大学入試
壊してしまうのは、ほんの一瞬で、できた。
心の支えを失ったショックは大きかったが、
受験勉強は、それを忘れさせるに十分なものを要求した。
予備校生活・・・
親友は東京のクラス、有名な私大よりも入るのは困難だった。
私は地元のクラス、それも二軍。クラスでは常に上位にいても、
所詮差は埋まらなかった。
悔しかった、本当に悔しかった。
でも、いつかチャンスがくると信じていた。
そのチャンスは、大学入試ではめぐってこなかったが・・・。
私の志望は、国立大学から都内の私立大学に変更していた。
親友達と同様、第一志望はW大学だった。
全部で5つ大学の、6つの学部を受験した。
結果は上から3つに失敗し、その下3つに合格した。
親友達は、全員W大に合格した。
この事実は自分にとって大きな負い目となったが、一方で大学時代を無駄にしない糧となった。
浪人時代は、それまでの人生の中で、もっと充実した一年となった。
どん底の生活でみた社会は、我が家の経済的な位置づけを明確にした。
また、新聞配達を通じて、お金を稼ぐ難しさと喜びを、知った。
そして、なによりも、人のあたたかさを、学ぶことができた。
冷たいからだの者しかわからないあたたかさが、そこにあった。
とにもかくにも、受かった大学の一番レベルの高い大学に進学した。
その大学は、いわゆるおぼちゃま学校だった。
よりによって、場違いの学校に入学したのだ。
チャペルの鐘が新入生を祝福をしたが、私のこころは複雑だった。
心の支えを失ったショックは大きかったが、
受験勉強は、それを忘れさせるに十分なものを要求した。
予備校生活・・・
親友は東京のクラス、有名な私大よりも入るのは困難だった。
私は地元のクラス、それも二軍。クラスでは常に上位にいても、
所詮差は埋まらなかった。
悔しかった、本当に悔しかった。
でも、いつかチャンスがくると信じていた。
そのチャンスは、大学入試ではめぐってこなかったが・・・。
私の志望は、国立大学から都内の私立大学に変更していた。
親友達と同様、第一志望はW大学だった。
全部で5つ大学の、6つの学部を受験した。
結果は上から3つに失敗し、その下3つに合格した。
親友達は、全員W大に合格した。
この事実は自分にとって大きな負い目となったが、一方で大学時代を無駄にしない糧となった。
浪人時代は、それまでの人生の中で、もっと充実した一年となった。
どん底の生活でみた社会は、我が家の経済的な位置づけを明確にした。
また、新聞配達を通じて、お金を稼ぐ難しさと喜びを、知った。
そして、なによりも、人のあたたかさを、学ぶことができた。
冷たいからだの者しかわからないあたたかさが、そこにあった。
とにもかくにも、受かった大学の一番レベルの高い大学に進学した。
その大学は、いわゆるおぼちゃま学校だった。
よりによって、場違いの学校に入学したのだ。
チャペルの鐘が新入生を祝福をしたが、私のこころは複雑だった。