理由に米製品を購入する国との取引が難しくなることはない」とツイッターに投稿したのだ。

 

 トランプ氏は、米国が輸出規制を強めれば、米製品を輸入している国の取引先が他国に移ってしまうと指摘し、「例えば、中国には世界一の米国製ジェットエンジンを購入してもらいたい」「米国はビジネスを開放している!」と強調したという記事である。トランプ氏は大統領選をにらみ、対中輸出拡大を支持者にアピールする構えだ。

 

 トランプ氏のビジネス政策は独裁侵略国中国の国益に合致している。中国の技術力・経済力・軍事力を強化するビジネス政策だ。国防権限法に違反し米国憲法に違反し、アメリカの国益と世界平和を否定するビジネス政策である。彼は金儲けしか頭にない。彼を2020年11月の大統領選挙で再選させては絶対にならないのだ。

 

 (6)去年10月のペンス副大統領の中国政策演説は次のように述べていた。「(トランプ)大統領は同様に、米国は中国との対立を求めないことを明確にした」「鄧小平の『改革開放』政策(を)アメリカは大いに歓迎した。わが国は中国の台頭を歓迎し、六億の人々が貧国から抜け出すという素晴らしい成果を祝福した。アメリカは中国経済の復活にどの国よりも多く投資した」「トランプ政権は中国から『デカップル(切り離し)』しようとしているのかと質問されることがある。答えは明らかに『NO』だ」(『正論』1月号120頁)。「米国は中国との関係改善を模索し続けるだろう」「アメリカは中国に手を差し伸べている」「大統領が習近平国家主席と構築した関係と米中両国民の永続的な友情に信を持つ」(121頁)。ペンス氏のこれらの主張は完全な誤りである。

 

 (7)アメリカも日本もEUも既に中国との深い経済関係を作ってしまっている。だから一気に中国に対する経済的な「デカップル」(貿易・投資の禁止)を行うことは、我々の側にも大混乱を引き起こすことになるので、避けなくてはならない。私たちは中国の国家戦略をしっかりと見定めて、戦略的にデカップルを行っていくのである。

(2020年2月24日脱)