●法の支配、自由、民主主義の価値を否定し、安全保障問題を無視し、アメリカを非アメリカに改造するトランプ大統領

   1月20日、ドナルド・トランプ氏が第45代米国大統領に就任したが、彼は大統領になる資質を明確に欠いている人物であり、早急に倒されなければならないと私は思っている。


(1)ロシア大統領プーチンは、ロシアの独裁者であるロシア皇帝であり、ウクライナやアサド独裁政権と戦うシリア国民に対する侵略者である。世界中の良識ある人々が認めていることだ。ところがトランプ氏は大統領選挙中から、「プーチンは有能な指導者であり、オバマ大統領よりも優れている」と再三讃え、「私ならプーチンにも尊敬される大統領になる」とプーチンの侵略を糾弾して戦っているオバマ大統領の方を非難していた。彼は「クリミア半島はロシアのものだ」と明言し、オバマ大統領が主導して実行した、ウクライナ侵略を糾弾してなした欧米によるロシアへの経済制裁も解除する意向を明らかにしていた。

   さらにトランプ氏は「ロシアはクリントン陣営をサイバー攻撃して盗み取ったメールをウィキリークスを使って公表させるべきだ」と、プーチンにアメリカへの侵略行動(サイバー攻撃)を促がしてもいた。選挙戦に干渉して私・トランプを勝たせよ、ということだ。

   オバマ政権は昨年12月29日、ロシアがサイバー攻撃をして大統領選挙に干渉したとして、米国で活動するロシアの外交官(彼らはロシア連邦保安局やロシア軍参謀本部情報総局の情報将校たちである)35人を国外退去させ、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)とロシア連邦保安局(FSB。KGBの後継組織)がサイバー攻撃にかかわったとして、GRUの幹部4人、関連企業3社を制裁対象にした。またニューヨーク州とメリーランド両州にあるロシア政府所有の2施設を、諜報活動の拠点になっているとして、ロシア政府関係者の立ち入りを禁止した(12月31日付読売新聞)。

   米国政府は1月6日に「報告書」を公表した。プーチン大統領の指示でGRU、FSBが米大統領選挙に介入。目的はクリントン氏を中傷して当選可能性を損なわせ、トランプ氏の当選確率を高めることだった。多面的な作戦であった。米民主党全国委員会などのデータをサイバー攻撃により窃取して、「ウィキリークス」などに渡して流出させた。組織的なトロール部隊(ネット上の荒らし部隊)を投入して、クリントン氏に関する偽ニュースやトランプ氏に好意的な情報を拡散させ、世論操作を行った。ロシア政府系メディアを通じて宣伝工作を行った、という内容である(1月14日付読売新聞)。

   トランプ氏は1月4日、ウィキリークスを運営するアサンジ容疑者が「情報提供したのはロシアではない」と言っていると、自身のツィッターで書き込み、米国の情報機関の結論を批判していた(1月5日付読売新聞夕刊)。

   侵略の否定は国際法の基本になるものだ。クリミア半島はロシアのものだ。経済制裁は解除する。私ならプーチンにも尊敬される大統領になる。クリントン陣営にサイバー攻撃をかけろと主張してきたトランプ氏が、法の支配を否定し、自由の価値を否定し、民主主義を否定し、安全保障問題を無視・否定する思想の持ち主であることは明白である。これらはアメリカが大切にしてきた価値である。トランプ氏は非アメリカ的価値の持ち主であり、大統領になる資格など一切ない。

   NATO(北大西洋条約機構)は独裁侵略軍事大国のソ連・ロシアと対峙し、その侵略を抑止するための集団安全保障機構であるが、トランプ大統領の立場はNATO同盟を否定するものだ。NATOを解体しようとするものである。NATOはIS(過激派組織「イスラム国」)と戦うものであればよいとするものだ。

   日本の保守派には選挙中、共和党のトランプ氏は民主党のヒラリー・クリントン氏よりもはるかに優れていると主張していた人が多くいたが、本当にどうかしている。トランプ氏は保守派(共和党)ではなく、右翼民族派である。アメリカ的価値を否定する者たちである。トランプ氏を支持した日本の保守派は、「保守派(共和党)」という言葉に支配されて思考が停止してしまって、科学的に分析し評価していくことができなくなり、自分の「思い」に合致するように都合よく解釈しているのだといえる。彼らは不都合な事実は見ないようにしているのだ。

   トランプ大統領は1月20日の就任演説で、「古い同盟を強化し、新しい同盟も作る。そして文明化した世界を結束させて過激なイスラム・テロに対抗し、地球上から完全に撲滅する」と述べた。同日に発表した「基本政策」の「米国第一の外交政策」でも、「『イスラム国』などの撲滅が最優先課題。旧敵が味方に、旧友が同盟国になることを歓迎する」と述べられている。「古い同盟の強化」の「強化」は転倒語であり、これまでの同盟の否定・解体ということである。ISが敵であり、NATOはこれまでの目的を変えなくてはならないということである。ロシアはIS撲滅の味方であり、「新しい同盟国」になるだろうという意味だ。非アメリカ的大統領のトランプ氏は独裁侵略国のプーチンと手を握って、NATO諸国とウクライナを裏切るのだ。トランプ大統領はISと戦うために、シリア国民を迫害してきた独裁政権のアサド政権とも手を握っていく。

   非アメリカ的大統領トランプ氏は、法の支配、自由、民主主義を共通価値とし、全体主義国・独裁主義国の侵略と国内における迫害から自由世界の平和と迫害される国民の人権を守るための同盟を、否定し解体していくのである。

   トランプ大統領は就任演説で、「文明化した世界を結束させて過激なイスラム・テロに対抗し、地球上から完全に撲滅する」と言ったが、ここには平和を愛する大多数の穏健なイスラム教徒そのものを敵視するトランプ氏の「非文明的思想」が現われている。ISなどの過激派テロ組織はイスラム教徒の敵でもあるのだ。選挙中もクリントン候補が批判していたことだ。トランプ大統領は1月27日、テロ対策として、すべての難民の受け入れを120日間停止する大統領に署名した。イラク、イラン、シリア、リビア、ソマリア、スーダン、イエメンからの全ての入国を90日間停止し、入国ビザの発給も90日間制限する大統領令にも署名した。反イスラム教徒の排外主義である。憲法違反である。トランプ大統領は急激にアメリカを非アメリカへと改造していく。アメリカを破壊していく。

(2)トランプ大統領は中共の侵略を抑止するための同盟、日米同盟はその中心になるものだが、これも否定していく。トランプ氏は選挙中も、中共の軍事的脅威とそれへの対抗措置について全く述べてこなかった。アメリカ人記者から、「もし中国が尖閣諸島を軍事的に占拠したら、どう対応するか」と問われたときも、「答えたくない」と述べていた。トランプ氏はクリミア半島を併合してしまったロシアに対してさえ、クリミアはロシアのものだ、経済制裁は解除するのがよいと言うとんでもない思想の持ち主であるから、中共を軍事的脅威、安全保障問題としてとらえていないのも当然なことだと言わねばならない。

   トランプ氏は昨年12月11日に米国FOXテレビが放映したインタビュー番組で、「貿易などで合意できないなら、なぜ『一つの中国』に縛られないといけないのか」と述べた(12月12日付読売新聞)。日本にはこれをとらえて、トランプ大統領は中国に対して強硬であり、「一つの中国」も見直すだろうと主張する人もいる。しかしそういう主張はトランプ大統領に対する誤った幻想を作ることになり、全くの誤りである。トランプ大統領にとってなによりも大事な問題は、アメリカの巨額な対中貿易赤字なのだ。トランプ大統領はこの巨額な貿易赤字を無くすことをアメリカの国益だと狂信して、「一つの中国論」を持ち出して中国と取引きをしようとしているのである。トランプ大統領が考える「うまい取引き」ができれば、彼は台湾を完全に中共に売り渡すことになる。これまでのアメリカの台湾政策は捨て去られてしまう。つまり「トランプのアメリカ」の「経済的利益」のために取引きして台湾を中共に売り渡すということだ。絶対に許されない。

   中共による台湾強奪、中共による南シナ海強奪・領海化、中共による東アジア征服支配(日本を含む)を抑止、阻止していくとき、アメリカにとって何よりも必要とされるのは安全保障条約を結んでいる日本である。米軍の前方展開基地がある日本である。トランプ氏が東アジアの「安全保障問題」をもし上のように考えているのであれば、日本に対する言及の仕方は必然的に友好的なものになる。では、トランプ氏は日本に対してどのように言ってきたのか。

   昨年9月のクリントン氏とのテレビ討論会では、「何百万台もの車を我々に売りつけてくるような大国(日本)を守ることはもうできない」「日本は自分で守り、米軍が出ていくようにすべきだ」と、中共とロシアが大喜びすることを主張していたのである。

   当選後の最初の記者会見では(1月11日)、「対外関係」において、「私が大統領になればロシアは大いなる敬意をもって接するようになる。・・・彼らもそういうこと(サイバー攻撃)はしなくなるだろう。ロシアだけでない。他の国もそうだ。南シナ海を要塞化している中国。そして日本、メキシコ。すべての国は、歴代のどのような大統領と比べても、米国に対してより敬意を払うようになる」と述べた。トランプ氏はこれまでのアメリカが同盟によって包囲してきた潜在敵国のロシアや中国と並べて日本の名を上げたのである。これが意味するものは何か。トランプ大統領にとっては従来のアメリカが考えてきた対東アジアの安全保障政策・同盟は無いということである。先述したように、対ヨーロッパの従来の安全保障政策・同盟も無い。トランプ大統領にとっては対中の日米同盟は存在しないのだ。

   トランプ大統領は1月23日、ホワイトハウスでの米企業幹部との会合で、「我々が求めているのは公平な貿易」であるとして、中国と日本を名指しして「公平な貿易」をしていないと非難した。トランプ氏はアメリカが車を日本に売るケースを取り上げていたが、明らかに嘘を自覚的について非難していた。車には関税はかかっていないからだ。読売新聞は「勉強不足を露呈した格好だ」と書いていたが、そうではない。トランプ大統領は認識はしているが、アメリカの赤字がほとんどなくなる「結果」を、2国間交渉で「脅し」をかけて獲得する考えなのである。そのために「不公平な貿易(高い関税をかけている)をしている」と嘘をプロパガンダしているのである。ここから、トランプ大統領が日本を同盟国とは考えておらず、悪意を持ってとらえていることが見てとれる。トランプ大統領が言っている「我々が求めているのは公平な貿易」とは、言うまでもなく転倒語であり、「不公平な貿易」が真意である。保護貿易のことだ。

(3)トランプ大統領は新設の「首席戦略官」にスティーブン・バノン氏を任命した。バノン氏は「大統領上級顧問」も兼ねる。バノン氏はニュースサイト「ブライトバート・ニュース・ネットワーク」の元会長である。2016年8月からトランプ陣営の選挙対策本部長に抜擢され、トランプ氏を勝利させた人物である。選挙戦で、「ブライトバート・ニュース」は事実上のトランプ氏専属メディアになった。バノン氏とはどんな思想を持つ人物か。2016年11月16日付ウォール・ストリート・ジャーナル紙の「社説」の「スティーブン・バノン氏とは何者か」から以下に抜粋する。

「エリザベス・ウォーレン上院議員(マサチューセッツ州)は15日、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が主催したCEOカウンシルで、バノン氏の存在こそが偏見を受け入れる次期政権の象徴だと語った」「『ブライトバート・ニュース』については、自信をもってコメントできる。トランプ氏が台頭する前、このサイトはバラク・オバマ大統領に反対する長ったらしい文章、そして移民や貿易、『グローバル化』に関して『共和党の主流派』をたたきのめす文章が集まる中心地だった」「バノン氏は2014年、米ニュースサイト『デーリー・ビースト』の人物紹介記事で、『私はレーニン主義者だ』と述べた。『レーニンは国家を破壊したがっていたし、それが私の目標でもある。私は全てをたたきつぶしたい。今日のエスタブリッシュメント(主流派)を全て破壊したい』。また、バノン氏は7月、時に人種差別や反ユダヤ主義が飛び交うオンライン上の運動であるオルタナ右翼(もうひとつの右翼)に言及し、ブライトバートは『オルタナ右翼のプラットフォーム』だと述べた。ブライトバートはイラクおよびアフガニスタンからの難民の定住と雇用を手助けしたとして、ヨーグルト製造大手チョバーニと同社の創業者ハムディ・ウルカヤ氏に対するあまりにも見苦しいキャンペーンを展開し続けている」。

   トランプ大統領とバノン氏は右翼民族派であり、2人3脚でトランプ政権を運営していくつもりだ。トランプ大統領はレーニンが既存の国家を解体したように、法の支配、自由、民主主義を否定し、その価値を共有して形成された同盟(NATOや日米同盟など)を否定し、イスラム教徒を敵視し、「メキシコ国境に壁を作り、その費用をメキシコに払わせる」と言って、民族主義、排外主義を煽り、また自由貿易を否定して、アメリカを破壊し非アメリカに改造しようとしている。トランプ大統領が言う「アメリカ第一主義」とはそういうものである。私たちはこれを認識しなくてはならない。

(4)しかしマティス国防長官は、ロシアと中国をアメリカにとって最も危険な国だと認識しており、NATOの存在意義を強く支持している。中共に対する日米同盟などの同盟も強く支持している。国防総省・米軍もしかりである。共和党も民主党もまた同じである。もちろん大統領は米軍の最高司令官である。大統領は閣僚や高官の任免権を持つ。大統領は議会の法律案に対して拒否権を持つ。だが大統領は万能ではない。国際法があり、多国間や2国間の同盟条約(NATOや日米安保条約等)がある。憲法がある。閣僚や高官や議会や裁判官そして一般国民は、国際法や国際条約や憲法を武器にして、トランプ大統領と戦っていくことができるのだ。法の支配である。

   アメリカにおいて、非アメリカ的大統領のトランプ氏と閣僚・高官、議会、裁判官、アメリカ国民との戦いが始まっている。彼らは国際法や同盟条約や憲法や正しい法律を武器にして、トランプ大統領を批判し牽制し、徐々に実権を奪い、最終的に打倒していくことをめざすであろう。私たちもトランプ大統領を批判して、トランプ大統領と戦うアメリカの人々と連携して戦っていかなくてはならないのである。

   安倍首相は昨年11月17日(日本時間18日)、トランプタワーでトランプ(次期)大統領と会談した。その時首相は記者団に対して、「トランプ次期大統領はまさに信頼出来る指導者だと確信した」と述べている。ともに独裁侵略者のプーチン皇帝を深く信頼する思想の持ち主であるから、出てくる発言である。私たちは安倍首相打倒の戦いも同時に進めていかなくてはならない(ここまで1月28日までに書いた)。

(5)今朝29日の読売新聞に、2月4日に来日するマティス国防長官が、「尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用対象になる」とする見解を、日米防衛相会談の際に表明する見通しになったと報じていた。よいことである。日本は直ちに陸上自衛隊を尖閣諸島に常駐させて要塞化していかなくてはならない。陸自と海自に「領土・領海侵犯排除任務」を急早に付与しなければならない。これらがなければ中共の特殊部隊の隠密上陸や漁民を装った海上民兵や特殊部隊の上陸を排除できない。日本は軽空母も垂直離着艦機も保有しなくてはならない。海兵隊も創設しなくてはならない。原子力潜水艦も保有しなくてはならないのである。当然、侵略国の基地等を攻撃できる中距離ミサイルも大量に保有しなくてはならない。

   安倍首相は反軍事である。なによりもロシアに「北方領土」を貢ぎ、ロシアに北海道を侵略支配させようとしている反日左翼である。尖閣諸島も中共に貢ぎ、沖縄県そのものを中共に侵略支配させようとしている反日左翼である。安倍首相を打倒しなければ、日本はロシア・中共・北朝鮮の侵略から国を守っていくことはできない。国防費も3倍化へ向けて増額していかなくては国家防衛に必要な装備と兵員を増やせない。自らの国はまず自らが血を流して守るという姿勢がなければ(それは国防政策・軍事戦略戦術、国防費の規模、装備・兵員の内容・量に反映されてくる)、同盟国アメリカも日本を共同防衛してくれない。トランプ氏が大統領であればなおさらだ。

●経済問題を全く理解していないトランプ大統領―貿易赤字は損でも悪でもない

(1)貿易は富の奪い合いでなく、お互いに利益を与え合うことである。

   トランプ大統領は「貿易赤字は富が奪われることである」狂信している。就任演説では、「外国が、私たちが作るはずの製品を作り、私たちの企業を奪い、私たちの雇用を壊す破壊的な状況から逃れるため、私たちの国境を保護(高関税をかけること)しなければならない。保護することが、偉大な繁栄と強さにつながる」。「私たちは、二つの簡単な原則に従う。米国製品を買い、米国人を雇用するということだ」と述べた。輸入禁止、企業の海外進出禁止の保護主義である。

   トランプ大統領はアメリカを一企業と同じだと誤ってとらえている。企業であれば、赤字を続ければ倒産になる。しかし国は全く違う。輸出企業は輸出して利益を得るし、輸入企業は輸入してそれを販売して利益を得る。輸入の方が多くても(貿易赤字)、国が倒産になるわけがない。両方とも利益を得ているのだ。新聞にはいつも「貿易黒字は国の稼ぐ力」「儲けだ」と誤った解説記事が載る。ラジオのニュース番組でも、経済学者もそのように誤ったことを言っている。

   アメリカがいくら輸出しても、個々の輸出企業は利益になるが、アメリカとしては利益にはならない。輸出とは国内から財やサービスを海外へ移転することである。国内で販売した場合は、その財やサービスが国民に消費されて国民生活を豊かにするが、輸出して輸入しないならばアメリカは財やサービスを外国に移転しているだけである。これではアメリカにとっての利益であるはずがない。アメリカにとっての貿易利益とは、同じものをアメリカで作るよりも、別のものを輸出してそれと交換に外国からより安く輸入した方が得になる、ということである(野口旭教授『経済対立は誰が起こすのかー国際経済学の正しい使い方』158頁辺りを参照)。

   ノーベル経済学賞をとったアメリカ人のポール・クルーグマン教授の本に『良い経済学 悪い経済学』(1997年3月刊、日本経済新聞社)がある。その第8章「大学生が貿易について学ばなければならない常識」から引用しよう。

   「実業界でとくに一般的で根強い誤解に、おなじ業界の企業が競争しているのと同様に、国が互いに競争しているという見方がある。1817年にすでにリカードがこの誤解を解いている。経済学入門では、貿易とは競争ではなく、相互に利益をもたらす交換であることを学生に納得させるべきである。もっと基本的な点として、輸出ではなく、輸入が貿易の目的であることを教えるべきである。国が貿易によって得るのは、求めるものを輸入する能力である。輸出はそれ自体が目的ではない」(147頁)。

   エセ知識人とエセエコノミストとエセ経済学者と政治家と官僚そして新聞やテレビのプロパガンダによって、誤った考えが「常識」になってしまっている。本物の経済学者の声は無視されてしまっている。「国と国は経済競争しており、勝った国が貿易黒字を稼ぎ、負けた国は貿易赤字を出す。貿易黒字国は富を獲得し、貿易赤字国は富を失う。国と国の貿易はゼロ・サム・ゲームである。だから国は国際競争力を高めていかなくてはならない」という完全に誤った危険な「常識」がこれである。

   トランプ大統領はこの「常識」を狂信している。国を企業と同一に考えるからこういう誤った考え方をすることになる。企業同士の競争と国と国の貿易は全く異なるのだ。

   国と国の貿易においては、すべての産業において生産性が劣っている国でも、これを国際経済学では「絶対優位」にある製品を持たない国というが、賃金比率(格差)によって「比較優位」(労働コストが低くなる)にある製品を多く見いすことができ、「比較優位」の製品に特化して輸出し、残りを輸入する貿易をすることで、貿易利益を得ることができるのである。先進国も新興国も「比較優位」の産業・製品に特化して貿易を行っており、お互いに利益を与え合っているのである。これが国と国の貿易の主要な面の現実である。

   貿易黒字・赤字は得や損とは関係がない。善や悪ではない。企業には競争力の概念があるが、国の「国際競争力」という概念は国際経済学にはない。国と国の貿易はプラス・サム・ゲームである。ポール・クルーグマン教授はこういう主張をしている。私がこう述べても信頼性は低いだろうから、クルーグマン氏の本から引用したいと思う。前掲書である。

   「貿易に関する経済学者の主張をひとつのスローガンにまとめるなら、『国は企業とは違う』になる」(130頁)。「国について『競争力』という言葉を使うのは誤解を招きかねず、意味がないと見ている経済学者が多いほどである」(113頁)。「では、なにを輸出するのか。この問いに対する答えは、1817年にデービット・リカードによって指摘されており、ほぼすべての産業で、貿易相手国より生産性が低い国は、生産性の差が最も少ない製品を輸出することになる。国際経済学の標準的な用語を使うなら、『絶対優位』にある製品がまったくない国でも、『比較優位』にある製品を必ず見つけ出すことができる」(116頁)。「決定的な点は、限られた市場をめぐる企業間の競争とは違って、貿易がゼロ・サム・ゲームではなく、ひとつの国の利益が他の国の損失になるわけではないことだ。貿易はプラス・サム・ゲームであり、したがって、貿易に関して『競争』という言葉を使うのは、誤解を招きかねない危険なことなのである」(119頁)。

(2)国の経済は「閉鎖系」であり、「開放系」の企業とは全く異なる。輸出を増やすには輸入も増やさざるを得ないのである。

   トランプ大統領は、「メキシコとの貿易でアメリカは巨額の貿易赤字を出し、富と雇用を奪われている」としてNAFTAを否定し、20パーセントの国境税(法人税の名目。しかしこれは事実上のWTOルール違反の高関税である)を科すと言っている。日本との貿易赤字も同様の誤った考えで攻撃している。アメリカはメキシコや日本との貿易によって、アメリカ国内で生産するよりも安い製品を多く輸入できているのであり、アメリカ国民の実質所得はその分だけ上昇している。アメリカの利益になっている。もしメキシコからの輸入品に20パーセントの国境税をかければ、輸入品価格は上昇し、アメリカ国民の実質所得はその分低下する。トランプ大統領はアメリカ国民に関税分を負担させるということだ。増税と同じである。

   もしさらに高い国境税をかけてメキシコや日本からの輸入品を全て締め出したら、その分の財をアメリカ国内で生産することになるから、そこで雇用は作り出せる。しかし割高な製品になり、アメリカ国民は高いものを買わされることになる。そして大事なことはそこで作り出された雇用とほとんど同じ雇用がどこかの産業(輸出産業やサービス産業)で失われることになり、雇用は変わらないのだ。これはクルーグマン教授が主張していることである。アメリカの中央銀行のFRBが失業率を金融政策によってコントロールするからである。トランプ氏はこのことを知らない。企業と国は全く異なるのだ。企業経営は「開放系」だが、国の経済政策は「閉鎖系」である(クルーグマン教授『資本主義経済の幻想』の「第8章、国の経済と企業はどう違うか」。219頁。ダイヤモンド社1998年10月刊)。

   企業は雇用を増やそうと思えばそうすることができる(開放系)。しかし国は閉鎖系であり、どこかで雇用が増えたら、ほぼ同じ数の雇用がどこかで失われるのである。雇用者数は全体として同じであるからだ。「完全雇用状態」(自然失業率のときの雇用水準)を考えてみれば分りやすい。アメリカは今、失業率は4.7パーセント(2016年12月)であり「完全雇用状態」にきわめて近い状態にある。クルーグマン教授の本から引用する。「雇用の水準は、マクロ経済要因によって決まると学生に強調することは可能なはずである。雇用の水準は短期的には総需要によって決まり、長期的には自然失業率によって決まるのであり、関税などのミクロ経済政策の影響はネット(正味)でみて、ないに等しい。貿易政策の是非は、効率性に対する影響という観点から議論すべきであり、創出されるか失われる雇用についての根拠のない数値をめぐって議論すべきでない」(『良い経済学 悪い経済学』150頁)。

   トランプ大統領はアメリカの輸出を増やし輸入を無くそうとしているが、そんなことは不可能である。輸出を増やそうと思えば、その労働者を他から持ってこなくてはならず、したがって輸入を増やさざるを得ないのだ。逆に輸入を減らせば、その財を生産する労働者を輸出部門等から持ってくるしかなく、輸出も減るのである。国の経済は閉鎖系である。企業経営者はこのことに無知である。国を企業と同じだと思い込んでいる。もうひとつ引用しておこう。「主要な輸出産業が急激な伸びを見せはじめた国の経済について考えてみよう。その産業が雇用を増やす場合、それは間違いなく他の産業を犠牲にしている。ある業種の輸出が拡大した場合、国家が同時に資本の流入を抑えない限り、国際収支の会計原則に従って、別の輸出産業の縮小か輸入の増加によって均衡が保たれるということは、すでに述べた」(『〜の幻想』225頁)。

   クルーグマン教授はここでは「経常収支(貿易収支はその一部)=マイナスの資本収支」という恒等式(国際収支の会計原則からかならず成立する恒等式)から輸出と輸入の関係を論じているわけである。

   野口旭教授はクルーグマン教授を支持する立場で『経済対立は誰が起こすのかー国際経済学の正しい使い方』(1998年1月刊)を書いている。そこから「経常赤字を損、悪」と考える誤った「常識」を批判している文を引用しよう。「アメリカ、カナダ、オーストラリアといった現在の先進国の多くも、十九世紀後半から今世紀初頭までは、現在の発展途上国と同様な資本輸入国=経常赤字国であって、いわばそのような資本輸入のおかげで経済発展を遂げてきたのである。海外からの資本借入がこれらの国々に『損害を与えた』などと言う人は、おそらくどこにもいないであろう」(121頁)。「経常収支の赤字とは、国内で必要とされる資金を海外から調達する結果として生じる。したがってそれは資本借入国にとっても、利益になるものでありこそすれ、損失になるものではまったくない」(122頁)。「(したがって)『経常収支不均衡の調整』などはまったく必要とされないと考えている」(190頁)。

   現在のアメリカの経常収支(貿易収支)が大幅な赤字なのは、世界の国から経済成長するアメリカに多くの投資がなされて、アメリカの資本収支が大幅な黒字であるからである。「経常赤字国(貿易赤字国)=資本黒字国」。つまり貿易赤字は損失でも悪でもない。「経常収支不均衡の調整」など全く不要である。

しかしトランプ大統領は貿易赤字を「富と雇用が奪われたと盲信して、WTO(国際貿易機関)のルールを否定してメキシコからの輸入品に20パーセントの国境税をかけようとしている。この誤った盲信からTPPからの離脱もした。日本に対してもWTOルールに反する「自動車輸出自主規制」を「脅し」をかけて押しつけてくるだろうし、WTOルールを否定する高い国境税もかけようとするであろう。トランプ大統領は自由貿易・WTOを否定し破壊する悪の大統領である。トランプ大統領はアメリカ企業に「メキシコに進出するな!」などと企業の経営にも介入する。私有財産権を犯す憲法違反の行為だ。トランプ氏は内と外で法の支配を否定破壊する非アメリカ的大統領である。

(3)自由貿易の他の側面―衰退産業(比較劣位産業)を生むこと。

   同じ産業に属する企業間では互いに熾烈な競争をしている。これは相手が国内企業であろうと海外企業であろうと変わりはない。そのことと、国と国の貿易(比較優位産業に特化して輸出し、他国よりそれ以外のものをより安く輸入する)を混同してはならない。貿易はどの国にとっても貿易利益をもたらし、国民全体としての実質所得を向上させている。しかし貿易を行えば、同じ産業に属する海外の企業とも競争しなければならない。海外企業が生産性を上げ力をつけてくればそうなる。そして比較優位にあったその産業が、比較優位性を段々と失っていき、ついには衰退産業(比較劣位産業)になることも当然起きる。

   日本の場合、基盤産業の石炭業が石油の輸入で衰退し、1950年代には日本の圧倒的な輸出産業であった繊維産業が後発国からの輸入増大によって衰退した。日本の高度成長をけん引した鉄鋼・造船などの重工業が後発国の追い上げにより衰退産業化していった。成長産業(比較優位産業)の裏側には必らず衰退産業があり、貿易を行う限りそれは避けられない(野口旭氏前掲書134頁)。だから「産業構造調整」がなされていくわけである。アメリカにおいても同様である。このとき、もし衰退産業化阻止を根拠に貿易を制限するならば、それは貿易利益の否定である。成長産業も生まれてこない。調整コストがかかるが、各国で産業構造調整を進展させていくしかないのである。

(4)製造業の地位の低下の要因のほとんどは国内にある。

   トランプ大統領は「アメリカの製造業は国際貿易によって大打撃を受け、産業を奪われ雇用を奪われてきた」と嘘宣伝する。これは事実に反している。クールグマン教授の主張を紹介しよう。

   「実際には、アメリカ経済の国難をもたらしている要因のなかで、国際的な要因はおどろくほど小さな位置しか占めていない。製造業が経済に占める比率は縮小しているが、貿易はこの縮小をもたらしている主因ではない。実質賃金の伸び率が低下してきた原因はほぼ全て、国内にある」(『良い経済〜』54頁)。「なにが製造業の比率低下をもたらしてきたのか。まず第一にいえることは、国内の支出に占める工業製品の比率が低下してきたことである。・・・アメリカ国民が収入のうち工業製品に支出する部分の比率を20年前より低下させた理由は、じつに単純である。財が相対的に安くなっているのだ。1970年から90年までの20年間に、財の物価はサービスの物価に対して、21.9パーセント下落している。この間、数量ベースの購入量でみると、財とサービスの比率はほとんど変わっていない。財が相対的に安くなったのは、サービス業にくらべて製造業の生産性伸び率が高かったからである。・・・1950年代と60年代には、オートメ化が進んで製造業の労働者は職を失うと懸念されたが、この見方の方が、国際競争によって製造業の職が失われているとする現在の固定観念より、事実に近いといえる」(58、59頁)。

   「1990年には・・・国際競争による空洞化の結果、失われた(製造業の)賃金は、国民所得の(わずか)0.07パーセント以下になる」(60頁)。

   「外国との競争によって、いわれているような問題が起っているのかを以上で検証し、そういう事実はないとの結論に達した。1973年以降、アメリカの実質賃金が低迷してきたこと〔「1973年以降、実質賃金は6パーセントしか上昇していない。さらに、賃金が上昇したのは高学歴の労働者だけであった。ブルーカラーの実質賃金は73年以降、ほとんどの年に下っている(53頁)〕、空洞化が進んできたこと、低賃金労働者が苦しんでいることのいずれに関しても、輸入は大きな要因ではなかった」(66頁)。

   「アメリカ経済がぶつかっている問題は大部分が国内要因によるものであり、グローバル市場が現在のように統合されていなかったとしても、アメリカ経済の苦境にはほとんど変わりがなかっただろう。GDPに占める製造等の比率が低下しているのは、工業製品に対する支出が相対的に減少してきたからである。雇用に占める製造業の比率が低下しているのは、企業が労働者に代えて機械を導入しており、残った労働者を以前より効率的に使っているからである。賃金が停滞しているのは、経済全体の生産性伸び率が低下してきたからである。そして非熟練労働者がとくに打撃を受けているのは、ハイテク経済では非熟練労働力に対する需要が減っているからである。いずれの場合にも、貿易は小さな要因でしかない。/以上の結論を導き出すために用いたデータは、微妙なものでも、解釈が難しいものでもない。とくに、製造業の規模に与える貿易の影響がネットでみてきわめて小さいことは明白である。経済に詳しいと自認している識者の間で、これとは逆の見方が一般的になっているのは、経済政策をめぐるアメリカ国内の議論の質に問題があることを示している。/事実を正しく認識することは重要である。アメリカ経済を建て直すのは、とてつもない課題である。問題が要するに国際競争力にあるという誤った見方から出発していては、この課題で成功を収めることはできない」(67、68頁)。この論文は「貿易、雇用、賃金」というタイトルのロバート・Z・ローレンス氏との共著論文。1994年の論文である。3、4日前、ラジオニュースが次のように言っていた。「アメリカの製造業の雇用者数は2016年12月時点で1230万人であるが、この20年間で約3割減少した。一方この間の製造業の生産性は約3割上昇したのである」と。

   クルーグマン教授は、低賃金労働者に対する大規模な所得税控除(マイナスの所得税)が望ましいとしている。所得の再分配がなされなくてはならないのである。クルーグマン教授は『クルーグマン教授の経済学入門』(1998年刊)で、「過去、一世代の間にアメリカのトップ1割の生活水準が上ったのは、生産性が上がったからなんかじゃなくて、主に所得配分の不平等が増したからなんだ。・・・なのに所得配分は生産性成長と同じで検討の俎上にのってる政策課題じゃあない」(46、47頁)と書いている。生産性を反映しない過分な所得とは、市場が歪められているということだ。税制と所得再配分で是正されなくてはならないのである。

●トランプ大統領の就任演説は誤った右翼民族主義勢力の革命宣言である

   トランプ大統領は次のように宣言した。「今日の式典には、とても特別な意味がある。・・・ワシントンから権力を移行させ、あなたたち国民に返すからだ」。「本当に大切なのは、どの政党が政府を支配下に置いているかではなく、国民が支配する政府であるかどうかだ。/2017年1月20日は、国民が再び、この国の統治者になった日として記憶されるだろう」。「何十年もの間、私たちが他国を豊かにする一方で、私たちの国の富や強さ、自信は水平線のかなたに消えた。/工場が次々に閉鎖され、外国に出ていった。何百万もの何百万もの米国人労働者は顧みられることなく、置き去りにされた。/中間層の富は家庭からはぎ取られ、世界中に再配分された」。「今日この日から、新しいビジョンにのっとって私たちの国は統治される。今日この日から米国第一だけとなる。米国第一だ。/貿易、税、移民、外交に関するあらゆる決定には、米国の労働者と家庭に恩恵をもたらすために下されることになる」。

   これはまさに誤った右翼民族主義勢力の革命宣言である。トランプ大統領と「レーニン主義者」を自認し、「レーニンは国家を破壊したがっていたし、それが私の目標でもある」と公言する、「大統領上級顧問兼主席戦略官」のスティーブン・バノン氏らは、内外の法の支配と自由と民主主義と人権と自由貿易を守るアメリカを破壊していく右翼民族主義革命を断行している。そしてそれに対抗して、アメリカを防衛するアメリカ国民(政府高官・職員、議会、裁判官、軍、企業、一般国民)の戦いも「法の支配」を武器にして展開されているのである。私たちも連携してトランプ大統領らを倒していかなくてはならない。
(2017年1月31日脱)