悪女の天秤 | 思い出の彼方

悪女の天秤

同じ支店内の擬似恋愛
思わせぶりな彼女の態度に
私の手許は完全に狂いはじめていた。

私は迷っていた。
江利子は目に映える、クレーバーな子だった。
彼女といっしょに歩くこと
それは、男として名誉なことだった。
多恵子との関係も捨て難かった。
彼女と時間を共にするのは
もはや私の生活の一部となっていた。
余程の理由がない限り
それを放棄することはできなかった。
江利子はそれに値する女だろうか?

バブルが崩壊し
仕事は時間を追うごとに
難しい判断を伴っていった。
自然と会社を出る時間が遅くなり
時間外の白熱した議論が増えていった。
時に上司の怒鳴り声が、支店内に響いていた。

その日は営業課のゴルフコンペだった。
江利子は私の車でゴルフ場へ向かった。
彼女から意外な一言が発せられた。
「昨日は大変だったね」
私は頷きながら、一つの事実を悟った。
昨日の出来事とは、深夜に及ぶ会議で
困難な議案をめぐって紛糾したことだった。
私はそれを彼女に告げていない。
会議に出席したのは数人だけ。。。

彼女は、私と一つ上の先輩を天秤にかけていた。
それを察知したあとも、しばらくは現実に目を伏せた。
自分を見失った私は、さらに自分を欺くために
彼女の唇を奪おうとした。私の目が醒めたのは
彼女がそれを拒絶して、メンソールを口にした時だった。

「再来週の旅行なんだけど、どうする?」
「その返事、もう少し待ってくれないかなぁ」
「この話は、もう終わりにしよう」

その夜、華やかに見えた舞台の幕が閉じられた。
ふと振りかえると
たった一人で踊っている、埃まみれの自分がいた。