そして、殿田が案内された場所は、なんと、質屋『思出館』だった。
「おい、緒方、……ここって、質屋だろう?」
「あぁ、仲介してくれたのがここの店主だから」
「仲介って…まさか、あの……」
殿田は先日会った店主の彼の顔を思い浮かべた。相手は盲目だから、声だけではたぶんそれと気づくことはないかもしれないと思いつつ、それでも、再び店を訪れる気まずさは拭えなかった。
「おい、わかっていると思うが、なるべく人には知られたくない……」
「わかっているさ。彼に引き合わせたら、俺も退散するから。ここは、待ち合わせに手頃だから借りただけさ。お前の名前はまだ言っていないし、気に入らなければ断ればいいだろう」
そう言いつつも、いまさら断ることなんてまずありえないと確信したような、緒方会長の物言いだった。
「こんにちは」と、緒方が店の扉を開いた。
「賢三君、ようこそ」と、店主の声。
「よう、仕事の紹介をしてくれたとか、ありがとさん」
カウンター席に座っていた、ダークスーツに濃いサングラスをかけた人物が、片手を挙げて挨拶した。なんだかヤクザに見えなくもない。こんな人物と交友があるなんて、やっぱり『Mクラブ』会長は曲者だと、彼に相談したことを、半ば後悔しかけた殿田だった。
「僕は、しばらく席を外しますから、みなさんでごゆっくりしていって下さい」
店主は、そう言って黒猫を抱くと、暖簾の向こうに姿を消した。
殿田は内心、ほっとしていた。
緒方が、殿田を紹介すると、探偵はかけていたミラーコートのサングラスをずらして、彼の顔をまじまじとみつめた。
探偵の彼の素顔を拝んだ殿田は、一瞬、ぎょっとするハメになった。サングラスの下の閉じられた左目には、傷痕が刻まれていた。彼は隻眼だったのだ。
「失敬、脅かしちまったかな」
苦笑いしながら、彼はサングラスをかけ直した。
「どうも、こいつのせいで、よくヤクザと間違えられることもあってな。もっとも、かけてもかけなくても人相が悪いって、悪態をつく奴もいるがね」
「片桐さんは、見かけによらず、気さくな人だから大丈夫さ」と、緒方が仲をとりもつ。
「そうそう。ところで、君、夜中にジョギングする?」
名刺を差し出しながら右京がそうたずねたので、殿田は少なからず驚いた。なぜ、初対面の探偵がそんなことを知っているのだろう? 案外、優秀な探偵なのかもしれないと思い直した。
「……えぇ? はぁ、まぁ、受験勉強の息抜きに」
「受験生か。受験勉強に、恋愛は邪魔だと思う?」
「――なんの話ですか?」
「片桐さん、そろそろ本題に。殿田、俺もいない方がいいのだろう? それじゃ、あと、よろしく」
そう言って、緒方が帰ろうとした。
「待てよ! そんなこと言っていないだろう。いいから、……お前も、同席してくれ」
「ということで、座れよ。緒方会長」と、右京。
「さっきの質問に答えます。たしかに、受験勉強に恋愛は邪魔だと思います。だけど、だからこそ、はっきり、すっきりして、勉強に専念したいのだ」
「やっぱり、姫のことか……」と緒方。
「妃佐ちゃんは、一方的に、婚約を解消しようと言ってきた。ただ、受験勉強の妨げになるといけないからと」
「そりゃぁ、ご立派な彼女だな」
「茶化さないで下さいよ、片桐さん」
「今までは、彼女はそんなこと言わなかったのに、むしろ、俺の方がそう言っていたはずなのに……」
「話の腰を折るようで済まないが、まだ、依頼の内容を聞いていないのだがね」
「そうでした……実は」
「ちょっと、待った。その前に、ひとつ、弁明しておくがね、今回の依頼は、本来、俺としては断るべきなのだ。なぜなら、探偵の鉄則として、二重の依頼を請け負うことはタブーだからな」
「どういうことですか?」と、緒方。
「依頼の内容を、他人に漏らすのも、本来は契約違反だ。だから、これは、守秘義務に反する、不本意なことだが、今回は特例ということで仕方ないから、白状しよう。俺は、別件で姫野妃佐子に関わる依頼を受けている」
「えっ……!」
殿田と緒方は、思わず叫んだ。
「悪いな、だから、今日、ここで会う前から、彼女絡みで、俺は殿田君のことは知っていたわけだ」
「そんな……」と、殿田が緒方を振り返る。
緒方は、自分も知らなかったと首を横に振る。
「それで、この件に関しては、もう一人の依頼人も交えて、話をしたいのだが、構わないかな…?」
「もうひとりって、まさか……」呟く、緒方。
「その、まさかでね。なぁ、亜星」
右京に呼ばれて、店主が再び登場した。
暖簾の陰から現れた和装の彼を見て、まるであらかじめ台本通りに設けられたような、やけに絵になる光景だなと、緒方会長は思った。
「あらためてご挨拶させていただきます。質屋『思出館』の店主、真野亜星と申します」
初対面ではないのに、あえて彼がそう装うのはどうしてなのだろうと、殿田は戸惑いつつ自己紹介をした。
殿田のその胸の内の疑問に答えるように、店主が語りだした。
「本来でしたら、うちの商売も、片桐さんの探偵業と同様に、お客様に関する情報については守秘義務が伴います。ですから、ここでの話の内容は、内密にお願いします。賢三君にも、そのように心得てもらえますよね」
「わかりました。……聖也にも、内緒ですか?」
「…もちろん」
亜星は、返答に一瞬の間をおいた。
それと気づいたのは、右京と緒方会長だけだったが。
⑭へつづく