旅行は、何でもいいわけではなくて、何かしらの目的意識は必要。


例えば、コンサート会場とかに行く人たちやフィギュア等を買う人たちって、そういう記憶を好んでるわけだけど、本当に一生モノの思い出になる経験ってあまり無さそう。

もちろん、一生モノの思い出になれば素晴らしいよね。


図書館でも同様で、本を読んで知識をつけようとするのはとても良いことなのだけど、一生モノの本に巡り会える経験ってあまりない。



 なので、旅行にも「一生モノ」の程度があるのはわかる。



そして、この「一生モノ」をうまく操るのが流動性能力の高低の表れ。

流動性能力が低ければせっかく「一生モノ」を手にしたとしても手放してしまう。反対に、流動性能力が高ければそのチャンスをうまくモノにできる。



というわけで、記憶の整理としての「脳の大掃除」があるが、これを習慣化できればいいのだが、なかなか長く継続的に習慣化できるのにちょうど良い記憶ってあまりないと思うので、やはりそこは「一生モノ」になるモノを習慣化にすれば良い。

一生モノであれば、習慣化することによって、自分で考えることもできるし、ふとした退屈な時間にそれを考えることもできる。


また、記憶の整理としての「脳の大掃除」というが、別として、記憶の整理としての「環境」もある。

例えば、遺伝によって自らが望む環境に相応しければ、記憶の整理としてもとてもプラス。しかし、遺伝によって自らが望む環境に相応しくなければ、記憶の整理としてはマイナス。

端的に、適職に就けばまさに天職、不向きな職に就けば地獄のような毎日、ということからもわかる。 それは仕事のみならず結婚相手に対しても同様のことが言える。

記憶の整理としても、適職に就くことや適した配偶者を持つことがとてもプラスな毎日を送れるようになる。